村井邦彦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 村井 邦彦 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1945年3月4日(67歳) |
| 学歴 | 慶應義塾大学卒業 |
| 出身地 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 東京都 |
| ジャンル |
ポップス グループ・サウンズ フォークソング |
| 職業 | プロデューサー、作曲家、編曲家 |
| 活動期間 | 1967年 - 現在 |
| 共同作業者 |
トワ・エ・モワ 赤い鳥 ハイ・ファイ・セット 紙ふうせん GARO 荒井由実 YMO ほか |
村井邦彦(むらい くにひこ、1945年3月4日 - )は、東京都出身の作曲家、音楽プロデューサー。
人物
慶應義塾大学卒業。学生の名門バンドサークル「慶應義塾大学ライトミュージックソサエティ」出身。
1960年代後半のグループ・サウンズ全盛期に作曲家としてデビュー。1969年に音楽出版社アルファ・ミュージック、1977年にアルファレコードを設立。プロデューサーとして荒井由実をデビューさせた。
ティン・パン・アレーを見いだし、アーティストのレコーディングのスタジオミュージシャンとして起用した。1980年代には元ティン・パン・アレーの細野晴臣を中心としたイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を成功させた。
作曲に関しては、同時期に活躍した作曲家東海林修に学んだところが多いと本人自ら語っている。映画音楽が好きでミシェル・ルグランに師事。勝プロ作品などの音楽監督を経て、1978年、前年『悪魔の手毬唄』で音楽監督をつとめた市川崑監督『火の鳥』ではプロデューサー(音楽プロデューサーではなく、映画全体の)に回り、ルグランを主題曲作曲に引っ張り出すことに成功した。
提供曲
- エメラルドの伝説(歌:ザ・テンプターズ)
- 朝に別れのほほえみを(歌:ザ・タイガース)
- 廃虚の鳩(歌:ザ・タイガース)
- 美しき愛の掟(歌:ザ・タイガース)
- 風は知らない(歌:ザ・タイガース)
- 朝まで待てない(歌:ザ・モップス)
- 栄光の朝(歌:フィフィ・ザ・フリー)
- 白いサンゴ礁(歌:ズー・ニー・ヴー)
- 或る日突然(歌:トワ・エ・モワ)
- 虹と雪のバラード(歌:トワ・エ・モワ、札幌オリンピックテーマソング)
- 夜と朝のあいだに(歌:ピーター)
- 恋人(歌:森山良子)
- 翼をください(歌:赤い鳥)
- 忘れていた朝(歌:赤い鳥)
- 旅立つ朝(歌:江利チエミ)
- 経験(歌:辺見マリ、サーカス)
- ざんげの値打ちもない(歌:北原ミレイ)
- 美しすぎて(歌:GARO)
- エイジズ・オブ・ロック・アンド・ロール(歌:ハイ・ファイ・セット)
- 幸せになるため(歌:ハイ・ファイ・セット)
- スカイレストラン(歌:ハイ・ファイ・セット)
- ミドリ色の屋根(歌:ルネ・シマール) (en)
- そりゃあないぜセニョリータ(歌:ケーシー高峰)
- 星空の孤独(歌:和田アキ子、編曲のみ)
関連項目
カテゴリ: 音楽関連のスタブ | 人物関連のスタブ項目 | 日本の作曲家 | 日本の映画音楽の作曲家 | 日本の音楽プロデューサー | 日本の実業家 | グループ・サウンズ | 日本のフォーク (ポピュラー音楽) | NHK紅白歌合戦歌唱楽曲・作詞者・作曲者 | 東京都出身の人物 | 1945年生 | 存命人物




