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海上護衛総司令部

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大日本帝国海軍
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海上護衛総司令部(かいじょうごえいそうしれいぶ)とは大日本帝国海軍において太平洋戦争後期に通商護衛を司った部署である。設置は1943年11月。正式な呼称は「海上護衛総司令部」であったが、しばしば海上護衛総隊(かいじょうごえいそうたい)とも呼ばれ、また海護総隊(かいごそうたい)とも略称された。

目次

海上護衛総司令部設立に至る経緯

1941年昭和16年)の太平洋戦争開戦前、日本は対米開戦の場合には南方の資源に立脚した長期持久体制をとることを構想していた。しかし、こうした構想にもかかわらず、開戦前の日本海軍において、南方で獲得した資源を日本本土まで輸送するシーレーンを確保するための防衛戦略が検討されることはほとんどなかった。一方のアメリカ海軍は、開戦した場合、海上封鎖によって日本のシーレーンを遮断し、継戦能力を奪うことを開戦前より決定していた。

太平洋戦争開戦後も、緒戦の勝利とアメリカ海軍の準備不足によって海上交通に対する被害は軽微であったため、日本海軍がシーレーン防衛に関する十分な対策を打ち出すことはなく、ようやく開戦4ヵ月後の1942年(昭和17年)4月に陸軍参謀本部の要望によって第一・第二海上護衛隊が創設されたに過ぎなかった。しかし、その戦力は防衛すべきシーレーンと比較するとあまりにも僅かであった。なお、この時点ではまだ海上護衛総司令部は創設されておらず、第一・第二海上護衛隊は連合艦隊の指揮下にあった。第一海上護衛隊は内地からシンガポール間、第二海上護衛隊は内地からトラック間の航路の護衛を担当することとされていた。しかし、実際には旧式の駆逐艦や商船から改造した砲艦などがごく少数配備されただけで、航路嚮導程度の戦力であり、現実的にはほとんど護衛任務を果たす事が出来なかった。

やがて、1943年(昭和18年)以降アメリカ軍の反攻作戦が本格化すると、アメリカ海軍は日本に対する通商破壊作戦を本格化させ、シーレーンの防衛を全くと言っていいほど行ってこなかった日本の海上交通の損害は激増した。こうした海上交通がこうむった大きな損害は、作戦部隊の輸送以上に南方から日本本土への資源輸送を大きく低下させ、日本国内の工業生産力や、国民生活にも重大な影響を及ぼし始めていた。

海上護衛総司令部の設立と実際の戦果

海上交通の損害が日本の継戦能力に与える深刻な影響をようやく認識した日本海軍は、シーレーン防衛のために1943年11月15日大本営直属の海上護衛総司令部を創設した。しかしながら、事ここに至ってなお日本海軍において通商破壊に対抗する通商護衛の重要性が充分に認識されていたとは言い難く、軍事作戦を最優先させる連合艦隊の通商護衛への無関心もあって、十分な海上及び航空戦力を確保することは最後まで出来なかった。

しかも、所属する護衛用の艦船(特に駆逐艦海防艦)には二線級のものが多く、その絶対数も広大な海域の通商護衛を行なうには全く不十分なものであった。また、護衛用艦艇の絶対数の不足により諸外国のような大規模な護送船団を編成することができなかったことも被害を増加させる要因となったとされている。シンガポール航路のヒ船団にわずかな護衛空母が配属されたこともあったが、潜水艦による喪失が相次ぎ、護衛戦力として生かすことはできなかった。

この後1945年(昭和20年)になって、西内海方面警護のために第7艦隊が編成されたが、遅きに失するものであった。この年の3月末以降、石油や希少金属は一切、内地には届かなくなった。この5ヵ月後に日本は敗戦を迎えたが、開戦前には世界第3位、600万トンの輸送船を保有していた日本に敗戦後残されていた輸送船は、わずかに30万トンであった。

歴代司令長官

(代)-(氏名)-(就任時階級)-(就任年月日)-(備考)

  1. 及川古志郎 海軍大将:1943年(昭和18年)11月15日 -
  2. 野村直邦 海軍大将:1944年(昭和19年)9月15日 -
  3. 豊田副武 海軍大将:1945年(昭和20年)5月 1日 - ※海軍総隊司令長官兼任
  4. 小沢治三郎 海軍中将:1945年(昭和20年)5月29日 - ※海軍総隊司令長官兼任

参考資料・関連文献

  • 大井篤『海上護衛戦』学研M文庫、2001年。(著者は元海上護衛総司令部参謀で最終階級は大佐
  • 防衛庁防衛研修所戦史室(現在の防衛研究所戦史部の前身)編『戦史叢書 海上護衛戦』朝雲新聞社、1971年。
  • 大内健二『輸送船入門-日英戦時輸送船ロジスティックスの戦い』光人社NF文庫、2003年。
  • 大内健二『商船戦記-世界の戦時商船23の戦い』光人社NF文庫、2004年。
  • 大内健二『戦時商船隊-輸送という多大な功績』光人社NF文庫、2005年。
  • 大内健二『戦う民間船-知られざる勇気と忍耐の記録』光人社NF文庫、2006年。
  • 大内健二『悲劇の輸送船-言語道断の戦時輸送の実態』光人社NF文庫、2007年。
  • NHK取材班編『太平洋戦争 日本の敗因〈1〉日米開戦勝算なし』角川文庫、1995年。

関連項目

外部リンク

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