横竹翔
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| 名前 | |||||||
| 愛称 | ツバサ、オバマ[注 1] | ||||||
| カタカナ | ヨコタケ ツバサ | ||||||
| ラテン文字 | YOKOTAKE Tsubasa | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 | ||||||
| 生年月日 | 1989年8月30日(22歳) | ||||||
| 出身地 | 広島県広島市東区 | ||||||
| 身長 | 177cm | ||||||
| 体重 | 78kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | サンフレッチェ広島 | ||||||
| ポジション | DF/MF/FW | ||||||
| 背番号 | 22 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| ユースクラブ1 | |||||||
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| クラブチーム1 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年1月17日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||
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横竹 翔(よこたけ つばさ、1989年8月30日 - )は、日本のプロサッカー選手。広島県広島市東区出身。Jリーグ・サンフレッチェ広島所属。広島県立吉田高等学校卒業。
目次 |
人物
平繁龍一以来2人目となる、サンフレッチェ広島ジュニア、ジュニアユース、ユースを経てトップチームに昇格した生粋の広島生え抜きプレーヤー。
トップではセンターバックとボランチとして起用されているが、元々はフォワード・トップ下・ボランチ・センターバック・サイドバックと、ゴールキーパーを除くほぼ全てのポジションを高水準でこなす、ポリバレントな選手。若年時代はポストプレーと得点感覚に秀でたセンターフォワードであった。[1][2]
来歴
小学生チームのコーチを務める父の影響もあり、子どものころからサッカー一筋。小学1年生のころにサンフレッチェ府中サッカースクールに参加したのが縁。[3]
ジュニア時代から平繁と2トップを組み活躍。2000年にはDF・GK登録で全日本少年サッカー大会出場[4]。全日本少年フットサル大会には2年連続で出場し2000年準優勝に貢献、2001年には大会優秀選手に選ばれる[5]。ジュニアユース時代にはFWとして2003年ナイキプレミアカップジャパン優勝に貢献、マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップに出場している。2004年、中学3年時から既にユースに合流し、全広島サッカー選手権大会決勝では中学生ながら大学生相手にゴールを決め、同年Jユースカップにも出場している。
2005年、正式にユースに昇格[注 2]。1年次からFWとしてレギュラーを掴み同年JFAプリンスリーグU-18中国で得点王になるも、怪我人が続出したためCBにコンバートされると槙野智章とのCBコンビで同年の高円宮杯ベスト4に貢献。2年次にはFWとして高円宮杯得点王、同年にはMFとしてJユースカップ優勝に貢献。3年次にはMFとしてエースとしてチームを牽引、高円宮杯準優勝に貢献した。
2008年、トップ昇格[3][注 3]。2年目の2009年、春のキャンプで評価を上げ、同年4月4日対ガンバ大阪戦で公式戦デビューを飾る。以降、CBおよびボランチとして出場機会を増やしている。[2]
個人成績
利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |2008||広島||22||J2||0||0||colspan="2"|-||0||0||0||0 |- |2009||広島||22||J1||16||0||4||1||1||0||21||1 |- |2010||広島||22||J1||27||0||4||0||2||1||33||1 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始43||0||8||1||3||1||54||2 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算行0||0||colspan="2"|-||0||0||0||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終43||0||8||1||3||1||54||2 |}
利用者:Bcjp/t/fbp国際表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国際表 th |2010||広島||22||5||0 |- !通算!!colspan="2"|AFC |5||0 |}
出場歴・タイトル
個人
- JFAプリンスリーグU-18中国得点王(2005年)
- 高円宮杯全日本ユース選手権得点王(2006年)
クラブチーム
- アンダーカテゴリー
- 全日本少年フットサル大会(2000年準優勝)
- メニコンカップ日本クラブユースサッカー東西対抗戦U-15(2003年・西軍)
- ※クラブユース選手権優秀選手より選抜
- ナイキプレミアカップジャパン(2002年準優勝、2003年優勝)
- マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ出場(2003年)
- 日本クラブユース選手権U-15(2003年3位)
- Jユースカップ(2006年優勝)
- 日本クラブユース選手権U-18(2005年3位、2007年3位)
- 高円宮杯全日本ユース選手権(2005年3位、2007年準優勝)
- トップチーム
- 初ベンチ入り:2009年4月4日J1第4節対ガンバ大阪戦(万博記念競技場)
- 公式戦初出場:2009年4月4日J1第4節対ガンバ大阪戦(万博記念競技場)
- 89分、森脇良太に代わり途中出場
- 公式戦初得点:2009年5月30日ヤマザキナビスコカップ 第4節対大宮アルディージャ戦(広島ビッグアーチ)
- 68分、中島浩司に代わり途中出場、89分ゴール
- Jリーグ初得点:
代表歴
- U-16日本代表(2005年)
- U-18日本代表(2007年)
- U-21日本代表(2010年)
注釈
- ^ 祖父にアメリカ人がいるクウォーターであることから、バラク・オバマに引っ掛けてミハイロ・ペトロヴィッチ監督に名づけられたあだ名。
- ^ 同級生に内田健太、篠原聖、中野裕太、兼田亜季重。
- ^ 同期は内田、篠原、丸谷拓也、清水航平。
出典
関連項目
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