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服部達

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

服部 達はっとり たつ 1922年2月13日 - 1956年1月1日)は日本文芸評論家

第一高等学校理科を経て京都大学文学部独文科卒業。1954年奥野健男日野啓三清岡卓行村松剛島尾敏雄遠藤周作吉本隆明たちと「現代評論」を創刊。同年「新世代の作家たち」を発表。1955年、評論「われらにとって美は存在するか」を「群像」に連載。マルクス主義を背景にしたイデオロギー的批評の全盛期にあって、それとは全く異質な審美的批評の確立を図り、新進批評家として注目を集める。

しかし出版社への借金が嵩み、このことを苦にして、1956年1月1日八ヶ岳山麓の清里村キリスト教団清里センター清泉寮から失踪。睡眠薬を服用の上、雪山の中に深く分け入り、凍死を遂げた。当初は行方不明と思われたが、約半年後に小海線鉄橋近くで遺体が発見された。

死後、安岡章太郎、遠藤周作、村松剛の尽力により、遺稿集『われらにとって美は存在するか』(1956年)が審美社から公刊された。安岡章太郎は、服部の死を題材にして、小説『舌出し天使』を書いた。

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