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清水市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

清水市
廃止日 2003年4月1日
廃止理由 新設合併
清水市静岡市 (旧) → 静岡市 (新)
現在の自治体 静岡市
廃止時点のデータ
清水市旗[1]
ファイル:Flag of Japan.svg 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
団体コード 22204-6
面積 227.66km²
総人口 234,644
推計人口、2003年3月1日)
隣接自治体 静岡県静岡市庵原郡 由比町
富士郡芝川町
山梨県南巨摩郡南部町
市の木 キクバラ
市の花 サンゴジュヤマモモ
市の花木 ハナミズキ
清水市役所
所在地 〒424-8701
静岡県清水市旭町6番8号
外部リンク 旧清水市
清水区
ファイル:ShizuokaShi ShimizuKu.png
位置画像の濃い黄緑色部分が清水市である。
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

清水市(しみずし)は、静岡県中部(駿河国)にかつて存在した。現在の静岡市清水区の大半で、旧蒲原町および旧由比町を除いた部分に当たる。

2003年4月1日、静岡市(〜2003年3月)との合体合併(新設合併)により、新市制下の静岡市(2003年4月〜)の一部となった。静岡市と清水市を合わせて静清〈せいしん、せいせい。[2]〉という呼称があり、それから静清合併と呼ぶことがある。

目次

概要

日本平の東麓に位置し、富士山を望む港町である。清水地区は天然の良港である折戸湾を持ち、古くから海運中継地として発展した。一方、江尻地区は東海道江尻宿宿場町として発展した。

本市出身の漫画家さくらももこ原作の漫画「ちびまる子ちゃん」の舞台として有名である。また、日本国内では、サッカー王国としても知られ、Jリーグ草創期には「日本のブラジル」とも呼ばれた。

羽衣伝説で知られる三保の松原を抱える都市でもある。

地理

駿河湾岸に位置し、平野部から山間部まで広い地域を占める。富士山の眺望が良く、「富士山と太平洋」の絵画や写真は、清水港とセットとなっている物が多く見られる。また、東の横浜に比較的近い点から、特に港湾観光娯楽の面では、横浜と対比されることもある。

地域

市域が広いので、鉄道駅を基準にした地域ごとに見る場合もある。

  • 中心市街地(清水駅周辺)
  • 興津(東部)
  • 草薙(西部。旧静岡市との境界付近。)

姉妹都市・友好都市・提携都市

日本国外
日本国内

歴史

古代
清水市域に人々が住み始めたのは、1万年以上前であったと言われており(縄文前期にはすでにムラが形成されていたことが庵原の大乗寺平遺跡の出土遺物から立証されている)、5世紀ごろには大集落「イホハラの国」が出現している[3]
なお、日本書紀には663年の朝鮮「白村江の戦い」に当地から廬原君臣に率いられた万余の健児(兵士)が出港して行ったことが記述されている。
日本武尊の伝説につながる草薙神社三保の松原の美穂神社が、平安時代の延喜式に記載されている。
江戸時代まで

戦国時代に駿河の今川氏領国を経て、甲斐国武田氏によって駿河が領国化されると、武田氏の水軍基地になる。江戸時代には江尻に東海道江尻宿が置かれる一方、清水港駿府(現在の静岡駅周辺)の外港として機能し、江戸への中継基地として富士川舟運を通じた信濃・甲斐方面からの廻米輸送も行われた。

明治から市制施行まで
ファイル:Shizuoka map circa 1930.PNG
1930年頃(昭和初頭)の清水市の地図。
第二次大戦後

歴代市長

  1. 大島要蔵(1924.7.7~1925.9.9)
  2. 山田勝四郎(1926.1.13~1929.3.8)
  3. 塩原時三郎(1929.10.12~1932.2.22)
  4. 大石恵直(1932.3.18~1937.6.14)
  5. 山田勝四郎(1937.7.11~1946.11.13)
  6. 山本正治(1947.4.6~1955.4.7)
  7. 鈴木平一郎(1955.4.30~1959.4.30)
  8. 稲名徹(1959.5.1~1960.7.22)
  9. 稲名亀造(1960.9.15~1964.9.12)
  10. 池上善作(1964.9.13~1965.7.6)
  11. 佐藤虎次郎(1965.8.20~1977.8.19)
  12. 稲名嘉男(1977.8.20~1985.8.19)
  13. 宮城島弘正(1985.8.20~2003.3.31)

経済

農業工業商業の三面がそろった都市として、一部の地理教科書で採り上げられたこともある。

第一次産業

みかんの生産が知られるが、日本平界隈や山間部では緑茶の農地も多く見られる。清水港は、の輸入日本一で知られ、緑茶の輸出も行われている。また、バラの生産量はかつて日本一であった。

工業

臨海部の大企業は戦時中は軍需工場であったが戦後はその技術を引き継ぐ民生品製造工場として残っている。昭和20~30年代にはさらに各種工場が建設され、清水の工業生産高は一時県下一を誇ったが、産業構造の変化によりその地位を失った。 また、江尻漁港を抱え「魚の缶詰」などの食品工場も立地しているが、その割合はごく小部分を占めるにすぎない。なお、全体の工業生産高は一時の底を脱し近年は微増に転じている。

商業

清水駅を軸に商店街が形成されているが、百貨店は存在せず、市街地型ショッピングセンターとして西友が清水駅前交差点の脇に立つ。しかし、市内には郊外大規模店が多く進出しており、中心部は現在劣勢である。近年では、長崎屋丸井セイフーダイエーの4軒が、相次いで閉店した。

さらに、静清合併の暁には、東静岡駅界隈に中枢機関を移転する構想が持ち上がっており、この際には清水市街地、静岡市街地と列ぶ第三極が形成されるため、静岡市街地と共に衰退を危ぶむ声も出ている。

本社を置く主な企業

  • 靜甲(産業機械、ペットボトル)
  • 駿河精機(精密金型部品)
  • かつ好(とんかつ・コロッケの通信販売)
  • どんどん(弁当販売)
  • 大鐘(うどん・そば「鐘庵」等)
  • アイエイアイ(産業用ロボット)
  • 清和海運
  • システムオリジン(タクシー専門システム)

娯楽

日本で五指に入る「サッカー王国」として有名であり、Jリーグチームの清水エスパルスのホームタウン(本拠地)である。市内の小中学校やグラウンドには、夜間照明が整備されており、長期に渡ってインフラ面を整備して来たことが特徴である。

後に「清水三羽烏」と呼ばれた長谷川健太堀池巧大榎克己の三人を擁した清水FCが、全日本少年サッカー大会で全国優勝している。1987年から、毎年8月には、清水カップと題した全国少年少女草サッカー大会も開かれている。

しかし、2000年頃からは、清水をはじめとする静岡県中部勢の全国大会における低迷、エスパルスの低迷など、明るい材料が少ない。2005年に長谷川健太がエスパルス監督となり、再建に乗り出している。

観光

イベント

  • 清水七夕まつり
  • 清水みなとまつり
  • 羽衣まつり

観光地

博物館

  • 東海大学海洋科学博物館
  • 東海大学自然史博物館
  • 清水港湾博物館
  • フェルケール博物館
  • 清水視聴覚ライブラリー

土産

  • 追分羊羹

交通

鉄道

路線

道路

路線

学校

(高等学校以上のみを掲載する。小学校と中学校は「清水区」を参照すること。)

高等学校


大学

清水を舞台にした作品

関連項目

脚注

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  1. ^ 1928年(昭和3年)8月9日議会にて制定、1961年(昭和36年)3月30日改定。
    (静岡市・編 『新「静岡市」誕生 ― 静岡市・清水市合併の記録』 静岡市、2003年 [1] p.169「(合併協定項目) 慣行の取扱い」 )
  2. ^静清」には「せいしん」と「せいせい」の二通りの読み方がある。「せいしん」と読まれる機関は静清信用金庫静清バイパスなどであり、「せいせい」と読まれる機関は静清中央卸売市場、静清合併協議会、静清高等学校などである。 第三者からは、清水(しみず)から「しん」という風に、「せいしん」と読まれることが多い。しかし、戦後の学校教育において「清」の音読みは「せい」が一般的となった影響か、地元では新に命名される場合は「せいせい」と読まれることが多い。テレビなどの報道においては、「静清合併」は、合併協議会の読みに倣い、「せいせい」と発音される。(参考:『SBSテレビ夕刊静岡放送)なお、静清高等学校は、開校当初(当時:静清工業高等学校)は旧静岡市に立地していたが、現在は藤枝市に移転した。
  3. ^ 清水市の区画整理 平成7年3月

外部リンク