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日本航空インターナショナル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本航空
Japan Airlines Co., Ltd.
IATA
JL
ICAO
JAL
コールサイン
JAPANAIR
ファイル:Japan Airlines logo.svg
設立日 1953年10月1日
ハブ空港 成田国際空港[1]
東京国際空港[1]
関西国際空港[1]
大阪国際空港[1]
焦点空港 中部国際空港
福岡空港
新千歳空港
マイレージサービス JALマイレージバンク
会員ラウンジ ダイヤモンド・プレミア・ラウンジ
サクララウンジ
JALラウンジ
JALアライバルラウンジ
計34ヶ所[2]
同盟 ワンワールド
WOW(貨物)
保有機材数 119機[3]
就航地 18ヶ国85空港[4]
(コードシェア便を除く 日本国内52空港)[5]
親会社 株式会社企業再生支援機構
本拠地 東京都品川区
代表者 大西 賢
外部リンク http://www.jal.co.jp/
日本航空株式会社
Japan Airlines Co., Ltd.
ファイル:JAL Building.jpg
種類 株式会社
市場情報

東証1部 9201 2002年9月24日上場廃止
大証1部 9201 2002年9月24日上場廃止
名証1部 9201 2002年9月24日上場廃止
略称 日航、JAL、ジャル
本社所在地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
東京都 品川区東品川2丁目4番11号 野村不動産天王洲ビル
設立 1953年10月1日(創業1951年8月1日)
業種 空運業
事業内容 航空運送事業
代表者 グループCOO大西 賢
資本金 175,000百万円
(2010年12月1日時点)
売上高 連結:1兆9,491億87百万円
単独:1兆6,647億00百万円
(2009年3月期)
営業利益 連結:-538億54百万円
単独:-625億88百万円
(2009年3月期)
純利益 連結:-656億98百万円
単独:-681億32百万円
(2009年3月期)
純資産 連結:1,456億19百万円
単独:916億58百万円
(2009年3月31日時点)
総資産 連結:1兆7,859億10百万円
単独:1兆6,523億33百万円
(2009年3月31日時点)
従業員数 16221人(2009年4月30日時点)
決算期 3月31日
主要株主 株式会社企業再生支援機構 100%
主要子会社 日本トランスオーシャン航空 70.1%
ジャルエクスプレス 100%
北海道エアシステム 51.0%
琉球エアーコミューター74.5%(間接)
日本エアコミューター 60.0%
ジェイエア 100%
外部リンク 日本航空
特記事項:会社基礎情報、決算情報はEDINETから。
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日本航空株式会社(にほんこうくう、英称:Japan Airlines Co., Ltd.)は、日本航空会社。日本の航空会社で最大規模の国際線網と、国際線乗客数を有する[6][7][8][9][10]。2010年1月に会社更生法の適用を申請、更生手続の過程で持株会社「株式会社日本航空」や金融事業会社のジャルキャピタルなどを吸収合併した。

目次

概要

国際線はアジア、欧米を中心とし、国内線は東京国際空港(羽田空港)や大阪国際空港(伊丹空港)、新千歳空港などを拠点に幹線からローカル線まで、幅広い路線網を持つ。また、航空連合ワンワールド」の一員である。

JALグループ再編の一環として2004年に日本航空株式会社から「日本航空インターナショナル」に社名変更し国際線と一部の国内線を担当する会社として発足したが、後に国内線の多くを担当する日本航空ジャパンを吸収合併したことにより、JAL便の運航を受け持つ単一の事業会社となった。さらに先述の通り日本航空などを吸収合併したことで、グループを代表する中核事業会社として、一般には旧持株会社同様、日本航空日航JAL(ジャル)と通称される。

沿革

日本航空の歴史も参照。斜体のものは日本航空ジャパン=日本エアシステムの事項。更なる詳細は日本エアシステムの記事を参照。
  • 2002年(平成14年)10月2日 - 日本エアシステム(後の日本航空ジャパン)と経営統合し、同社との株式移転により持株会社株式会社日本航空システム(後の株式会社日本航空を設立、日本エアシステムと共にその完全子会社となる。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 日本航空、日本エアシステムを、それぞれ日本航空インターナショナル日本航空ジャパンと商号変更。同時に旧日本エアシステムの貨物事業が日本航空インターナショナルに全面移管される。
  • 2005年(平成17年)10月25日 - JALグループとして国際的な航空連合である「ワンワールド」への加盟方針を決定した。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 日本航空インターナショナルを存続会社として、ジャルセールスと合併。
  • 2006年(平成18年)10月1日 - 日本航空インターナショナルを存続会社として、日本航空ジャパンを吸収合併。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 日本航空インターナショナル、日本アジア航空、JALウェイズ、JALエクスプレス、ジェイ・エア、日本トランスオーシャン航空が『ワンワールド』に正式加盟・サービス開始。『ワンワールド』塗装の飛行機を運航。
  • 2008年(平成20年)4月1日 - 日本アジア航空を吸収合併。これにより日本アジア航空が運航していた中華民国路線は日本航空インターナショナルに承継された。
  • 2010年(平成22年) 1月19日 - 親会社である日本航空および、株式会社日本航空の子会社であるジャルキャピタルと共に東京地裁に会社更生法の適用を申請。西松遥社長以下取締役は即日辞任した[11]。新経営陣は、2月1日付けで就任し、新たな会社としてスタートする。
  • 2010年2月1日 - 日本エアコミューター代表取締役社長大西賢が代表取締役社長兼グループCOOに、京セラ株式会社代表取締役名誉会長稲盛和夫が代表取締役会長兼グループCEOにそれぞれ就任同日付で大西・稲盛体制及び新経営陣発足。引き続き企業再生支援機構が支援する。
  • 2010年6月25日 - 債権の一本化および債権カット交渉の円滑化を目的として、元子会社のジャルキャピタルと共に親会社である日本航空に吸収・統合されることが発表された[12]
  • 2010年8月31日 - 更生計画案を東京地裁に提出[13]
  • 2010年9月16日 - 2022年FIFAワールドカップ日本招致委員会とオフィシャル招致パートナー契約を締結し、渡航時の輸送協力や機内誌、機内映像での広報協力などを行う[14]
  • 2010年11月30日 - 東京地裁が更生計画案を認可。
  • 2010年12月1日 - 以下の施策を実施。
    • 当社を存続会社として、日本航空とジャルキャピタルを吸収合併(同年6月の報道時から変更)。
    • 合併により旧日本航空株主に交付された当社株式を直ちに無償取得、無償取得分を含む全自己株式を消却し100%減資。
    • 企業再生支援機構から資本金・資本準備金各1750億円の出資を受け、同機構傘下に入る。
    • JALウェイズおよびジャルリーブルを吸収合併。
  • 2011年3月28日 - 会社更生終了。民間企業に復帰する。
  • 2011年4月1日 - 日本航空株式会社に商号変更、日本エアシステムとの経営統合前の商号に復する。

歴代経営陣

日本航空発足以来の、歴代経営陣
就任年月代表取締役社長(前職)代表取締役会長(前職)
1951年8月柳田誠二郎日本銀行副総裁)藤山愛一郎日本商工会議所)会頭
1953年10月原邦造(旧三井財閥幹部)
1961年1月松尾静麿(航空庁長官) 
1963年5月植村甲午郎日本経済団体連合会副会長)
1969年5月伍堂輝雄日経連専務理事)
1971年5月朝田静夫運輸次官松尾静麿(代表取締役社長)
1973年5月小林中アラビア石油代表取締役社長)
1977年6月植村甲午郎(日本経済団体連合会名誉会長)
1979年6月堀田庄三住友銀行代表取締役会長)
1981年6月高木養根(代表取締役副社長) 
1983年6月花村仁八郎(日本経済団体連合会副会長)
1985年12月山地進(総務次官
1986年6月伊藤淳二鐘紡代表取締役会長)
1988年6月渡辺文夫(東京海上火災保険代表取締役会長)
1990年6月利光松男(代表取締役副社長)
1991年6月山地進(代表取締役副会長)
1995年6月近藤晃(代表取締役専務)
1998年6月兼子勲(代表取締役専務) 
2004年4月新町敏行(代表取締役副社長)兼子勲(代表取締役社長)
2006年6月西松遥(代表取締役) 
2010年2月大西賢(日本エアコミューター前代表取締役社長)稲盛和夫京セラ代表取締役名誉会長)
  • 2002年10月に日本航空、日本エアシステムの経営統合以後は、日本航空インターナショナルの経営陣。
  • なお、会長職は空白期間がある。

ロゴマーク

鶴丸

1959年に登場してから旧:日本航空(株)の尾翼マークとして長年使われ、同社のシンボルとしても知られたものの、2002年10月の(事業持株会社日本航空システム発足と同時に事業子会社となった(株)日本航空の社名ロゴが「The Arc of the Sun」に切り替えられたため名目上廃止された。鶴丸が尾翼に描かれた1989年からの旧塗装機は機材の塗装更新や売却等により2008年までに消滅した。
経営破綻後に再び原点回帰の意をこめて2011年4月1日に改めて採用されることになった。新たな鶴丸は初代に似ているが、翼の切れ込みを深くし、「JAL」の文字を太い斜体にする[15]。これに合わせて日本航空やジャルパック・JALカードなど一部グループ会社の社名ロゴタイプも同日から一新された。

なお、新塗装初号機(B767-300ERの新造機 JA654J)は4月1日に先駆け、同年2月28日に羽田-釧路間のチャーターフライトでお披露目され、3月2日より羽田-北京線で定期路線への就航を開始している。

The Arc of the Sun

日本航空と日本エアシステムの経営統合(日本航空システムの発足)時に「The Arc of the Sun(太陽のアーク)」 と呼ばれるロゴマークと塗装が制定された。JALの「A」の上に、「ノ」の字状の立体形の円弧が描かれたデザインである。デザイン担当はアメリカ合衆国の大手デザイン会社ランドーアソシエイツで、旧:日本航空の民営化後の1989年初から導入されたAとLの下にグレーと赤の長方形を形取った先代のCIデザインも同社の手によるものである。なおこの旧ロゴおよび前塗装から、「A」の横棒がないデザインが継承されている[16]

新デザインは時刻表・企業広告などではJALS発足当初より使用されたが、新デザインを反映させた機材(旧:日本航空機材)のお披露目までは時間を要し、2003年4月の新・JALマイレージバンクの発足とそれに伴うJALカードの券面が一新された事や、JALパック・JALストーリーの再編に伴うロゴ変更で多くの目に触れるようになった。

2004年4月以降は、後に一社化される日本航空インターナショナル日本航空ジャパンの機体塗装や機内搭載品などを含めたすべてのビジュアルイメージが順次統一され、日本アジア航空などの系列運航会社も日本航空と同時期に社名ロゴタイプが変更となり機体デザインを順次更新した。独自ロゴの使用を継続していた琉球エアコミューターも新機種導入を契機として2007年4月にJALグループのビジュアルイメージを採用した。

また同時に「Dream Skyward」というスローガンが生まれ、CMのアイキャッチやラジオの提供読みで使用していた。このスローガンは2011年4月に鶴丸マークの採用によって消滅したが同時期に誕生した機内誌「SKYWARD」の名称は現在も存続している。

塗装

歴代塗装

ファイル:Japan Air Lines SAMURAI BLUE 2006.JPG
現行塗装をベースにした「Samurai Blue」特別塗装のボーイング777-300ER型機

なお、4代目以前も含めそれぞれの塗装は導入以降ロゴや書体の変更、ポリッシュドスキンバージョンの導入などの微調整が行われている他、アロハエクスプレスやリゾッチャ、創立50周年記念などの特別塗装が存在していた。

5代目塗装

ファイル:Japan Airlines Boeing777-200 Oneworld logo.JPG
5代目塗装をベースにしたワンワールドカラーのボーイング777-200(JA771J)。

5代目塗装は、塗装デザインが発表された2002年以降に導入された新規導入機体だけでなく、既存機にも重整備の際に順次導入された。また、JALウェイズや日本トランスオーシャン航空、日本アジア航空などのグループ会社の殆どの機体もこの塗装を導入した。

  • 5代目:2002年の日本航空と日本エアシステムとの経営統合を機に採用された「太陽のアーク」。先代と同じくランドーアソシエイツによるデザイン[17]。社名表記は「JAPAN AIRLINES」。

なお、複数種類の塗装が施されていた旧日本エアシステムの機材は、塗装が変更されるまでの間は暫定的に日本航空のロゴのステッカーが貼られて運航され、2006年4月に旧日本エアシステムのエアバスA300-B2/B4型機が退役し、同年夏に売却先のアメリカへ移送されたと同時に、旧日本エアシステムの塗装はその歴史を閉じた。

たまごっち」やワンワールド加入記念、FIFAワールドカップ日本代表チーム (「Samurai Blue」) や「先得ジェット」、「成田国際空港開港30周年記念」、「JAL×コブクロ・ジェット」などの複数の特別塗装機が存在している。

現行塗装

  • 6代目:2011年4月1日に採用された3代目「鶴丸」塗装。ホワイトボディーに「JAPAN AIRLINES」の斜体字が表記され、尾翼には再び手直しされた「鶴丸」が入る。[18]

サービス

機内サービス

機内誌

機内誌として「SKYWARD(スカイワード)」があり、日本語だけの国内線版と、日本語、英語記事併記(一部案内については韓国語北京語広東語表記もある)の国際線版が用意されている。なお同誌は一部の書店でも販売されている他、定期購読も可能である[19]

国際線の場合、併せてファーストクラスとJALグローバルクラブ会員向け配布用の「AGORA(アゴラ)」も搭載される他、ファーストクラスとビジネスクラス乗客に無料配布される地図とレストランリスト、観光やエンターテインメイント情報が記載された主な就航都市のガイドブック「JAL GUIDE」も搭載される。また、系列会社のJALホテルズの情報誌である「ファウンテンズ」も路線によって掲載されている。なお、これらの機内誌は無償で持ち帰りが可能である[20]

なお、経営悪化により2009年より日本国外にある日系事務所や日本政府関連事務所(大使館等)への機内誌配送を取り止めた。[要出典]

雑誌・新聞

国際線の場合、全てのクラスに週刊文春週刊新潮などの週刊誌の他、婦人画報アンアンBRUTUSやMen`s Exなどのファッション雑誌東洋経済などの経済誌、セブンシーズなどのクラスマガジンなど数十種類の雑誌、子供向けの絵本や子供向けの漫画単行本も搭載されている。また、タイムニューズウィークニューヨーカーヴォーグなどの英語誌の他、出発地の地元有力誌も搭載されている(路線によって掲載されている雑誌は異なる)。新聞は、プレミアムエコノミークラスとエグゼクティブクラス、ファーストクラスには国内線のファーストクラス(下記参照)と同じもののほか、ウォールストリート・ジャーナルフィナンシャル・タイムズなどの国際経済紙の他、出発地の地元言語の有力紙や出発国の日本語紙なども搭載されている[21]

国内線の場合、普通席と「クラスJ」には機内誌以外の雑誌、新聞の搭載は行われていない(子供向けの絵本や子供向けの漫画単行本のみ)。ファーストクラスには読売新聞日本経済新聞毎日新聞産経新聞朝日新聞と、ジャパンタイムスなどの英字紙、スポーツニッポン日刊スポーツなどのスポーツ紙、中日新聞西日本新聞などの出発地の地元有力紙も搭載されている[22]

個人用テレビ

2011年11月現在、国際線の767-300型機3機を除いた全機材の全クラスに個人用液晶テレビが設置されており、オンデマンド形式によるビデオ・オーディオ及びビデオゲームプログラムを提供している。また国内線では日本エアシステムから引き継いだ7機のボーイング777-200に個人用液晶テレビが設置されている。

機内食

ファイル:Jal meal c2.jpg
エグゼクティブクラス機内食(一例)
ファイル:JAL In-Flight Magazines.jpg
国内線クラスJの飲み物と機内誌

一部区間を除く国際線と国内線ファーストクラスで提供されており、メニューは路線や機内クラスによって異なる。詳細は[23]で確認できる。

国際線では通常の機内食の他に、糖尿病食や低カロリー食、低たんぱく食等の特別食や、ヒンドゥー教イスラム教ユダヤ教徒などのための機内食も用意されている他、12歳以下の子供用や幼児用の機内食も用意されている。これらの特別機内食を希望する場合は事前の予約が必要である[24]

機内食製造を行う系列会社として、成田エアポートレストハウス‎などのホテル経営も行うティエフケーや、ティエフケーとロイヤルホールディングスの共同出資会社であるジャルロイヤルケータリングなどがある。

飲み物

国内線全クラスで、ジュースやコーラ、温かいお茶と冷たいお茶、コーヒーやコンソメスープ、ミネラルウォーターなどの複数の飲み物が無償で提供されている。2010年4月現在、この様に多彩な飲み物を無償で提供しているのは全国規模の路線網を持つ航空会社では日本航空グループのみとなっている[25][26]

国際線の飲み物サービスは、全てのクラスで国内線と同じくソフトドリンクやお茶、コーヒーなどのノンアルコール飲料の無償提供に加え、ワインやビール、ウイスキーなどのアルコール類も無償で提供している[27]

プライオリティ・ゲスト対応

身体障害者やけが人、病人などのために、用途や体格差に合わせて5種類用意された空港用車椅子や機内用車椅子。車椅子対応の機内トイレ点字案内、簡易筆談ボードや特別チェックインカウンター(成田国際空港国際線のみ)、ストレッチャーや医療用酸素ボンベなどが用意されている。なお、一部のサービスは事前予約が必要である[28]

医薬品・医療用具

国内線、国際線の全ての機材(ジェイエアや琉球エアコミューター、日本エアシステムと北海道エアシステムを除く)には、風邪薬や胃腸薬、絆創膏などの他、機内で急病になった乗客に対し、機内に乗り合わせた医療関係者が処置を行えるように、点滴セットと生理食塩水ブドウ糖液、聴診器血圧計、日本語と英語の2ヶ国語対応の自動体外式除細動器が搭載されている。また、国際線用機材には胃管チューブやネラトンカテーテル血糖測定器なども搭載されている[29]

子供向け玩具

ファイル:JAL Toy.jpg
子供向け玩具

幼児から小学生程度の年齢の子供を対象とした子供向け玩具が年齢や性別に合わせて複数種類用意されており、対象年齢の希望者には無償で提供されている。

客室乗務員

国内線には日本採用の客室乗務員しか乗務しないものの、多くの国際線の路線においては日本採用の客室乗務員の他に、香港採用、上海採用、シンガポール採用、ヨーロッパ採用(フランクフルトロンドン)採用の客室乗務員がおり、各採用地を拠点に乗務している。なお、これらの客室乗務員は日本語英語の訓練も受けているため、広東語北京語マレー語ドイツ語などの現地語以外に日本語や英語でも基本的な会話が可能である。

なお、過去には一部の国際線において、女性客室乗務員による着物着用のサービスが行われていた。しかし、特注のツーピース着物であったが、いずれにしても機内で着用の手間がかかる上に緊急時の対応に支障が出ることなどにより、1980年代後半に廃止された。

定時到着率1位

アメリカの調査会社「Conducive Technology」社が、2009年1月から12月までの世界の主要航空会社46社の定時到着率を調べたところ、日本航空が90.95%で世界1位となった[30][31]。また、JALエクスプレスもアジアの航空会社22社の中で第1位の認定を受けた。

地上サービス

ファイル:JGCBT.JPG
JALグローバルクラブ会員が国内線利用時の手荷物優先返却用途に付されるタグ

チェックイン

通常の有人チェックインカウンターのほか、自動チェックイン・発券機が用意されている。また、多くの空港において搭乗クラスや航空券の運賃カテゴリー、JALカードCLUB-A会員、JMB FLY ONサービスステイタス、ワンワールドエリートステイタスによって使用できる優先チェックインカウンターが用意されている。

空港ラウンジ

多くの空港において、飲料や軽食、新聞や雑誌などを無償で提供するラウンジを用意している。対象となる旅客は、エグゼクティブクラスやファーストクラスへの搭乗者、JALグローバルクラブ会員、JMBサファイア以上の会員、ワンワールドサファイア以上の会員、エコノミークラス普通運賃およびプレミアムエコノミークラス対象運賃利用者(韓国/グアム線は除く)が利用できる。

国際線の利用者は、航空券の搭乗クラスによって搭乗時に出発空港のラウンジを利用できる。また、JALグローバルクラブ、JGCプレミア、JMBダイヤモンド、JMBサファイアの各会員は、航空券の搭乗クラスにかかわらず出発空港のラウンジを利用できる(利用可能なラウンジと入室基準は空港毎に異なる)。

  • サクララウンジ
  • サクララウンジannex
  • JALファーストクラスラウンジ
  • ファミリーサービスラウンジ

国内線の利用者のうち、JALグローバルクラブ、JGCプレミア、JMBダイヤモンド、JMBサファイア会員、および「ラウンジクーポン」利用のJMBクリスタル会員は、搭乗クラスにかかわらず出発空港のラウンジを利用できる(利用可能なラウンジと入室基準は空港毎に異なる)。なお、これらのステイタスを持たない(またはステイタスを持った同伴者のいない)乗客でも、羽田空港のサクララウンジに限り有償での利用が可能である(1人3000円。ウェブサイトでの事前予約を行う必要あり[32])。

  • サクララウンジ
  • JALラウンジ
  • ダイヤモンド・プレミアラウンジ(羽田空港第1ターミナルのみ)

搭乗手続き

経営再建中のために2010年2月より、一部の国内線と国際線で、客室乗務員によるゲートの受け付け業務を兼務させる方針が固まった。これにより、年間約2億4000万円のコスト削減効果が見込まれている[33]

ホテル

日本航空グループの国際線を利用した場合、系列会社のJALホテルズをはじめとする国内外の180軒以上のホテルに特別料金で宿泊できるほか、日本航空グループの便に搭乗していなくてもウェブサイトを通じて格安な料金で宿泊できる。

JAL IC/QuiCサービス

2005年2月より国内線搭乗に際して、事前にPCのJALWebサイトまたは携帯電話端末のJAL公式サイト上で「Webチェックイン」を済ませることで、チェックインカウンターやチェックイン機に立ち寄らずに出発ゲート内の非接触IC対応に対応した自動改札機にJAL IC (Felica) を当てるだけで搭乗できる(タッチ&ゴー)「ICチェックインサービス」と、JAL IC上に特典クーポン機能を具え、電子マネー感覚でショッピングが行えたり、クラスJの利用が可能な「IC利用クーポン」サービスを内包した『JAL ICサービス』が開始した。なお、IC対応携帯電話においても事前に携帯版公式サイトで提供している「JAL ICアプリ」のダウンロードと設定によりICサービスが利用可能である。

2008年には紙チケットにQRコードを印刷し、改札機に設けられた小型スキャナに読み取らせる形態でタッチ&ゴーが可能となり、ICチェックインサービスと総称して「QuiC」とした。

スカイメイトなどの一部運賃を除き、パッケージツアーなども含めほとんどの運賃種別で利用可能となっている。

マイレージ

ファイル:JMB+WAON.png
JMB WAONカード(旧デザイン)

日本の航空会社として最初に始めたマイレージサービスJALマイレージバンク (JMB)」の会員数は、2009年12月末現在で約2,269万人と国内最大であり、かつポイント会員組織としても最大の会員数を誇る[34]。会費は無料であり、ショッピングやホテルレストランの利用でもマイルが加算され無料航空券やクーポンなどと交換ができる。なお、自分のマイルと家族のマイルを合算できる制度を日本の航空会社系カードとして最も古くから行っているマイレージサービスである。

また2007年10月には、JALグループはイオングループとマイレージに関する提携を発表し、イオングループの電子マネーWAON」の利用でマイルがたまるようになった。また、JMB WAON/JAL ICサービス一体型のJMBカードやイオンJMBカードを2008年3月から発行している。なお、JALカード(DC-VISA、DC-MasterCardブランドでJALカードショッピングマイル・プレミアム会員の場合)では、WAONへのクレジットカードチャージ時に100円で1JMBマイルたまるキャンペーンを実施している(2012年3月31日まで、通常時は200円で1JMBマイル)。

JALカード

1983年より旧・日本航空のハウスカード部門として設立され、分社化のうえ運営されている「JALカード」がある。1992年よりJCBまたはDCカードとハウスカードが一体化した提携(デュアル)カード型が募集・発行開始となり、JALマイレージバンク (JMB) 前身の「JALスカイプラス」においてショッピングマイルサービスが開始された。
1997年4月からJMB発足(国内線フライトマイルの積算開始)に伴い、JALカード会員はJMBにも自動入会となり、ショッピングマイルに加えてフライト等各種JMBマイルの積算が可能となった。

2004年12月発行分よりJAL ICサービスが搭載されている。また、同時にビューカードと提携し、Suica機能とJAL IC機能を一つのFelicaに搭載した「JALカードSuica」の募集も開始されている。

国際線

日本の航空会社最大の国際線網

ファイル:3rd floor of Narita Terminal 2 200507.jpg
成田国際空港第2ターミナル

日本の航空会社最大の自社運航国際線(グループ各社を含む)網と便数、座席供給数[35]を誇り、日本の航空会社として唯一、オーストラリア大陸オーストラリア)へ自社運航便を就航させている他、マレーシアロシアカナダなど、他の日本の航空会社が運航していない国々への自社運航路線を持つ[36]さらに、2010年10月の東京国際空港の本格国際空港化に反対の立場であった航空会社であるが、[要出典]同空港からの航空会社別の国際線運航便数は、日本航空が計10路線、1日13便と最多である上、日本の航空会社として唯一のヨーロッパ路線(パリ便)を運航している。また、国際定期便の運航を行っている空港 だけでなく、地方空港からの各方面に向けた国際チャーター便も頻繁に運航している。

また、キャセイパシフィック航空やアメリカン航空、イベリア航空カンタス航空ブリティッシュ・エアウェイズフィンランド航空などのワンワールド各社や、エールフランス航空エミレーツ航空タイ国際航空大韓航空ニュージーランド航空などのワンワールド以外の航空会社とのコードシェアによる他社運航便を含めると、2011年6月現在、日本を除き39カ国・地域166空港へ運航している[37]

運賃体系

1994年4月から実施された新しい日本発国際航空運賃制度にもとづき、エコノミークラスを対象とした正規国際線割引運賃「JAL悟空」を運輸省(当時)に認可申請し、同月1日から実施した。その後事前購入割引による複数の割引運賃を導入したほか、正規国際線割引運賃をビジネスクラスにも拡大した。

機内サービス

国際線の機内サービスの特徴としては、かつては国際線においては和服でのサービスや、和食機内食の提供を行い好評を得た[38]他、和室風の空港ラウンジやおしぼりサービス、ダグラスDC-8やボーイング747などの最新鋭機の導入[39]、また機内ラウンジ寝台席などの豪華な機内仕様[40]、清潔さを保った機内などに代表される日本的なサービスや新サービスの積極的導入を行い高い評価を得た。また、1980年9月には日本の航空会社として初のビジネスクラスの導入を行った。

これらのサービスが高い評価を受けて、1980年にはエアー・トランスポート・ワールド (ATW) 誌上でエアライン・オブザ・イヤーに日本の航空会社として初めて選ばれた。なお、その後2002年にも同賞に選出されている[41]。同賞に2回選出されたのは日本の航空会社として唯一である。

近年においては、ファーストクラスやエグゼクティブクラス(ビジネスクラスに相当)における、市場では入手困難な日本酒焼酎の提供、炊飯器による炊き立てご飯、法被やナイトガウンを提供するなど日本的なサービスを再び強化しており、これらのサービスは、ファーストクラスやエグゼクティブクラスの主な顧客層である日本人ビジネスマンのみならず、日本国外の旅行専門誌[42]や富裕層向け雑誌[43]で高い評価を得ている他、日本を訪れる外国人ビジネスマンにも高い評価を得ている[44]。併せてファーストクラスやビジネスクラス、エコノミークラスへの快適性を増した新型シートや機内エンターテイメントの導入を行い[45]、新しいデザインの「シェルフラットシート」がグッドデザイン賞を受賞した[46]

また、外国発のビジネス客の取り込みと乗り継ぎやネットワーク拡充、マイル加算の多様化などの利便性向上の一環として、2007年4月1日に世界的な航空会社アライアンスの1つである「ワンワールド」へ加盟した。これに併せてハブ空港の1つである成田国際空港では、「ワンワールド」加盟各社の第2ターミナル集結に合わせて、成田国際空港と共同でチェックインカウンターのリニューアルとサービス向上も行われた。一方ソフト面では、日本人客室乗務員の語学力向上などにも力を入れ始めている他、日本の航空会社としては初めて香港や上海、フランクフルトやロンドンなどで外国人客室乗務員を採用するなど、外国人旅客向け対応を強化している。

併せて同年度からは「プレミアム戦略」を進め、上記にあるファーストクラスやビジネスクラスへの新機内サービスの導入に加え、プレミアムエコノミークラスの導入や日本の航空会社としては初の成田国際空港におけるマイレージ上級会員や上級クラス専用のファスト・セキュリティレーンの導入を行ったほか、同空港に日本最大の面積を持つ空港ラウンジを新たに導入するなど、「プレミアム戦略」のもとで上級クラスおよびマイレージ上級会員に対するサービスを特に強化しており、ハード、ソフト両面のサービス向上が行われている[47]

また同時期には、収益率の強化を狙った新しい運賃体系の導入やマイレージサービスの積極導入を行ったほか、サービス強化に併せて新機材の導入を進め、ボーイング747-400などの経年機の退役を進めると同時に、機内装備を充実させたボーイング777-300ERなどの新型機の導入を進めている。その一環として、2006年度から2008年度中にボーイング737-800「ネクストジェネレーション」を19機新規導入し国際線にも就航させた。また、2009年中をめどにボーイング787を新規導入し、国際線にも投入する予定であった[48]が、ボーイング社の開発遅延を受けて他の航空会社同様に2011年に導入がずれ込むと予想されている。

また、アメリカの調査会社「Conducive Technology」社が、2009年1月から12月までの世界の主要航空会社46社の定時到着率を調べたところ、日本航空が90.95%で世界1位となるなど、高い定時運航率を誇る[49]

この様な機内外における各種サービス向上の施策が評価されたこともあり、2008年10月に発表された旅行専門誌「コンデナスト・トラベラー(アメリカ版)」によるサービス格付け「Top 25 Airlines」の国際線部門において、日本を含む北東アジアの航空会社としては最上位の5位にランクされた[50]他、2010年3月にオーストラリアで発表された国際線の満足度調査でも2位にランクされた[51]

国際線機内クラス

現在はファーストクラスとビジネスクラス(「エグゼクティブクラス」のブランドで呼ばれる)、2007年12月にビジネス旅客の多い長距離路線を中心に導入されたプレミアムエコノミーとエコノミークラスの4クラスがある。多くはプレミアムエコノミーの設定がない3クラス、地方発着路線や一部の短・中距離路線、ハワイやグアム線などのリゾート路線、一部の長距離路線ではエグゼクティブクラスとエコノミークラスの2クラス制になっている。

クラスごとにイメージカラーが設定されており、ファーストクラスは赤、エグゼクティブクラスは紺、エコノミークラスは緑となっている。このイメージカラーは空港カウンターや搭乗券、荷物タグなどにあしらわれており、他社もこれを模倣している。

シートスペック(ファーストクラス・エグゼクティブクラス・プレミアムエコノミー)

ファーストクラス・エグゼクティブクラス・プレミアムエコノミー「シートスペック」
機能/タイプ JAL Suite JAL Skysleeper SOLO Shell flat seat neo Shell flat seat Skyrecliner スカイラックスシート ミレニアムエディション プレミアムエコノミー
シートピッチ 211cm 200cm 153cm 157cm 129.5cm 119-127cm 112-127cm 97cm
リクライニング角度 180° 180° 171°(ライフラット) 170°(ライフラット) 132° 152° 139° -
ヘッドレスト
フット・レッグレスト
ランバーサポート ×
シェル × × ×
電動アシスト × × × ×
ハイポジションテーブル × × × ×
バーテーション × × ×
PC電源(コンセント) × △(738のみ)
AVOD
肘掛下収納 × × × ×
LAN接続 × × × × × × × ×
読書灯
装備機種 777-300ER 777 777-300ER 777 767-300ER 767 777/767/738 777
  • 機種略称は、777…777-300 (ER) /-200 (ER) 、767…767-300 (ER) 、738…737-800
  • サービスの詳細は以下を詳細されたい。

エコノミークラス

全てのクラスの中で一番安い価格で提供されており、「エコノミーセイバー」や「JAL悟空」という名の正規割引運賃の他、旅行代理店経由での団体割引運賃も提供されている。

全てのボーイング777、ボーイング767-300ERと同737-800型機にはシートテレビを備えたシートが設置され、オンデマンド対応の「MAGIC-III(737-800はIV、2010年10月に導入された767-300ERにはV)」が導入されている。2008年8月以降にボーイング777-300ERなどの長距離用機材に導入を進めている新シートでは、シートテレビを9インチに拡大し、ハンモック式のヘッドレストを導入する。シートピッチに変わりは無いが、快適性を犠牲にせずにクッションを薄くしたり、リクライニングと同時に座面自体をスライドさせるスライド式を導入することによって、結果的にシート足元の空間を広くすることに成功した。また、一部のB777-200ER、300ER、B767-300ER型機には電源設備(コンセント)が付いている。

機内食は、日本橋の老舗洋食店「たいめいけん」や「スープストックトーキョー(ホノルル線のみ)」とのコラボレーションメニューや、スナックコーナーの設定(欧米長距離線のみ)を行うほか、梅酒日本酒、赤白ワインチョイスなど幅広いメニューを揃えたアルコール類の提供を行っている。なお、座席仕様や就航路線、機内サービスはJALホームページから確認できる。

プレミアムエコノミークラス

ファイル:JAL Premium Economy.jpg
「シェルスカイシート」

「プレミアムエコノミークラス」は2007年12月から導入され、主に欧米の長距離路線に導入された。その後デリー線やジャカルタ線などのアジア路線やシドニー線にも導入されている。

「プレミアムエコノミークラス」専用のコンパートメントに、97センチのシートピッチを持ち、同クラスとしては世界初の座席の背もたれを完全に倒しても後席のスペースが犠牲にならないシェル型シート「シェルスカイシート」を導入した。同シートにはオーディオ・ビデオ・オンデマンド対応の9インチの個人テレビやPC電源、A4サイズのノート型PCに対応した大型サイズのテーブルなどが用意されている。

また、機内食の内容はエコノミークラスと同様であるものの、パイパー・エイドシック社のシャンパンや、「ディーン・アンド・デルーカ」のアイスクリームや、「うどんですかい」が提供される。他にも、専用のブランケットやスリッパ、アイマスクや歯磨きセットなども提供される。なお、座席仕様や就航路線、機内サービスはJALホームページから確認できる。

エグゼクティブクラス

歴史

1974年10月に、長距離路線を中心に運航されていたボーイング747のエコノミークラスの一部の客室を普通運賃個人旅客専用エリアとする「タチバナ・エグゼクティブ・キャビン・サービス」を導入した。なお、この「タチバナ・エグゼクティブ・キャビン・サービス」は、あくまで一部の客室を普通運賃個人旅客専用エリアとするもので、シートはエコノミークラスと同じものを使用していた[52]

その後より広いシートや内容の充実したサービスを要求する声が高まったことを受けて、1980年9月1日に日本の航空会社としては初めてのビジネスクラスとして「エグゼクティブクラス」の導入を行った(なお1980年当時は全日空や東亜国内航空は、国際線への就航すら行っていなかった)。その後数回に渡りシートやサービス内容の更新がされている[53] [54]

なお、1980年代中盤にはファーストクラスとエグゼクティブクラスの間に、シートピッチを広げ、幅の広い専用シートを採用した中間クラス「スーパーエグゼクティブJクラス」が設定されていた[55]。が、その後のエグゼクティブクラスのサービス内容の向上などを受けて短期間で廃止された。

サービス
ファイル:Narita-sakura-lounge.jpg
成田国際空港の「SAKURA LOUNGE」
ファイル:JAL Executive Class kaiseki meal.jpg
短距離国際線の和食前菜

選択肢の多い機内食やスリッパやアイマスクなどのアメニティの配布をはじめとする機内サービスの充実や、個人テレビやPC電源などが装備されたシートピッチの広いシートの提供、エグゼクティブクラス専用チェックインカウンターや空港ラウンジの使用、マイレージサービスの加算マイル数の割増 (125%) 、機内への優先搭乗案内や手荷物の優先引き渡し、及び手荷物の自宅からの無料引き取りサービスが提供される。

なお、日本発の主要長距離路線の機内食は、日本料理は「京都料理芽生会」が、フランス料理は「日本エスコフィエ協会」が監修したメニューが提供される他、炊き立てのご飯(一部欧米線)やオリジナルのカップ麺「うどんですかい」などが提供される。一部路線の2回目の機内食には、和風、洋風10種類ほど取り揃えたメニューの中から、好きなものを好きな時に食べられるサービスが提供される。

なおヨーロッパ線とアメリカ大陸線の対象料金での利用者には、成田空港から都内中心部へのヘリコプター(森ビルシティエアサービスユーロコプター EC 135)による無料移動サービスも提供される(ハワイ線と他社運航のコードシェア便を除く。2011年4月30日までの期間中)[56]

シート

東京-ニューヨーク線やロサンゼルス線などの欧米線、ジャカルタ線の777-300ER運航便では、15.4インチの個人テレビを持つライフラットシート「SHELL FLAT SEAT neo」が装備されているほか、欧米線やオーストラリア線のような長距離路線のみならず、シンガポール線やバンコク線などの中距離アジア線に就航するボーイング777-300ERや777-200ERの多くにも、最大157cmのシートピッチを持つライフラットシートに、10.4インチの個人テレビやPC電源などが装備された「JAL SHELL FLAT SEAT」が装備されている。さらに、2011年初頭には、完全なフラットとなる新型ビジネスクラスシートを導入することが発表された[57]

韓国や中華人民共和国、フィリピンやホノルル線などの短中距離国際線に就航する一部のボーイング777-200と767-300ER、737-800型機には、シートピッチが小さくリクライニング角度が浅い「スカイラックスシート」が装備されている。2010年10月から、新造機の767-300ERに10.6インチの個人テレビやPC電源、USB端子などが装備された新座席「JAL SKYRECLINER」が一部の路線で導入された。座席仕様や機内食等のサービスの詳細は、JALホームページで確認ができる。

ファーストクラス

最上級クラスとして、東京-パリ線やロンドン線、ニューヨーク線やロサンゼルス線をはじめとする長距離主要路線や、東京-ジャカルタ線などのビジネス客や富裕層の多い路線を中心に設定されている。なお、1990年代以降のビジネスクラスのサービスの充実などを受けて、以前よりは設定されている路線が減っている。詳しいサービスや機内食に関しては、JALホームページで確認ができる。

サービス

日本国政府専用機の客室乗務員と同様のファーストクラス向けの訓練を受けた客室乗務員のみがサービスを担当する。機内食は、日本料理が「京都料理芽生会」、フランス料理は「日本エスコフィエ協会」が監修したメニューが提供され、内容は他のクラスに比べグレードアップした内容となり、機内食の事前予約も受け付けている他、10種類以上のアラカルトメニューも用意されている。アルコール類も、芋焼酎森伊蔵」や日本酒「磯自慢」や「飛露喜」、「シャンパーニュ・テタンジェ」や「ポル・ロジェ」、「ヴーヴ・クリコ」「シャンパーニュ サロン」などの最高級銘柄が提供される。

ポーチに入った資生堂特製の男性、女性別の専用アメニティセットや羽根布団が用意されるほか、オーディオもボーズ製のノイズキャンセリングヘッドホン「クワイアットコンフォート2」が採用されている。

なお、主要空港ではファーストクラス専用チェックインカウンターや専用空港ラウンジの提供がされる他、ヨーロッパ線とアメリカ大陸線(ハワイ線と他社運航のコードシェア便は対象外)の対象料金での利用者は、成田空港から23区内へのヘリコプター(森ビルシティエアサービスユーロコプター EC 135)による無料移動サービスも提供される[1][2]

シート

2008年8月から、東京-ニューヨーク線に19インチの個人テレビやPC電源などが装備された半個室型の新座席「JAL SUITE」が導入された。なお、2008年9月から東京-サンフランシスコ線にも導入されたほか、2009年度以降もロサンゼルス線やシカゴ線にも導入された。なお同シートには、テンピュールとのコラボレーションによる専用マットレスと枕が提供される。

また、1980年代に導入されていた寝台サービス「スカイスリーパー」のイメージを取り入れた、「JAL SKYSLEEPER SOLO」と呼ばれる、イギリス人デザイナーのロス・ラブグローブがデザインし、イタリアポルトローナ・フラウ製の皮革を採用したフルフラットやマッサージ機能、靴入れや小物入れ、オンデマンド対応の個人テレビやPC電源などがついた専用シートも使用されている。

地上サービス

無料バスサービス

エコノミークラスの正規割引運賃(一部運賃を除く)以上のクラスおよびマイレージ特典を利用し搭乗した場合、下記のバスサービスが無償で利用できる。

JALファミリーサービス

日本人ビジネスマン及びその家族の日本国外への赴任や帰任時、赴任中の家族訪問時の空港における乗り継ぎ支援サービスやファミリーサービス専用チェックインカウンター、並びに専用ラウンジの提供などを行っている。

主な就航地(貨物便を除く)

自社機材運航及び自社便名の旅客便でグループ機材による運航便も含む(2011年6月1日現在)。


過去の定期就航地(貨物便を除く)

1970年代中頃までは航空機の航続距離が短かった事もあり、給油の為に最終目的地までに数ヶ所経由する事が多く、協定により有償乗客の乗降が出来ない空港に純粋な給油目的で寄航する事も多かった。又、特に南回りヨーロッパ線は、シベリア経由北回りヨーロッパ線の就航便数が限られていた事や、フラッグ・キャリアが中東の産油国に乗入れる事による関係構築という国策もあり、現在は乗入れていない南アジア中東都市に多数寄港していた。


[1] [2]

不定期便

東京/成田大阪/関西名古屋/中部札幌/新千歳福岡北九州など日本国内各地の空港からコロールモントリオールアンカレッジザグレブブダペストトロントウランバートルフェアバンクスマジュロなどへ不定期便又はチャーター便、プログラムチャーター便として就航している[3][4]

国内線

路線網

ファイル:JAL BOEING777-200 JA772J.jpg
ボーイング777-200型機
ファイル:Jal 011D.JPG
エアバスA300-600R型機

設立当初より国内線の運航は東京発着便を中心とした幹線を中心に行われていたが、1972年に日本航空と全日本空輸東亜国内航空(後の日本エアシステム)の大手3社に対して運輸省より事業路線割り当て(いわゆる45/47体制)が行われ、日本航空は国内幹線と準幹線の一部の運航が割り当てられることになった。

しかし1985年にこの事業路線割り当てが廃止され、地方発着のローカル線などにも広範囲にその路線網を拡大することになる。さらに2002年に日本エアシステムと統合してからは、国内線を日本航空ジャパン(旧:日本エアシステム)に譲渡するとともに日本エアシステムの国際線を引き継いだが、2006年10月1日に同社と合併したため、最終的に旧両社の国内線を一手に引き継いで運航することになった。その後の路線の統廃合を経て2009年現在は国内線61拠点164路線を運航している。なお、一部の便は子会社のJALエクスプレス日本トランスオーシャン航空ジェイエアの乗務員と機材で運航されている。

2004年12月1日羽田空港第2旅客ターミナル開業に伴い、同年12月21日から第1旅客ターミナル(西旅客ターミナル)の南北両ウイングから搭乗できるようになった。これにより中国四国九州沖縄地方への便の搭乗は南ウイング、北海道東北北陸近畿地方への便の搭乗は北ウイングと方面別に分かれた。

運賃体系

新規参入航空会社が格安運賃で対抗してきているにもかかわらず、近年までは、日本航空と全日空、日本エアシステムの大手3社が「片方が動けばもう一方が追随」の結果、日本の航空業界を支配する両社の運賃に大差はなく、その差額が数百円程度に収まっていた上、なぜか運賃改定が両社とも数日以内に行われていたことから、「事実上のカルテル」だと揶揄されることも多かった。

しかし、一時期は国内線における全日空との差別化は運賃にまで及び「片方が動けばもう一方が追随」というそれまでとは異なる状況になっていた。特に顕著な例としては、全日本空輸がバースデー割引を廃止して28日前までの予約で実質同運賃並みの運賃設定となる「旅割」を展開するのに対し、日本航空はバースデー割引を維持したまま、前述の「旅割」と同系の28日前までの予約で大幅割引の「先得割引」を新設するなど、運賃面でこれまで個人客向け運賃に弱かったと評されていた日本航空が全日本空輸より優位に立つなど、様々な戦略の変化が見られていた)。しかしその後の価格競争の激化によって、2007年現在では再び大きな差がなくなってしまっている。

なお、2008年4月にはJALカード会員限定で「ビジネスきっぷ」を発売した。マイルが100%積算され、最大で41%の割引となる。搭乗当日まで購入できることが特徴である。なお、繁忙期では往復運賃(ただし、往復運賃対象期間外は普通運賃)と同額になっており、文字通り当日購入するビジネス顧客をターゲットとした運賃である。なお、予約と同時にクラスJやファーストクラスの予約もできる。

新規導入機材

さらに今後の羽田空港の拡張をにらみ、2007年2月22日に、新小型ジェット機としてエンブラエル社のベストセラー機である「エンブラエル170」の導入方針を決定し、確定10機およびオプション5機の購入契約を締結した。2008年10月3日には初号機がジェイエアに引き渡され、2009年2月にジェイエアが運航している路線への投入を開始した[5]。また、ボーイング787を2008年度より国内線に随時導入する予定であったが、ボーイング社の開発遅延により2011年第一四半期以降に遅れることとなった。

国内線機内クラス

普通席とクラスJ、ファーストクラスの3クラス制を取っているが、路線や機材によっては普通席とクラスJの2クラスとなっている[6]

普通席

機内サービス

国際線のエコノミークラスに相当する普通席は全ての機材、路線に提供されている。国内大手航空会社では唯一ソフトドリンクやコーヒー紅茶緑茶スープなどの飲料やキャンディが無償で提供される。また、毛布や機内誌、機内販売も提供される。

ニュースや「ミシュラン・グリーンガイド・ジャパンの旅」などのビデオがスクリーンや個人用テレビで放映されるほか、機内オーディオ用のイヤホンも無償で提供される[7]

シート

ドイツのレカロ製のシートを中心に、機種や導入時期により数種類のシートが提供されている。なお、元日本エアシステムのボーイング777-200には個人用テレビが装備されているが、順次ファーストクラス設定機材に改修され、その際にシートも交換される予定。

クラスJ

普通席の他にも、日本エアシステムとの経営統合後、「スーパーシート」「レインボーシート(日本エアシステム)」を元に、日本航空としては初めて国内線へのミドルクラスの導入として、通常運賃にプラス一律1,000円で利用できる中間クラスである「クラスJ」を設置した。

現在は、日本航空とJALエクスプレスが運航する一部のボーイング737-800を除く全ての機材に「クラスJ」と普通席の2クラスが設定されており、追加料金が1,000円という廉価にもかかわらず、より広いシートと高いサービスで空の旅を楽しむことができるという点や、空席がある場合は当日空港でアップグレードできることなどが利用客に受け入れられ、高い座席使用率を維持していることから[8][9]、2010年8月には、今後設定座席数を増やす事が発表された[10]

なお、1980年代中盤には、国際線のファーストクラスとエグゼクティブクラスの間に、「クラスJ」と似た名称の上級中間クラス「スーパーエグゼクティブ・Jクラス」が設定されていた。

座席や詳しいサービスについては、JALホームページで確認ができる。

機内サービス

普通席と同様の無償でのソフトドリンクや茶類、スープの提供に加えて、厚手の毛布の提供などを行っている。

シート

グッドデザイン賞を受賞した、平均47cmと普通席に比べて幅の広い座面とひじ掛け、フットレストと引き出し型テーブルを持つ、平均97cmの広いピッチを持つシートが用意されている。なお、国際線機材により運航される場合は、エグゼクティブクラスのシートが提供されるほか、シート切り替えが終わっていない機材については、旧レインボーシートおよびスーパーシートをそのまま流用している。

ファーストクラス

ファイル:JALHNDFclasscounter.jpg
羽田空港のファーストクラス専用チェックインカウンター
ファイル:JAL First Class domestic seats.jpg
国内線ファーストクラスシート

ビジネスマンや裕福な個人旅客などの、利用頻度が多く比較的単価が高い路線を利用する客層を獲得するため、国内線における最上級クラスとして2007年12月1日から国内線で「ファーストクラス」を導入した。

当初は羽田-伊丹線に就航しているボーイング777-200に導入し、その後段階的に計15機に各14席の設置を進めており、2008年4月1日には羽田-福岡線に、同年6月1日には羽田-新千歳線にも導入された。料金は通常の運賃に8,000円の追加となり、空席がある場合は、当日空港カウンターで追加料金を払うことでアップグレードが可能である。

なお、全ての「ファーストクラス」導入機材に「クラスJ」も併設されているものの、「ファーストクラス」はその質の高いサービスが高い評価を受けて、「クラスJ」同様に導入以降、高い搭乗率を獲得している[11]

詳しいサービスについてはJALホームページで確認ができる。

機内サービス

機内サービスは、国内の高級レストラン料亭と提携した機内食やデザートを、朝食、昼食、夕食時のどの時間帯に搭乗してもそれぞれの時間帯ごとのメニューから提供し、好みの物を選択できる。なお、夕食時には「ミシュランガイド東京2008年版」で星を獲得した「分とく山」、「なだ万」、「アロマフレスカ」、「ラリアンス」、「エプバンタイユ」の5つの料亭やレストランとの提携メニューが提供される。また、全てのメニューは10日ごとに変更される。

飲み物はシャンパン「テタンジュ」や日本酒「純米大吟醸 獺祭」、「幻の焼酎」などとも称され入手が難しいと言われる[12]焼酎「森伊蔵」などをグラスや陶器で無償提供する他、各種ビールやソフトドリンク、茶類も無償で提供される。また、全国紙やスポーツ紙、機内における上着の預かりサービスも提供される。

地上サービス

出発時には専用チェックインカウンターや「ダイヤモンド・プレミア ラウンジ」(羽田国際空港)、「サクララウンジ(それ以外の空港)」を用意するほか、専用のセキュリティーゲートの利用や優先搭乗、手荷物の無償上限の40キロへの引き上げや到着時の手荷物の優先手渡しサービス、区間マイルの50%割増加算が提供される。

シート

機内最前部に、日本の航空会社の国内線専用シートとしては最大の占有スペースを持つ、前後ピッチ130cm、座面幅53cm、ひじ掛け幅33cm、最大42度のリクライニング角の、レッグレストとフットレストが装備された本皮シートが設置される。また、この専用シートは日本の航空会社の国内線専用シートとしては唯一の大型パーティションを持つほか、ノイズキャンセリング機能付きヘッドホンや専用のスリッパ、ブランケット、クッションも提供される。

定期便就航空港

ファイル:Chubu Centrair International Airport - Check-in Counter - 01.JPG
中部国際空港のチェックインカウンター

日本航空便名による就航地のみを記載。グループ会社便名による就航地は各グループ会社項目を参照。

2010年6月1日現在


※ : フジドリームエアラインズの乗務員・機材によるコードシェア便による就航

過去の定期便就航空港

貨物・郵便

ファイル:Unloading JAL 747.jpg
JALカーゴのコンテナ

JALカーゴ (JALCARGO) は日本航空グループの貨物運送サービスのブランドである。機体に「JALCARGO」とマーキングされた貨物機による運送のほか、旅客便に搭載されるものも含まれる。なお、日本航空インターナショナルは貨物を対象とした航空連合WOWの会員であった。1990年代中期から2000年頃までは「JAL SUPER LOGISTICS」のブランド名を使用していたが、その後JALカーゴに戻している[13]

2005年度には[14]、国内線は貨物338,443有償トンキロ、郵便85,519有償トンキロ。国際線は貨物4,541,293有償トンキロ、郵便161,690トンキロの実績を持つ。なお、2009年3月から、国内第2位の日本貨物航空と太平洋路線で共同運航を行うほか、関西国際空港における日本貨物航空の積み下ろしの取り扱いを委託することになった。

2010年10月末には経営再建に伴う機材整理のため、貨物専用機による運航が終了した。これに伴いWOWも脱退した。

主な就航地(旅客便が就航していない就航地)

過去の貨物専用機使用機材

  • ボーイング747-400F
  • ボーイング747-400BCF
  • ボーイング767-300F
  • ボーイング747-200F
  • ダグラスDC-8-62AF
  • ダグラスDC-8F-55

コードシェア便/運送共同引受

日本航空グループ内

◎JALグループは国際航空連合(アライアンス)「ワンワールド」に加盟しているが、※のある航空会社は経営施策上ワンワールドには加盟していない。

(「運送の共同引受」により全便を日本航空インターナショナルの便として運航。法人名として表記する以外は対外的には「ジェイ・エア」を使用)

外部提携先

国内線

国際線

※ ◎は、ワンワールド加盟、△は、スカイチーム加盟、☆は、スターアライアンス加盟会社。 ()は加盟予定

貨物便

◎はWOW加盟、△はスカイチーム・カーゴ加盟。

運航機材

2006年度から2008年度中にボーイング737「ネクストジェネレーション」を19機新規導入しており、国際線にも随時投入している他、2011年ボーイング787を4機新規導入し、その後も追加導入する。なお日本では保有機数は最多を誇るが、エアバス社の航空機は1機も自社発注していない。

各機材の詳細については、リンク先にある航空機のページを参照。

国際線

国際線機材では、アジア圏内路線など近距離の路線向けにボーイング737-800型機を、中長距離路線にはボーイング777-300ERや、従来型に比べ機内の各設備を更新したボーイング767-300ERを順次導入した。また、2011年第1四半期半ばからはボーイング787も順次導入される予定であるが、同機の開発遅延により最終的な日時は確定していない。

  • ボーイング 777-300ER (ローンチカスタマー) 13機 …ボーイング777-200型機と並ぶ国際線の主力機材の1つである。通常は292席仕様で運航される。主に従来747-400型機で運航されていた長距離路線等に代替投入されている。また国内線にも国際線接続便として成田 - 伊丹線・中部線に投入されている[16][17]。同社所有の777で唯一、鶴丸塗装経験が1機もない型である。
  • ボーイング 777-200ER 11機 …ボーイング777-300ER型機と並ぶ国際線の主力機材の1つ。スカイラックスシート装備の短距離型が3機と長距離型が8機ある。
  • ボーイング 767-300ER …27機の767-300ER型機が就航しており、さらに5機発注している。なお、この型が同社のシンボルとして長年君臨してきた「鶴丸」の最終塗装機(機体番号:JA603J)である。そして2011年2月28日、会社再建の一環として「鶴丸」が三年ぶりに復活することとなったが、最初に施された型(機体番号:JA654J)ともなった。
  • ボーイング 767-300ローンチカスタマー) …3機の国際線機が就航している。
  • ボーイング 737-800 …新型の次世代小型機。最初は国内線のみで運用されていたが、その航続距離性能を生かして近距離国際線にも就航するようになった。2010年現在ボーイングと交わされている購入契約では、最終的に40機の737-800型機が導入される予定(30機を確定発注し、10機のオプション発注も行っている)。

なお、日本航空が発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は46で、航空機の形式名は767-346, 777-246, 777-346ER などとなる。

国内線

国内線機材では、中規模以上の路線にはボーイング777-200/−300型機、ボーイング767-300型機を、小規模路線にはボーイング737-800型機やマクドネル・ダグラスMD-90型機を運航している。マクドネル・ダグラスMD-90型機の退役は2011年度内に予定されている[1]

  • ボーイング 777-300 7機 …国内線機材としては最大の機材。座席数はかつて使用されていた747-400D型より1割少ない500席仕様(クラスJ:78席/エコノミー:422席)で運航されている。
  • ボーイング 777-200 15機 …旧JALと旧JASの両方で使用されていた機材。旧JALの機材はファーストクラス設定のために改修され375席(ファーストクラス:14席/クラスJ:82席/エコノミー:279席)仕様となり、総席数は397席から減少したが、クラスJは6席減にとどめられた。また、旧JASの機材はファーストクラス設定改修を受けたJA8979を除いて380席(クラスJ:50席/エコノミークラス:330席)でJAS当時のままとなっており、クラスJはJAS時代のスーパーシートとレインボーシートがそのまま使用されている。この型が国内線機として最後の旧世代「鶴丸」塗装機(機体番号:JA8985、愛称:プロキオン)となった。
  • ボーイング 767-300 (ローンチカスタマー)15機…エアバスA300-600Rの退役後、準幹線の主力機として運用されている。2008年8月から退役が始まっている。
  • ボーイング 767-300ER 2機…本来はボーイング787-3が導入される予定であったが、開発の遅れからボーイング767-300ERが代替機種として導入され、ボーイング787に搭載予定だった新型クラスJシートが搭載されている。国内線機材は現行の鶴丸塗装での導入となっている。
  • ボーイング 737-800 39機(国際線仕様機材も含む)…ボーイング社の次世代小型航空機で、国内線ではマクドネル・ダグラス社の機材(MDシリーズ)と置き換えられており、165席(クラスJ:20席/エコノミー:145席)と置換え対象のボーイング737-400やマグドネル・ダグラスMD-87/MD-81型機よりも座席数は増加しているが、その一方で燃費が向上しており収益性が高い。2008年4月からはJALエクスプレス所属機としての導入が進んでいる。また、2009年12月には176席(普通席:176席)のモノクラス仕様が登場した。このタイプはJALエクスプレス機材として導入され、主に羽田発着便として運航している。この機種のJA337Jが、同機種鶴丸1号機となり、東日本大震災後の仙台空港初便である、羽田→仙台便にアサインされた。
  • マクドネル・ダグラス MD-90 16機 …旧JASから引き継いだ機材。正式なスペックはMD-90-30型である。かつて旧JASが黒澤明がデザインした塗装「7色の」を施し、運航したことでも有名な機材。通常は150席仕様(クラスJ:18席/エコノミー:132席)で運航される。機種削減のため2011年度内で退役予定。

貨物機(JALカーゴ)

北東アジアや東南アジアの中小規模路線ではボーイング767-300F型機を、大規模路線ではボーイング747-400F型機を運航していた。なお貨物専用機による運航は2010年10月頃を目途に休止した[1]

  • ボーイング 747-400F 2機 …機首に貨物用ドアが設けられたボーイング747-400型機の貨物仕様。この型式の発注は2機のみで、日本航空インターナショナルによる新規発注はない。同社所有の747で唯一、鶴丸塗装経験が1機もない型である。
  • ボーイング 747-400BCF 5機 …同社保有の旅客型747-400を貨物型に転用した仕様。-400Fとの違いはアッパーデッキが旅客型同様に長いこと、機首に貨物用ドア(ノーズカーゴドア)を有しないことが挙げられる。また-400Fと比べて航続距離そして構造上から積載量がやや劣る。
  • ボーイング 767-300F 3機 …中小規模の貨物路線用に導入された機材。日本航空では、これまでボーイング747-200F型機で採算の合わなかった路線、特に北東アジアや東南アジア方面の路線中心にこの機材を順次導入していく予定。同社所有の767で唯一、鶴丸塗装経験が1機もない型である。

訓練専用機材

自主運航開始後には早くも訓練専用機材を導入し[1]、その後初のジェット訓練専用機材であるダッソー・ファルコン20を導入するなど[2]機材ラインナップの拡充を行った。なお訓練は主に下地島空港で行われており、下記の単発、双発の訓練専用機材の他に、実際に有償運航で使用されている機材での訓練や、フライトシミュレーターでの訓練も行っている。

発注中でまだ初号機が納入されていない航空機

  • ボーイング787-8型機 35機発注中 …国際線用機材。当初は2008年中に納入され同年中に運航開始される予定であったが、ボーイング社における開発の大幅遅延のため、納入および運航開始は2011年第一四半期以降に遅延される予想である。通算生産数500機目となる節目の787を受領することになっており、これには特別塗装がなされる予定。当初の発注は22機であったが、ボーイング787-3型機の生産遅延のため、ボーイング787-8型機に全て発注変更された。

過去の運航機材

旅客・貨物用

これまでに世界の航空会社としては最大の機数を発注するなど、ボーイング747シリーズが1970年代から現在に至るまで日本航空を代表する機材となっていたが、航空機関士が必要な747クラシックはボーイング747-300が2009年7月に退役し、2011年3月1日を以て最新のボーイング747-400が全機退役し、同社のフリートからボーイング747、そして四発機が完全に姿を消した。また、経年化が進んだボーイング767-200についても2010年3月に退役した。

マーチン2-0-2
ノースウエスト航空からのリース、委託運航終了後にすべて返却された。
ダグラスDC-3
フィリピン航空からのリース。開業前の1951年8月に3日間のデモ飛行用でのみ使用された。
ダグラスDC-4B
当時すでに生産は終了していたものの信頼性が高いこともあり、1952年10月25日からの自主運航開始後も買い増しを進め、最終的に6機を購入し当初は国内線と国際線の、DC-6導入後は国内線の主力機として黎明期の日本航空を支えた。貨物機にも転用され1963年4月1日に全機が退役し日本国外に売却された。[3]
デ・ハビランド DH.114 ヘロン
ローカル線の旅客便で使用するため購入したが、受領時には政府の方針が変わっており、ローカル線の運航が禁止されたため、乗員訓練のみに使用しその後日本ヘリコプター(後の全日空)へ転売し、旅客用として使用された。
ダグラスDC-6B
日本航空初の本格長距離国際線専用機。1952年9月12日に導入を決定し、同年11月26日に2機発注した。しかしダグラス社から引渡しは2年後との回答により、日本航空は45%のプレミアム価格を承知で製造中だったスリック航空とフライングタイガー航空向けのDC-6A(貨物型)を旅客型に再改装して3機購入し、1953年10月2日に運航を開始した。DC-8の導入が進んだことから1969年に退役した[4]
ダグラスDC-7C
DC-6Bの後継機として導入され、「セブンシーズ」の愛称で呼ばれた。 1957年12月23日に初号機の「City of San Francisco」 (JA6301) を受領、翌1958年2月12日より太平洋横断路線である東京=サンフランシスコ線に就航した。同機は座席に龍村特製の織物を使用するなど日本製の文化財級素材を用い、また後部ラウンジは茶室風にアレンジされ障子を入れるなど日本風のデザインが奢られた。DC-8の導入が進んだことや、長距離専用機材として設計されたことから小回りが効かないためもあり、DC-6Bよりも4年早い1965年10月31日に全機が退役した。
ダグラスDC-8-32/-53/-55/-61/-62
日本航空初のジェット機として1960年7月22日に-32型(JA8001・愛称「FUJI」)受領した。同機は「空飛ぶホテル」をコンセプトに、前田青邨によるファーストクラスラウンジの装飾画など機内を日本風の内装で統一し、また、ハイテンプオーブンを導入し機内食サービスの充実を図るなど、スピードだけでなく機内サービスの質も格段に向上させていた。国内線から長距離国際線まで幅広く使用され、計58機(リース含む)が導入された。貨物機として使用された他、日本アジア航空でも使用され、1987年末をもって退役した。
コンベア880
短中距離国際線用機材として導入されたが、日本初の国内線ジェット機として使用された他、長距離路線である南回りヨーロッパ線などでも使用された。しかし中途半端なキャパシティや信頼性の低さから、導入後10年も経たない1970年に退役し、その殆どがボーイング747型機の下取りとされボーイング社に買い取られた。
ボーイング727-100
国内線と近距離国際線を中心に使用された。しかしキャパシティの小ささから1980年代中盤以降には2機のみの陣容に減らされ、ハバロフスク線やチャーター便を中心に使用され、1987年に退役した。また、ワールド・エアウェイズから貨客両用型の-100C型をリースしたこともある。
日本航空機製造YS-11
日本国内航空からのリース。同型機として初の日本発の国際線に使用された。
ボーイング 747-100/100B
日本航空初の747の型式。受領後最初に日本に飛来したのは意外にも1号機 (JA8101) ではなく2号機 (JA8102) であった。
100BはSRの増備機で、広義のSRに含まれる。世界でも日本航空とサウジアラビア航空しか発注していない稀少モデル。
ボーイング 747SR-100
日本航空がローンチカスタマーとなった国内線仕様および近距離国際線機。ボーイング社の修理ミスにより歴史に残る大惨事となった日本航空123便墜落事故の事故機(機体記号:JA8119)の型式である。事故後、他の同社SRは退役を強いられる形で売却となり、スペースシャトル輸送機(機体記号:JA8117)、ボーイング社の金属疲労試験機(機体記号:JA8118)等と第二の人生を歩んでいる。
ボーイング 747-100B/SUD
世界でも日本航空が2機 (JA8170、JA8176) 発注しただけという希少機。300型の機体に100型のエンジンを装備する。「-100」となっているが、-200型が納入されて以降に納入された。2006年10月31日、那覇発羽田行JL1926便を最後に退役した。なお、このときの使用機はJA8170で1994年から1年間は初代「ドリームエクスプレス」、1999年には「GLAY JUMBO」が施された2度の特別塗装経験機である。
ボーイング 747-200B
1970年代から1980年代の日本航空の躍進を支えた機材で、2007年10月31日に金浦 - 羽田線8834便を最後に退役した。この退役により、同型を始めとしたショートアッパーデッキの旅客型747は日本での37年間の運航に幕を閉じた。
ボーイング 747-300/-300SR
1983年の導入当時世界最大の旅客機であり、日本で導入したのは日本航空グループだけであった。機体の経年化と国土交通省の騒音規制などにより2009年7月31日にホノルル ― 成田線を最後に退役した。この退役により日本の航空会社のフリートから旅客型の「747クラシック」が完全に姿を消すこととなった。
ボーイング747-400
国際線における主力機材の一つであり、長年に渡り日本航空のフラッグシップであった。国際線専用機として26機が就航していた。主に長距離路線に投入されていたが、777-200ER型機や777-300ER型機の登場でその役割を徐々に譲り、運航範囲は全盛期と比べて狭まって行った(その中には貨物機へ改修された機材もある)。経年化や運航コスト圧縮のために2011年3月1日、国際線運用としてホノルル発成田行のJAL75便、国内線運用として沖縄発成田行のJAL3098便を最後に全機退役となった(往路便は共に2月28日に出発)[5][6]。 同機の退役により、同社のフリートから4発エンジン旅客機が消えることとなった[7]
ボーイング 747-400D
ボーイング747SRに代わり、国内線運用機として導入された。ボーイング747-400との違いは、主翼端のウイングレットが取り付けられていない。同社の国内線向けの機体としては最大規模の機材であった。導入数は8機。有償座席数は退役時点で546席仕様(クラスJ:80席/エコノミー:466席)で運航された。主に東京 - 札幌大阪(伊丹)福岡沖縄等の高需要路線(他には名古屋-沖縄)で運航された。しかし、2006年4月より前記の高需要路線の一つである伊丹空港で、4発エンジン機の就航が禁止になったことに加えて、300席から500席をカバーできるボーイング777-200/-300型機が台頭したことで国内線での活躍範囲が狭まっていった。機種削減のため、2011年2月18日の沖縄-東京線のJAL914便を最後に定期便路線から退役した(同年2月19・20日には、退役ツアーが行われた[8])。1972年8月1日に東京 - 沖縄線で国内線就航を開始して以来(当時は在来型)、この-400D型機の退役により同社のボーイング747による39年の国内線運航の歴史に幕が閉じられた。
マクドネル・ダグラスDC-10-40
1976年から1980年代中盤にかけて-40型を導入し、国際線の他、センターギアを外して国内幹線に使用した。日本航空の子会社のJALウェイズや日本アジア航空でも一時期使用されたが、2005年10月31日をもって全機退役した。この型の退役により、日本の航空会社の所有機から3発エンジン旅客機が完全に消滅した。
ノースウエスト航空への納入機材を-20と考えると、-40としては日本航空がローンチカスタマー。他にアメリカトランス航空がごく少量購入したが、-40を導入したのはほぼ日本航空のみ。現在は一部がアエロフロート・ロシア航空へ売却され、その高いエンジンパワーを生かして貨物機として使用されている。
マクドネル・ダグラスMD-11
日本航空では10年ほどの就役期間で、DC-10より後に導入されながら先に退役した短命な機体。2004年10月12日に香港 - 成田線730便を最後に退役。このときの使用機は同社所有機の中で唯一サンアーク塗装に変更されたJA8582であった。鶴丸塗装時代のニックネームは「J-Bird」。最盛期には10機が導入され、退役後は全機がUPSに売却され貨物機に転用された。この時売却されたMD-11は、現在も貨物機としてUPSで活躍中である。
エアバスA300B2/B4
旧日本エアシステムから引き継いだ機材で、吸収合併後短期間で退役した。
エアバスA300-600R
旧日本エアシステムから引き継いだ機材。最大で22機が在籍していた。通常は290席仕様(クラスJ:34席/エコノミー:256席)で、主に羽田空港ベースで運航されていた。機種削減のため、2011年5月31日のJL1208便(青森→羽田間)を最後に退役[9]。当初は同年3月26日に退役する予定[10]であったが、同年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による東北方面便の機材大型化の目的で、その後も引き続き使用されたため、退役が延期された。
ボーイング737-400
「フラワージェット」の愛称があり、機体ごとに花の愛称があった。全機体がJALエクスプレスに移管。
なお、1978年には当時の南西航空から導入間もない737-200 (JA8443) を夏季の約3か月間ウェット・リースしたことがある。南西航空の塗装を一部改変した[11]いわゆるハイブリッド塗装であった。
マクドネル・ダグラス MD-81
旧JASから引き継いだ機材であり、ローカル線子会社のJALエクスプレスでも運航されていた。2010年9月30日に退役した。
マクドネル・ダグラス MD-87
旧日本エアシステムから引き継いだ機材。退役時点で日本航空インターナショナルが保有していた機材の中では最小(134席仕様)であり、従来のMD-80シリーズの航空機と比べ胴体が大幅に短縮されたことにより、離着陸性能が向上したことから比較的滑走路の短い路線で運航されてきた。しかし、原油価格の高騰の中で1座席当たりの運航コストが相対的に高いことから先輩機のMD-81よりも早く全機退役させることが決まった。2007年7月に1機がオリエント・タイ航空へ売却されたのを皮切りに、最後の1機も2008年3月31日の南紀白浜 - 羽田線1386便を最後に退役した[12]
ボーイング 767-200
1985年から導入されたボーイング767の初期型。よりキャパシティが大きい767-300の導入が進んだために3機のみが導入され、2010年3月に全機退役した。

訓練専用機材

ビーチクラフト・AT-11型
1952年に導入。
ビーチクラフト・ツインビーチ
1957年に導入。
ビーチクラフト・H-18
1967年に導入。
ダッソー・ファルコン 20

発注がキャンセルされた旅客機

ボーイング2707
1964年6月に、アメリカ連邦航空局が開発を行っていた超音速旅客機の「US SST」を5機仮発注した。その後その後1966年に「US SST」の開発会社がボーイングに決定し、機種名が「ボーイング2707」に決定したことを受け3機追加仮発注し[1]、両機ともに1970年代前半の就航を図ったものの、開発が大幅に遅れた上に、超音速飛行に伴う衝撃波や離着陸時の騒音などの超音速旅客機特有の公害問題の存在が明らかになったこともあり、その後多くの航空会社と同様に発注をキャンセルした[2](開発計画自体がキャンセルされた)。
BAC/シュド・アビアシオン コンコルド
1965年にエールフランス航空やパンアメリカン航空などのライバル各社とともに、ボーイング2707型機に先行して開発が進んでいたコンコルドを3機仮発注した[3]。しかし開発が大幅に遅れた上に、超音速飛行に伴う衝撃波や離着陸時の騒音などの超音速旅客機特有の公害問題の存在が明らかになったこともあり、その後多くの航空会社と同様に発注をキャンセルした[2]。なお、日本の航空会社で超音速旅客機を発注したのは日本航空だけであった。
ボーイング787-3型機
国内線においてエアバスA300-600R型機などの後継となる予定で当初13機を発注したが、生産遅延を理由にボーイング787-8型機に発注を変更した。

オフィシャル・エアライン

フラッグ・キャリアである上に、長年の間日本の航空会社として唯一の国際線運航会社であったことから、オリンピック万国博覧会FIFAワールドカップなど、日本の歴史の節目となるような数々のイベントのオフィシャル・エアラインとなっている。

またこれ以外にも、1964年に開催された東京オリンピック聖火ギリシャから日本国内まで運送した[1]。と同時に、ダグラスDC-8やコンベア880など、ほぼ全ての運航機材にロゴを入れた。

1999年以降、2010年現在に至るまでサッカー日本代表チームの「オフィシャルサポーティングカンパニー」として、2002年と2006年のFIFAワールドカップで特別塗装機材を運航した他、2010年の南アフリカ大会の際にはキャンプ地までの特別機の運航も行った[2]

広告・宣伝活動

設立後しばらくの間は外国における広告宣伝活動と、国内線の広告が主であった。現在は夏季及びお盆休暇には、他の日本航空グループ企業と合同で、これらの繁忙期を狙った沖縄キャンペーンや北海道キャンペーンなどの大々的なキャンペーンが行われる[3]

ディズニーとの関係

東京ディズニーリゾートオフィシャルエアライン

1983年から、東京ディズニーランド (TDL) 東京ディズニーシー (TDS) の参加企業で「オフィシャルエアライン」である(2004年10月に日本エアシステムとの経営統合時には、日本航空ジャパンに名義が一時移ったが、再編により再びオフィシャルエアラインとなった)。なお、日本の航空会社として唯一のディズニーリゾートのオフィシャルエアラインである。

東京ディズニーリゾートの参加企業として提供しているのは、東京ディズニーランドの開業当時から参加している「スタージェット」と、東京ディズニーシーの「ブロードウェイ・ミュージックシアター」の2つの施設である。

「JALドリームエクスプレス」

ファイル:JAL Dream Express21-Tokyo Disney Sea (international).jpg
JALドリームエクスプレス『Tokyo DisneySEA号』

1990年代から2000年代にかけては、機体全面にディズニーキャラクターが描かれた特別塗装機である「JALドリームエクスプレス」を運航していた他、同機のミニチュア模型も販売されていた。

なお、「JALドリームエクスプレス」の導入当初には、客室乗務員がミッキーマウスの耳をつけて乗務したほか、その後もキャラクターが描かれたエプロンを着用していた。また、「JALドリームエクスプレス」のバリエーションである「Tokyo DisneySEA号」は、「東京ディズニーシー」の日本国外での告知効果を狙って、国際線での運航も行われていた。

広告などにおける展開

また、日本航空(ジャルツアーズ)のパッケージツアー「JALSTAGE」で設定されている「JALで行く東京ディズニーリゾート」では、羽田空港とパーク間の無料送迎バスをはじめ、ショー鑑賞券やディズニーキャラクターが使われている景品などの特典が用意されている。

日本航空がディズニーのキャラクターを使用した広告は原則的に日本国内での使用に限られる。機内サービスとして子供向けに配布されている景品でも、ディズニーキャラクターが使われたものが用意されている。

スポーツ事業へのスポンサー活動

  • 広島東洋カープ
  • 北海道日本ハムファイターズ
  • 福岡ソフトバンクホークス
    2009年シーズンより積極的なキャンペーンを展開している。同業他社にはない選手肖像の利用によるPRを行い、公式ホームページには常にリンクバナーが配置。選手移動も日本航空を利用している。このうちソフトバンクは2010年6月から1ヶ月間、スペシャルマーキングを施した「JALホークスジェット」を(ソフトバンク側が費用を負担する形で)登場させている。
  • 四国アイランドリーグplus
  • コンサドーレ札幌
  • 清水エスパルス
    清水エスパルスでの胸ロゴは、日本でのユニフォーム広告の先駆けであった。当時日本航空社員の伊沢が欧州サッカークラブの胸スポンサーを見て、市民球団で特定の企業イメージが無かったエスパルスのユニフォーム胸部分に日本航空のロゴを入れるよう働きかけたのがはじまりであり、その後他クラブも導入するようになった。
    なお、2010年1月19日の経営破綻によりエスパルスへのスポンサーは打ち切ったが、エスパルス創設以来継続して支援を行っていた日本航空に敬意を表し、2010年以降も無償で袖部にロゴが提供されている。
  • ホノルルマラソン
    冠スポンサーとしての参加のみならず、社員の自主参加によるボランティア活動や、多数の日本人参加者を運ぶチャーター便の運航を行うなど、多岐に渡る運営協力を行っている。

ラジオ番組

HSST

1970年代前半に、1970年代後半に開港する予定であった成田国際空港へのアクセスの切り札として、日本航空と名古屋鉄道が中心となってHSST磁気浮上式鉄道)の開発が進められた[4]。その後1985年に行われた国際科学技術博覧会(つくば科学万博)にも出展され、実際に一般客も搭乗することができた。

その後も開発が進められていたものの、1978年の新東京国際空港(現・成田国際空港)完成時に京成電鉄の「スカイライナー」による空港乗り入れ(空港敷地内ではあるが、ターミナルビルへの乗り入れではなかった)が実現したことや、次いで1987年に当時の石原慎太郎運輸大臣の命令を受け、1991年東日本旅客鉄道(JR東日本)の「成田エクスプレス」の運行が開始され、あわせて「スカイライナー」の空港ビル乗り入れが実現し、都内からの空港までのアクセスが飛躍的に向上したこと。さらに日本航空の完全民営化を受けて、本業に直接関連していない上に、採算が取れるか判らない事業に投資することを取りやめたことなどから、開発計画からの撤退を表明し2000年に正式に撤退した[5]

特別機と政府専用機

特別機

ファイル:Noboru Takeshita full.jpg
1989年竹下登内閣総理大臣の訪米時に専用機として使用されたマクドネル・ダグラスDC-10

上記のように、1950年代より皇族や内閣総理大臣閣僚の海外公式訪問や国内移動の際に日本航空の特別機が頻繁に使用されており、これを受けて特別機専用機材が常に複数機割り振られてあり、必要になった際にはこれらの機材が政府によりチャーターされ、特別機として運航されている。

また、ハイジャックや邦人救出、日本の団体スポーツ選手団の定期便が就航していない就航地への輸送などに際しては、過去の運航実績などから特別機やチャーター機を運航することも多く、2010年アイスランドの火山噴火では日本からニューヨーク経由でイタリアローマへ救援便を回航し、邦人救出第一便として日本へ運航するなど日本航空の体制でしかできない運航もしている。[6]

政府専用機

1992年にボーイング747-400型機2機が政府専用機として導入されて以降は、同型機の国際線運航経験や整備技術力、日本の航空会社として最大の国際線ネットワークがなどが認められ、政府専用機の国内外における運航ハンドリングおよび整備協力を運航先の世界各地において行っている。また、政府専用機の整備作業や機内改装などの整備を受託している他、政府専用機のうちの1機が整備などで使用できない場合は、日本航空の機材を予備機として提供している[7]

これに併せて長距離国際線における機内サービスの経験を認められ、航空自衛隊千歳基地所属の特別航空輸送隊第701飛行隊の空中輸送員による政府専用機の客室内での各種サービスの訓練も委託されており、頻繁に羽田空港内の客室乗務員訓練センターにおいて空中輸送員に対する訓練が行われている。また、国内外における機内食の企画、調製なども日本航空の系列会社である「ティエフケー」が行っている[8]

エピソード

  • 1962年に初の北回りヨーロッパ線を開設した際に、万が一北極圏で不時着した際にに襲われた時のことを考え、機内に拳銃が搭載されていただけでなく、パイロットが実際に射撃の訓練を受けた[9]
  • ビートルズ1966年に来日し日本航空機のタラップを降りてくる時に、4人のメンバー全員が「日本航空」のロゴの入った法被を着用していたが、これは広告部からの要請を受けて、乗務していた客室乗務員が「日本の伝統衣装を着用するとファンが喜ぶ」といって着用させたものだった[10]。この際にこの法被の存在があまりに有名になったこともあり、現在も国際線のファーストクラスでは、この時のものとほぼ同じデザインの法被が乗客に提供されている。
ファイル:YS11ARIGATOUNIPPONNOTSUBASA.JPG
日本航空のロゴをつけた日本エアコミューターのYS-11型機
  • 1969年に日本国内航空から日本航空機製造YS-11型機1機をウエットリースし、福岡-釜山線に投入し約1年間運航した。なおこの際にリースされたJA8717機は、その後日本国内航空へ戻された後もしばらくの間日本航空塗装で使用され、その後1971年に行われた日本国内航空と東亜航空との経営統合による東亜国内航空への移籍を経て、系列会社の日本エアコミューターに移籍され、さらにその後日本航空と親会社の日本エアシステムとの経営統合を受けて、再び日本航空のロゴをつけて2006年9月30日の同型機の引退の日まで飛ぶこととなる。
  • 1972年11月に発生したシェレメーチエヴォ墜落事故で亡くなった乗客の遺族の提案により、「この事故の悲劇を忘れないで安全運航を行ってほしい」との願いから、緑十字をかたどった「安全バッジ」がこの事故以降全ての日本航空の社員の制服に着けられることになった[11]。しかしこのバッジは、2002年に行われた日本航空による日本エアシステムに対する経営統合と、その後、合併に伴う制服改変の前後に廃止され、社員の身分証明章の一角にその記号が記される事となった。現在も日本航空のモスクワ支店では、毎年事故日になると社員が慰霊碑に向かい犠牲者の慰霊を行っている。
  • 1973年に発生したドバイ日航機ハイジャック事件で爆破されたボーイング747型機の焼け残った尾翼の一部部品はその後売却されてKLMオランダ航空の同型機に装着された。しかしその後、同機は1977年スペインカナリア諸島テネリフェ島にあるロス・ロデオス空港の滑走路上で2機のボーイング747型機同士が衝突した事故(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故)に遭うこととなった。
  • 1978年8月に、太平洋路線に就航するボーイング747型機の2階客室ラウンジ部分を改修して、長さ185.4センチ、幅68.5センチの寝台を数席設置した「スカイスリーパーサービス」を開始した[12]。なお、機内に寝台を設置したのはジェット機として初の試みであった[13]
  • かつて「目標利益142億円」を達成するために、全部署に漬物石(※142と“いしに”の語呂合わせ)を配布したことがある。
  • 1980年代にかけての日本航空の社訓は「お客様への感謝、仲間への共感、時代への挑戦」であったが、その社風から社内では「仲間への感謝、時代への共感、お客様への挑戦」と酷評されていた。
  • 1980年代には、映画評論家の淀川長治が機内上映映画の選択のアドバイスを行っていた[14]
  • 1983年から1984年にかけて放映されたテレビドラマスチュワーデス物語の放送当時、ドラマの中で訓練生が実際に着用していたものと同じTシャツや帽子が、機内誌「WINDS」(現SKYWARD)内の通販コーナーで「スチュワーデス物語公式グッズ」として個数限定で販売されていた[15]
  • 日清食品と共同でオリジナルのカップ麺、「うどんですかい (Udon de Sky)」を開発し、1992年6月1日より長距離路線のエグゼクティブクラスで提供を開始した。気圧が低い機内で調理、提供されることから、普通のカップ麺より低い沸点でも麺が戻るように工夫が凝らされている。
  • 篠山紀信や立木義浩、桐島ローランド等の著名フォトグラファーが撮影を担当し、実際に乗務している日本航空グループの客室乗務員が登場する「キャビンアテンダントカレンダー」を毎年作成していた。なお、このカレンダーへ登場する女性客室乗務員の多くが自薦(他薦も可能)で、客室乗務員という職種のみ、特に女性客室乗務員のみが登場することに対する批判も多い(1998年9月には男性客室乗務員が登場したことがあるが、過去これ1回のみである)。なお、経費削減施策の一環および販売数低下を受けて2009年版をもって発行中止された[16]
  • 同社が作成するカレンダーでは、他にも1954年に国際線創設を記念して創刊し、国宝重要文化財等の日本の古美術を紹介する「アートカレンダー」、1967年に世界一周路線の就航を記念して創刊し、世界の風景と女性を掲載する「A WORLD OF BEAUTY CALENDAR」も毎年発行している。「世界名作文学カレンダー」は2009年版をもって発行中止となった。
  • なお、その後国際線と国内線の機内販売のカタログにも同じく実際に乗務する女性客室乗務員(と男性客室乗務員)が毎号数名ずつ登場していたが、こちらは全て他薦であった。
  • 社員によるハンドベルチーム「ベルスター」があり、様々なイベントで演奏を行っている。なお、他にも社員によるバスケットボールチームの「JALラビッツ」がある。
  • 2007年11月26日、同年8月29日カナダ・バンクス島沖上空で、観測史上最小の海氷面積を記録した北極海を、日本航空の機長が写真撮影していたことが明らかになった。急速に進行した海氷の「大崩壊」を鮮明にとらえており、航空機からの同種の写真は極めて珍しいといわれる。この写真は、海氷の現実を世界に向け発信したもので、世界にも衝撃を与えた[17][18]

関連項目

サービス関連

事故・事件関連

関連企業

著名な出身者

その他

脚注

  1. ^ 「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空
  2. ^ 日本航空プレスリリース
  3. ^ 「JALデザインコレクション」えい出版社 2006年
  4. ^ 「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空
  5. ^ 「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空
  6. ^ 日本航空 2001年4月28日 定例記者会見
  7. ^ 「Route 5」2009年2月号[出典無効]
  8. ^ 「Route 5」2009年2月号[出典無効]
  9. ^ 「DC-8 FOREVER—退役記念!JAL DC-8の本」日本航空パイロット編 1987年
  10. ^ 「JALデザインコレクション」えい出版社 2006年
  11. ^ 「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空
  12. ^ 「JALデザインコレクション」えい出版社 2006年
  13. ^ 「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空
  14. ^ 「淀川長治自伝(下)」P.154 淀川長治著 中公文庫
  15. ^ 「Winds」 1984年3月号
  16. ^ 「イザ」2009年2月1日[1]
  17. ^ 「読売ONLINE 2007年11月26日」http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20071126i305.htm
  18. ^ 「読売ONLINE 2007年11月26日(ニュースランキング2007)」http://www.yomiuri.co.jp/feature/2007ranking/20071126i305.htm

参考文献

外部リンク