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村松剛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

村松 剛(むらまつ たけし、1929年3月23日 - 1994年5月17日)は日本の評論家フランス文学者筑波大学名誉教授立教大学京都産業大学筑波大学杏林大学の各教授を歴任。

村松英子女優

目次

経歴

東京府で、江戸時代から続く医家に生まれる。父は精神医学者の村松常雄。母方の祖父は田部隆次東京高等師範学校附属中学校から第一高等学校理科を経て、1954年東京大学文学部仏文学科卒業。同大学院ヴァレリーを研究する傍ら、「世代」「現代評論」同人として活躍。1955年服部達遠藤周作と共にメタフィジック批評を提唱。1958年佐伯彰一たちと共に「批評」を創刊し、ヴァレリー論を連載。

1961年イスラエルアイヒマン裁判を傍聴。1962年アルジェリア独立戦争に従軍。1969年学園紛争に対する大学側の対応を巡って立教大学と争い、同大学教授を懲戒免職になる(下記注参照)。1970年、親の代から家族ぐるみで親交があった三島由紀夫の死に遭う。1971年、京都産業大学外国語学部教授、1975年、筑波大学教授となる。

1975年、「死の日本文学史」で第4回平林たい子賞を受賞。1979年から1982年にかけて刊行された木戸孝允の伝記小説「醒めた炎」で第35回菊池寛賞を受賞。

1990年10月27日、今上天皇即位礼の当時、天皇制支持発言ゆえに過激派から自宅(筑波大学教授として入居していたつくば市にあった教員官舎)が爆破される事件があった。戸塚ヨットスクールへの支持者としても知られる。1994年喉頭癌で死去。叙従四位、叙勲三等瑞宝章

立教大学辞任のいきさつ

村松は1967年に立教大学文学部助教授、1969年4月に同教授となったが、この頃一般教育部の2教員の文学部仏文科移籍人事をきっかけとして紛争が起こった。1969年5月15日の文学部集会で教授会側が同学部共闘会議系学生の要求を容れて、仏文科問題に関する限り「大衆団交」の席で教授会と学生が合意した事項を学部の正式決定事項とするとの確認書が交わされた。これに反発した村松は5月18日に退職願を学部長に提出したが保留扱いとなり、その後4回開かれた団交に村松が出席せず、報道機関を通して立教大学の紛争を批判する意見を発表したことから、6月2日から6月3日にかけての団交の席上、教授会と学生の合意の形で村松の懲戒免職が決定された。ただし、その際に教授会側は定足数に達していなかったので、翌6月4日の臨時教授会で懲戒免職が事後決定した。なお三島由紀夫はこの事件を契機として同年6月23日に「村松剛氏を励ます会」を開催している[1]

著書

1961年
  • 『大量殺人の思想』文藝春秋新社
1962年
  • 『ナチズムとユダヤ人』角川書店(角川新書)        
  • 『アルジェリア戦線従軍記』中央公論社
1963年
  • 『文学と詩精神』 南北社          
  • 『女性的時代を排す』文藝春秋新社
  • 『ユダヤ人』中公新書
1964年
  • 『古代の光を求めて』角川書店(角川新書)
1965年
  • 『教養としてのキリスト教』講談社現代新書
  • 『日本の回復』番町書房
1966年
  • 『ユダと美神』講談社               
1967年
  • 『ド・ゴール』講談社現代新書
  • 『ジャンヌ・ダルク』中公新書
  • 『アメリカの憂欝』読売新聞社
1968年
1970年
  • 『歴史とエロス』新潮社
1971年
  • 『動乱のヒーロー』日新報道                  
  • 『三島由紀夫』文藝春秋
1972年
  • 『中東戦記』文藝春秋                      
  • 『三匹目の仔豚』日本交通公社(ベルブックス)
  • 評伝アンドレ・マルロオ 新潮選書(中公文庫、1989年)
1973年
  • 日本をみつめる 日本教文社(美しき日本の再建のために)     
1974年
  • 現代おんな大学 浪曼
1975年
  • 日本近代の詩人たち サンリオ                 
  • 死の日本文学史 新潮社 (角川文庫中公文庫、1994年)
1976年
  • 私の「正論」日本教文社                   
1977年
  • 察しあいの世界 プレジデント社               
1978年
  • 帝王後醍醐 中央公論社(中公文庫、1981年)              
  • 国際テロの時代 高木書房
1979年
  • 日本文化を考える 日本教文社
1981年
  • 歴史に学ぶ 日本教文社            
1983年
  • 血と砂と祈り 日本工業新聞社(中公文庫、1987年)
  • 宰相の系譜 広済堂出版
1985年
  • アンドレ・マルロオとその時代 角川選書
  • 豊かな社会の相続人たち 日本教文社
1987年
1989年
  • 日本人と天皇 PHP研究所
1990年
1991年
  • 日本を国家と呼べるのか PHP研究所
1992年
  • 保護領国家日本の運命 PHP研究所
1993年
  • 湾岸戦記 学習研究社/ 学研M文庫 2002年(解説森本敏
1994年
  • 西欧との対決 新潮社
1995年
  • 世界史の中の日本 危機の指導者群像 PHP研究所(未完作、あとがき入江隆則

翻訳

  • 『死はわが職業』ロベール・メルル 大日本雄弁会講談社
  • 『民族社会主義革命 ハンガリヤ十年の悲劇』フェレンツ・フェイト 橋本一明、清水徹共訳 近代生活社
  • 『二十世紀文学の決算』R.M.アルベレース 紀伊国屋書店「現代文芸評論叢書」    
  • 『芸術批評』アンドレ・リシャール 白水社文庫クセジュ       
  • 『テレーズ・デスケイルウ』 フランソワ・モーリアック 角川文庫     
  • 『キリストは死んだか』ジョー・D.ブラウン編 タイムライフインターナショナル
  • 『おおエルサレム! アラブ=イスラエル紛争の源流』 ドミニク・ラピエール/ラリー・コリンズ、ハヤカワ文庫 上下

共著

1974年
1977年
  • 元号-いま問われているもの 日本教文社
1986年

脚注

  1. ^ 井上隆史『村松剛と三島由紀夫』(松本徹・井上隆史・佐藤秀明編『三島由紀夫論集<1>三島由紀夫の時代』(勉誠出版2001年)所収)による。