植松優友
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 千葉ロッテマリーンズ #51 | |
|---|---|
| ファイル:Masatimo Uematsu.jpg | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| 出身地 | 大阪府大阪市北区 |
| 生年月日 | 1989年11月27日(22歳) |
| 身長 体重 |
183cm 80kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2007年 高校生ドラフト3巡目 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
| |
この表について
| |
植松 優友(うえまつ まさとも、1989年11月27日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(投手)。大阪市北区出身。
目次 |
経歴
プロ入りまで
大阪市立北天満小学校(現・大阪市立扇町小学校)在学時は主にサッカーに興じ、5年生の時にソフトボールを始める。大阪市立天満中学校進学後は軟式野球部に所属し、主に一塁手として活躍。
金光大阪高等学校入学直後に、威力の高い直球を評価され投手に転向。1年生の秋季大阪府大会からベンチ入りするも、当初は安定しない制球力に苦しめられるが、地道に修正を重ね2年次から直球の球速も140km/hを計測するようになった。更に、天下一品と評されるスライダーを駆使し、一躍プロのスカウトから注目を集めるようになった。
植松の評価を決定的なものにしたのは、2007年の全国高等学校野球選手権大阪大会の決勝戦で中田翔や浅村栄斗らを擁する大阪桐蔭との対戦で同年度の全国ナンバーワン打者として注目を浴びていた中田から3三振を奪ったためである。第89回全国高等学校野球選手権大会では初戦敗退を喫するも、投手としての素質と高校3年間を通じて中田を13打数無安打に抑えた実績が共に評価され、一気にドラフト上位指名が有力視される存在となった。
2007年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから3巡目指名を受け、11月15日、契約金4000万円、年俸600万円で正式に入団契約に合意した。
プロ入り後
2008年は、二軍で7試合に登板するも防御率10.66と課題が残る結果となった。
2009年は、二軍で9試合に登板、防御率4.32と若干成長の兆しを見せた。
2010年は、二軍で先発ローテーションに定着。チームトップタイの5勝を挙げ、チームで唯一規定投球回数に達した。
背番号
- 51 (2008年 - )
関連項目
| ||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||




