幸福の科学
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幸福の科学(こうふくのかがく、英: Happy Science)は、日本の宗教法人。関連団体に幸福の科学出版、教団を母体とする関連組織として幸福実現党、幸福の科学学園などがある。
本尊は主エル・カンターレ。根本経典は『仏説・正心法語』。開祖・総裁である大川隆法の代表作『太陽の法』を含む多数の出版物による布教スタイルが特徴であり、それらは多数の言語に翻訳されて世界86ヶ国で頒布されている。
1991年ごろから実施された大規模な広告キャンペーン[1]や写真週刊誌『フライデー』の記事に虚偽の内容があるとして講談社へ抗議活動を行った事件(いわゆる講談社フライデー事件)で広く知られるようになった。
2007年ごろから日本国外での会員の増加が著しく[要出典]、総裁・大川隆法の英語説法による大規模な海外講演会が世界各地で行われている。近年では、ブラジル(2010年11月)[2]、インド・ネパール(2011年3月)[3]、フィリピン・香港(2011年5月)[4]、マレーシア・シンガポール(2011年9月)[5]、スリランカ(2011年11月)[6]などで数千人数万人の規模で行われている。
目次 |
概要
所在地:大阪府大阪市北区
「幸福の科学」の象徴的デザインのROマーク。
1989年12月に制定された。
大川隆法が1986年10月6日に、仏法真理の流布による人類幸福化を掲げて設立した新宗教である。発足以前の1985年から、イエス・キリストや孔子などの歴史上の偉人・宗教家が大川の口を通じて語った(チャネリング)とされる書籍(霊言集)を多数出版している(参照)。幸福の科学では「短期間に」「高度な内容で」「多様な個性で」多数の霊言が降ろされることをもって霊界の存在証明としている。高級霊界から示される真理の普及のために組織的な献本活動等が行われた。最初の「霊言集」である『日蓮の霊言』(潮文社、1985年8月15日初版発行)のなかで用いられている「幸福科学」という言葉は、1年後の1986年に団体の名称の基となった(1986年10月6日立宗)。
その後1987年、宗教理論書としての『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』が出版されることで数多くの信者が集まり、1991年3月6日に宗教法人となった。この年、講談社フライデーへの抗議行動と共にマスコミで盛り上がったことも相まって、「チャネリング」が流行語大賞にノミネートされ、特別部門特別賞を受賞した。1992年以降には、仏教用語を用いた理論書で旧来の伝統仏教を刷新する独自の思想を前面に打ち出し、「霊的人生観」「常勝思考」「成功理論[7]」と共に教義の中心に据えた。1994年には用語を改めて教義の一部を修正し、1996年以降は会員制度の変更や経営方針の転換が行われた。
宗教としての位置づけについては、島薗進など一部の宗教学者によれば、新宗教のなかでも、特に「新 新宗教」という分類に属するとする。一方、教団は「未来社会の方向を指し示す、先進宗教(アドバンスト宗教)」[8]であるとして、他の新宗教団体と同様の分類には属さないとしている。書店においては、開祖・現総裁である大川隆法の著書や、幸福の科学に関係した書籍は、他の新宗教団体の書籍も含めて「現代宗教」に分類されていることが多い。
宗教法人化以前の1990年7月には『太陽の法』の英訳版『The Laws of the Sun』が発刊され、教団発足の初期から海外布教への準備が行われていた。英訳版の出版はさらに、1990年12月『黄金の法』1991年『永遠の法』と続き、170点を越える書籍・小冊子がある。さらに、1995年には中国語版(繁体字・台湾)と韓国語版の『常勝思考』が現地出版社から発刊された。2006年6月には、フランス語への翻訳書籍が発刊された他、現在のところ、大川の著作は24言語[9]以上に翻訳され、各国で出版されている。
設立
1981年、東京大学法学部を卒業した大川隆法は、総合商社トーメン(現豊田通商)に在職の傍ら、上記「霊言集」などを出版しながら教団設立の準備をしていた。1986年、霊天上界からの「今こそ立つべき時だ」とのインスピレーションが下り、「霊言集」を読んだ協力者が東京で現れたとして、商社退社を決意。1986年7月に退社後、具体的な団体設立の計画に着手。10月6日に任意団体として教団を設立した。書籍出版活動を活発に行い、これらの書籍を通して日本各地に会員が増え、組織の全国展開へとつながった。1988年7月には関西支部が開所し、日本各地に支部展開が始まる[10]。1991年3月7日に宗教法人格を取得した。
「幸福の科学」の英語名は 2008年2月までは The Institute for Research in Human Happiness であり、頭字語の IRH である略称を使用していた。ローマ字表記の Kofuku-no-Kagaku や Kōfuku-no-Kagaku 等も用いられる。
2008年2月から、英語での正式名称を Happy Science とした。これは、世界伝道において、解りやすい名称にしたといわれている[要出典]。
本尊
詳細は、「エル・カンターレ」の項を参照。
教義
「仏法真理」を教義とし、仏法真理の探究・学習・伝道を通じての「この世とあの世を貫く幸福」と地上ユートピアの建設を目指している[11]。
教義の基本的柱は、「幸福の原理」であり「愛・知・反省・発展」という現代的四正道である。このうち、最も大切なのは最初の愛(与える愛)であり、知・反省・発展は、愛をさらに純化し拡大していくためにあるとされている。
- 愛においては、見返りを求めない「与える愛」を基本とし、認識力を高め、「生かす愛」、「許す愛」の境地を目指すことを勧めている。仏教的には慈悲とも表現される。法施がもっとも尊いとされることから、教団においては伝道や献本活動が盛んに勧められている。
- 知においては、数百冊に及ぶ幸福の科学の書籍を人生修行の参考書とし、知恵ある人生を生きていくことが大切とされる。単なる知識ではなく、仏教的な深みのある智慧と位置づけられている。
- 反省においては、仏法真理的価値観に照らし、自らの思いと行いを日々反省し、心を正していくことが勧められている。教団内では信者に対して、こうした反省行を各地の正心館や精舎と言われる研修施設で宿泊して行うことが勧められている。中心的な方法は八正道である。
- 発展においては、各人の心に築かれた心の幸福をあわせて、仏国土・ユートピアの建設を目指す。中でも家庭ユートピアの建設が重視されている(参考『仏陀再誕』)。仏国土・ユートピアの建設のためには仏法真理流布のための伝道が大切とされる。具体的には、献本・書籍が原作の映画・法話ビデオの鑑賞会勧誘などの布教活動に励むことが奨励されている。
<公表されている公式基本教義の要約>(出典:悟りの挑戦 上巻)
基本教義は、「正しき心の探究」と、その具体的展開としての「幸福の原理」である。その中心の教えは「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」という言葉で表すことができる。「愛」とは「与える愛」であり、仏教の「慈悲」と「布施」の精神を根拠としている。「悟り」とは「仏性の顕現」であり、霊界の多次元構造で説明している。「ユートピア建設」とは、仏陀(大川隆法)の考えた理想社会、仏法を学ぶ人たちのつくる平和な社会を理想とするものである。 「愛」と「悟り」は、書籍「太陽の法」で示された通り、「愛の発展段階説」によって繋がっている。そして、東西両文明を融合して、地球規模の理想郷を建設するための精神的主柱となる。 こうして、「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」が一体となり、仏神の理想が実現されるのである。
(専門用語理解のための補足説明)
- 「正しき心の探究」=仏の御心に自らの心を合わせていこうとすること。(仏我一如)(出典:書籍「愛の原点」 第6章 :書籍「幸福の法」 第4章)
日々継続するべきものとされている。(出典:書籍「愛の原点」 第5章)
- 「幸福の原理」=「正しき心の探究」の具体的な修行課題。「愛」、「知」、「反省」、「発展」の四つの原理(四正道)をいう。
(仏教的に【因縁果報】で説明するならば、「愛」が【因】(直接原因)「知」と「反省」が【縁】(間接原因)「発展」が【果】(結果)で「ユートピアの実現」が【報】となる関係にある。)
組織・施設
1989年12月まで総合本部として使われて、その後、関東本部・東京本部・東京西部支部・杉並支部などに使用され、現在は青年部・学生部拠点として使用している。
総合本部
1986年10月の教団発足当時、寺社における寺務や社務所に相当する支部や本部を総括する「総合本部」は、東京都杉並区西荻南に事務所を設け設立した。1987年6月13日に杉並区松庵へ移転して一時的に「東京本部」となった後、1988年4月16日に西荻窪駅前のビル(右写真)杉並区西萩南へ移転した。
その後、総合本部は、1989年12月20日に千代田区の紀尾井町ビル(右写真)4階に移転後、1996年4月1日には自己資産ビルとしての品川区平塚の総合本部ビル(右写真)に移転、1999年10月31日には現状の品川区東五反田の新総合本部ビルに移転している。
また、1996年7月10日には、総本山・宇都宮正心館(後に「総本山・正心館」に改称)が竣工され、8月に開山した。1999年10月までの一時期、総合本部の一部の機能をこの宇都宮に移転したことがあった。
組織
教団組織は開祖・総裁(初期には「主宰」)である大川隆法に代表される。また立宗以来、大川の妻・大川きょう子が総裁補佐・「アフロディーテ会」(婦人部)会長・副総裁などとして著述や講演などの活動を行なっていたが[12]、2011年2月、教団は大川きょう子を教団から「永久追放」処分とした旨発表した[13]。
組織の分類では、会内で婦人部の総称として位置づけられている「女性部」。
「青年部」「学生部」「中堅部」「親子の会」
その他に、壮年部的な位置づけにあたる「百歳まで生きる会」(1997年3月発足)などがある。
施設
研修・礼拝施設は「精舎」と呼ばれている。日本国内にある主な精舎は下記の通り。
- 総本山・正心館(栃木県宇都宮市)1996年8月4日落慶
- 総本山・未来館(栃木県宇都宮市)1997年11月2日落慶
- 総本山・日光精舎(栃木県日光市)1998年7月18日落慶
- 総本山・那須精舎 (栃木県那須郡那須町)2004年5月30日落慶
- 東京正心館(東京都港区高輪)2001年12月8日落慶
- 聖地・四国正心館(徳島県鳴門市)2000年7月7日落慶
- 北海道正心館(北海道札幌市中央区)2003年8月7日落慶
- 東北・田沢湖正心館(秋田県仙北市)2003年4月17日落慶
- 秋田信仰館(秋田県由利本荘市)2007年4月8日落慶
- 雌伏館(千葉県柏市)2005年3月23日落慶
- 千葉正心館(千葉県長生郡長生村)2005年7月27日落慶
- 戸越精舎(東京都品川区平塚)1996年5月8日落慶
- 戸越国際精舎(東京都品川区戸越)2008年10月5日落慶
- ヤング・ブッダ渋谷精舎(東京都渋谷区鶯谷町)2005年12月25日落慶
- 新宿精舎(東京都新宿区高田馬場)2006年11月1日落慶
- 初転法輪記念館(東京都荒川区西日暮里)
- 箱根精舎(神奈川県足柄下郡箱根町)2002年8月27日落慶
- 新潟正心館(新潟県新潟市中央区)2008年1月1日落慶
- 中部正心館(静岡県浜松市)2002年4月17日落慶
- 名古屋記念館(愛知県名古屋市東区)2003年5月5日落慶
- 北陸正心館(石川県羽咋市)2004年9月7日落慶
- 琵琶湖正心館(滋賀県滋賀郡志賀町)1998年12月20日落慶
- 大阪中央精舎(大阪府大阪市中央区)2007年4月28日落慶
- 大阪正心館(大阪府大阪市北区)2007年12月23日落慶
- 中国正心館(岡山県玉野市)2004年4月17日落慶
- 聖地・四国本部精舎(徳島県徳島市)2004年10月17日落慶
- アジア国際精舎 福岡正心館(福岡県福岡市)2010年11月23日落慶
- 湯布院正心館(大分県由布市)1999年7月20日落慶
- 九州本部研修所(熊本県葦北郡)2005年8月7日落慶
- 沖縄正心館(沖縄県国頭郡)2005年4月17日落慶
大川の出身地である四国・徳島は「聖地」とされ、生誕地の徳島県吉野川市川島町には、参拝施設「川島特別支部」がある。鳴門市の聖地・四国正心館境内には、大川の父(善川三朗・幸福の科学名誉顧問)を偲んで善川三朗記念堂がある。その他、地方本部、支部、拠点、布教所などが日本国内・世界各地にあり、「支部精舎」と呼ばれる施設も数多く建立されている。国内の支部および支部精舎の所在地は、公式ホームページ内の「お近くの幸福の科学」[14]等で公表されている。
研修施設としては、1988年9月に幸福の科学研修ホール(東京都杉並区西荻南)を開設、1990年12月16日に四国研修道場(鳴門市)を竣工、1991年8月1日には幸福の科学研修センター(東京都中野区弥生町)を開設した。1996年5月8日には、東京道場(旧東京正心館)を品川区大崎に開設したが、その後、総合本部ビルと呼ばれていた品川区平塚の施設へ移転し、戸越精舎として主に首都圏を中心に住む学生の会員が利用する研修施設となった。2005年8月7日には、九州本部研修所(熊本県葦北郡)が開設している。
その他の宗教施設としては、2006年4月15日、総本山・那須精舎(栃木県那須郡那須町)の境内に、「総本山・那須精舎付属 来世幸福園」が開園した。来世幸福園の中心には「大ストゥーパ」が建立され、幸福の科学の信仰の象徴となっている。「大ストゥーパ」の周辺には、3つの納骨堂(「在家菩薩堂」「三帰誓願堂」「涅槃堂」)が建立されている。 2011年5月には、聖地・四国正心館の隣接地にも「来世幸福園」が開園した。
2005年9月には、2005年日本国際博覧会(愛知万博「愛・地球博」)のネパール館で展示された貴重な文化遺産である(ハラティ・マタ寺院の復元物)を購入し、総本山・正心館の境内に建立された「ネパール釈尊館」の中に移設している。館内には寺院のほかに、釈尊への信仰に基づいた仏教美術の数々が展示されており、一般公開されている。
その他、参拝施設ではない施設として、総合本部(東京都品川区東五反田)、大悟館と呼ばれる教祖殿、各地に僧房等の職員用宗教施設、北軽井沢精舎、宇都宮仏宝館等が存在する。
日本国外
海外の精舎・支部精舎
- ハワイ精舎 2006年12月17日落慶
- サンフランシスコ支部精舎 2007年12月9日落慶
- ロサンゼルス支部精舎 2008年2月24日落慶
- 台北支部精舎 2008年3月23日落慶
- ソウル支部精舎 2008年5月25日落慶
- ロンドン支部精舎(ヨーロッパ支部所属) 2008年6月7日落慶
- ニューヨーク支部精舎 2008年8月24日落慶
- ブラジル正心館 2010年5月16日落慶
- アフリカ・ウガンダ支部精舎 2011年8月7日落慶[15]
- マレーシア支部精舎 2011年9月4日落慶[16]
- オーストラリア正心館
- インド、ブッダガヤ精舎
ほか世界86ヶ国に支部・会員組織がある。(2011年8月現在)[17]
所在地:(岡山県玉野市)
所在地:(沖縄県国頭郡)
このような形式の支部精舎が、日本国内に220ヵ所以上ある。
政党本部ビルの2階3階部分に支部が入っている。一階入口上部の看板が「幸福の科学」となっている。
信者数
教団の刊行物によれば、1986年11月23日に東京都の日暮里酒販会館で開催された幸福の科学発足記念座談会に集った人数は約90名であった。1987年3月8日の発足記念第1回講演会「幸福の原理」の聴講者は約400名であったが、1989年4月に会の方針として伝道活動が許可されて「誌友会員」制度が発足した。
1989年11月26日に全国20会場で実施された「第1回全国統一神理学検定試験」の受験者数が2209人、1990年1月に1万人余りだった会員数が5月末には3万人、7月には7万7千人に達して1990年第7回講演会「勝利の宣言」が開催された。その後、1991年第1回大講演会(2月17日)での「ミラクル宣言」[18]を皮切りに大伝道が繰り広げられ、1991年7月には会員数が150万人に達したとされている[19][20]。
信者数が1000万人を突破したと公表されたのは1995年7月である[21]。1996年に会員制度が変わり、以前の「正会員」「誌友会員」を統合し「会員」とされるようになった。2007年には新たな入会制度が導入され、三帰誓願をした三帰者を信者とし、入会申し込みの手続きで会員になれるように簡略化された「入会者」会員ができた。
2009年の発表では、全世界80ヶ国に1100万人の信者・会員がいる[22]。 2010年の発表では、1200万人。
活動
- 特に映画は宣伝活動にも力を入れており、過去には興行通信社調べによる全国の映画興行収入ランキングで1位を記録したこともあった。
- 映画『ノストラダムス戦慄の啓示』(1994年)
- 映画『ヘルメス 愛は風の如く』 (1997年)
- 映画『太陽の法 エル・カンターレへの道』(2000年)
- 2006年以前の日本週末興行収入1位の映画の一覧 2000年10月28日-29日、11月4日-5日を参照
- 映画『黄金の法 エル・カンターレの歴史観』(2003年)
- 2006年以前の日本週末興行収入1位の映画の一覧 2003年10月11日-12日、10月28日-19日を参照
- 映画『永遠の法 エル・カンターレの世界観』(2006年)
- 映画『仏陀再誕 The REBIRTH of BUDDHA』(2009年)
- 映画『ファイナル・ジャッジメント』(2012年春)
- 映画『神秘の法』(2012年秋)
- 全国の精舎で研修や祈願、各種大祭や式典等の行事を開催。
- 世界各地の支部や拠点を中心に、「御法話拝聴会」、各種の大祭や式典、研修、祈願、集い等の行事を開催。
主な祭典行事
支部や精舎において開催される。代表的な祭典は下記のとおり。
- 新年大祭(1月)
- 宗教法人設立記念式典(3月)
- 大悟祭(3月)
- 幸福供養大祭(3月)
- ヘルメス大祭(5月)
- 御生誕祭(7月)
- 先祖供養大祭(9月)
- 立宗記念式典(10月)
- 初転法輪祭(11月)
- エル・カンターレ祭(12月)
特に御生誕祭とエル・カンターレ祭は二大祭典とされる。
信仰形態の変遷
設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。1996年10月6日には、会員・会費制度を変更して、「正会員」と「誌友会員」の名称を「会員」とした[23]。
社会運動、活動、事件等
1991年に写真週刊誌フライデーに掲載された教祖および教団に関する記事の内容について、1991年9月に幸福の科学会員らは講談社に対する抗議としてデモ行進などを全国で行った。9月6日には「講談社フライデー全国被害者の会」(会長・景山民夫、副会長・小川知子)を結成し、9月25日には「精神的公害訴訟」として東京地裁に提訴、以後、司法の場において名誉毀損などの民事訴訟で講談社との抗争を続けた(講談社フライデー事件)。教団はこの一連の活動を、9月15日に開催された講演会に因んで「希望の革命」と称している。この事件を機に、外国の報道機関を含め、テレビ、新聞、雑誌などからの取材や対談に応じることとなり、1991年10月27日のテレビ朝日の番組(サンデープロジェクト)内では、教祖・大川隆法への公開インタビューが生放送で放映された。講談社側と争った裁判にて、一部の記事内容と抗議行動の双方に違法性が認められた[24][25][26][27][28][29][30][31]。
1994年には、誰でも手に取れる一般週刊誌等にも猥褻なヌード写真等が数多く掲載されていることにつき、問題を提起し、ヘア・ヌード反対運動として 同年11月に「マスコミ倫理研究会」を発足し、東京・渋谷(11月26日)や大阪・御堂筋(12月4日)でデモ行進を行なうなど、啓蒙活動を行なった。[32]
1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、地震発生当日から21日までに阪神地方に35ヵ所の拠点を設け、1月19日から炊き出しを始めてカレーなど1日あたり3万食を提供し、全国からの救援物資を届け、医師ボランティアによる医療活動のほか、特設浴場を開くなどした[33]。
1995年2月28日に発生したオウム真理教による目黒公証人役場事務長拉致事件では、拉致事件の現場目撃者が幸福の科学会員だったこともあり、幸福の科学は、オウム真理教による犯行であることを行政や報道機関、政治家などに訴え、事件の早期解決を求めた。教団はこれが一連のオウム教犯罪の捜査の突破口になったとしている[34]。同年3月18日に東京都内でデモや街宣活動なども展開、破防法適用を支持した。
1995年当時、幸福の科学が邪教として糾弾した宗教団体には、オウム真理教のほかには、創価学会、世界基督教統一神霊協会、真如苑などがある。良い宗教として生長の家、立正佼成会などの名前を機関誌等で取り上げている。宗教の正邪を明確にしたのは「宗教界の自浄は宗教団体の責任」との考えであるという[要出典]。
1995年、幸福の科学が理想とする「哲人政治家」として、自由民主党の三塚博代議士を推薦するなど、積極的に政治に提言した。幸福の科学は政治に関しては「徳治主義的民主主義」を理想としており[35]、思想的にはアメリカの共和党やイギリスの保守党に近い思想を持つとしている[36]。 1995年の御生誕祭(1995年7月10日、東京ドーム)で、幸福の科学政権の樹立を目指すとして三塚を推薦することを発表するなどしたが、8月には『三塚博総理大臣待望論』(小川空城編、幸福の科学出版)が刊行され、8月8日に日比谷公園の野外音楽堂で出版記念フェスティバルが開催された。
幸福の科学は、一貫して、宗教の立場から「霊的人生観」(宗教的真実を基礎におく人生観)を説いており、無宗教や唯物論・無神論を批判している。1997年から雑誌「ザ・リバティ」誌上で、脳死問題や臓器移植問題が宗教的真実を全く知らないで議論されているとして、問題点を指摘し、宗教的観点から解説している。
1998年からは、毎年増え続ける自殺者を減らすべく、雑誌「ザ・リバティ」誌上で「自殺防止キャンペーン」を開始、この運動は現在も継続しており、Web上[37]や、全国で会員有志が街頭などでも「自殺者を減らそう」キャンペーンを展開している[38][39][40]。
2001年、元信者が献金を強要されたとして提起していた裁判(元信者側が敗訴)の関連で弁護士山口広らを訴えた裁判にて、不当訴訟とされ敗訴(幸福の科学事件) [41][42][43][44]。
国際局を中心にインド等の子供に文房具を贈ったり、国際支援団体を通じて、発展途上国の子供たちにスポーツ用品、玩具、楽器等を贈ったり、寄付する等の活動が行なわれている[45][46][47]。2004年のスマトラ島沖津波の際は、被災地に小学校を建設している[48]。
脚注
- ^
“1ヶ月半の宣伝費約20億円 宗教法人「幸福の科学」”. 朝日新聞朝刊 (朝日新聞社): p. 29. (1991-07-30)
- ^ 大川隆法総裁 ブラジル大講演会
- ^ インド・ネパールにて大川隆法総裁初の法話
- ^ フィリピン・香港の総裁法話
- ^ 2011年9月15・18日マレーシア・シンガポール大講演会前後の現地レポート
- ^ 2011/11/6 およそ13000名が参加、スリランカ野外大講演会レポート
- ^ 幸福の科学の成功理論は、アメリカではTV放映の多いニューソート系牧師に共通点の多い
- ^ 「先進宗教(アドバンスト宗教)」書籍『宗教の挑戦』あとがき より
- ^ 英語(イギリスVer・USA,Ver、インドVer、オーストラリアVer他)、ドイツ語、フランス語、中国語(簡体字・繁体字 台湾・香港)、ロシア語、スペイン語、ハングル、ポルトガル語(ブラジル・ポルトガル)、インドネシア語、ハンガリー語、ブルガリア語、タイ語、ヒンディー語、タミル語、テルグ語、マラーティー語、グジュラティ語、ネパール語、シンハラ語、タガログ語等
- ^ 「幸福の科学」教団史『法輪、転ずべし』2008 より
- ^ 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著、ほか沼田研究論文[要出典]より。
- ^ 宗教法人幸福の科学 (2010年). “大川きょう子立宗名誉補佐ご紹介”. 宗教法人幸福の科学. 2010-06-16時点のオリジナルよりアーカイブ。2011-11-28閲覧。
- ^ 宗教法人幸福の科学 (2011-02-22). “大川きょう子 永久追放の懲戒処分について”. 宗教法人幸福の科学. 2011-11-28閲覧。
- ^ お近くの幸福の科学
- ^ 2011/8/12 アフリカ大陸初!ウガンダ支部精舎が8/7(日)に落慶
- ^ 2011/9/4 速報!9月4日―マレーシア支部精舎が落慶
- ^ アフリカ・ウガンダ支部精舎落慶日前日(8月6日)の市川国際局長の挨拶より。10月9日大川隆法総裁法話「繁栄思考」の中でも語られた。
- ^ 『ダイナマイト思考』幸福の科学出版、1993年2月発刊に収録
- ^ 『月刊幸福の科学』1991年8月号
- ^ 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著
- ^ 『幸福の科学立宗10周年記念誌』宗教法人幸福の科学、1996年10月
- ^ 雑誌『週刊ダイヤモンド』2009年9/12号
- ^ 教団史『法輪転ずべし』宗教法人幸福の科学、2008年
- ^ 雑誌「フライデー」に対する東京高裁平成10年11月16日判決、この判決はマスコミ側の上告もなく確定した。
- ^ 雑誌「週刊現代」に対する最高裁平成13年6月12日第三小法廷決定 平成13年(オ)第101号・(受)第80号損害賠償請求上告及び上告受理申立事件、東京高裁平成12年10月25日判決の確定裁定
- ^ 最高裁平成11年3月25日第一小法廷判決 平成8年(オ)第382号損害賠償請求上告事件
- ^ 「講談社フライデー事件」
- ^ 東京地裁平成8年12年20日判決(判時1619号104頁)
- ^ “講談社への行動は違法 幸福の科学に賠償命令 東京地裁”. 朝日新聞東京朝刊 (朝日新聞社): p. 25. (1996-12-21)
- ^ “「幸福の科学」の賠償減額 講談社の損害賠償訴訟”. 読売新聞東京朝刊 (読売新聞社): p. 38. (1998-11-26)
- ^ “「幸福の科学」敗訴確定”. 東京新聞朝刊 (中日新聞社東京本社). (1999-07-17)
- ^ 『ストップ・ザ・ヘア・ヌード―あなたの子供が、危ない!』 幸福の科学広報局
- ^ 書籍『阪神大震災神戸を救え!!―救援ボランティア活動全記録』幸福の科学出版、1995年2月、ISBN 4-87688-237-1
- ^ 『新生日本の指針―新時代への国家選択』幸福の科学出版
- ^ 大川隆法『理想国家日本の条件』幸福の科学出版
- ^ 大川隆法『奇跡の法』幸福の科学出版
- ^ 幸福の科学 自殺防止サイト
- ^ 『永遠の生命の世界』参照、ISBN 4-87688-522-2
- ^ 幸福の科学「自殺者を減らそう」キャンペーン
- ^ 幸福の科学 自殺防止サイト
- ^ 東京地裁平成13年6月29日判決(判タ1139号184頁)
- ^ “「批判的言論威嚇」幸福の科学側が敗訴 100万円賠償命令/東京地裁”. 読売新聞東京夕刊 (読売新聞社): p. 27. (2001-06-29)
- ^ “一審判決支持し教団の控訴棄却 「幸福の科学」訴訟”. 朝日新聞朝刊 (朝日新聞社): p. 34. (2002-05-28)
- ^ “宗教法人「幸福の科学」の敗訴確定”. 毎日新聞東京朝刊 (毎日新聞社): p. 24. (2002-11-09)
- ^ 「幸福の科学」の海外チャリティー活動
- ^ Children Aidチルドレンエイド・ホームページ、インドの子供たちに教育を
- ^ インド支援寄付受付
- ^ 「幸福の科学」の災害復興支援
参考図書
- 大川隆法『幸福の法』幸福の科学出版、2004年、ISBN 4876885214(第4章に幸福の科学入門)
- 大川隆法『太陽の法』幸福の科学出版、1997年、ISBN 4876883211(第6章(エル・カンターレへの道)にエル・カンターレについての説明)
- 大川隆法『信仰のすすめ』幸福の科学出版、2005年、ISBN 4876885397(第4章にエル・カンターレについての説明)
- 大川隆法『永遠の生命の世界』幸福の科学出版、2004年、ISBN 4876885222(自殺防止、脳死・臓器移植等について)
- 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著
関連項目
外部リンク
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