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瀧本誠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

獲得メダル
ファイル:Flag of Japan.svg 日本
男子 柔道
オリンピック
2000 シドニー81kg級
アジア柔道選手権
1995 ニューデリー78kg級
2000 東京81kg級
瀧本 誠
基本情報
本名 瀧本 誠
通称 飢狼柔道王
吉田道場の異端児
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
誕生日 1974年12月8日(37歳)
出身地 茨城県坂東市(旧岩井市
所属 吉田道場
身長 174cm
体重 81kg
階級 ミドル級ウェルター級
スタイル 柔道
テーマ曲 Hale no sola sita〜LA YELLOW SAMBA〜
PE'Z

瀧本 誠(たきもと まこと、1974年12月8日 - )は、日本柔道家総合格闘家茨城県坂東市(旧岩井市)出身。2000年シドニーオリンピック柔道男子81kg級金メダリスト。吉田道場所属。柔道四段。

シドニーオリンピックの際には、当時の柔道家では珍しい茶色に染めた髪、国歌斉唱時に手を胸に置く仕草などユニークなエピソードをマスコミに提供。「柔道界の異端児」とも評された。

プロ転向後は、芸能活動を行なわずマスメディアに登場することはあまりない。

柔道家時代の得意技は、袖釣り込み腰内股

目次

来歴

柔道

実家は青果店を経営。たまたま客に柔道の先生がいて誘われたのがきっかけで、6歳(小学1年)の時に柔道を始める[1]。中学入学と同時に上京、講道学舎に入門(吉田善行小斎武志大山峻護らが同期)。世田谷区立弦巻中学校世田谷学園高校日本大学を卒業。大学卒業後は日本中央競馬会に所属し、2000年シドニーオリンピック柔道男子81kg級金メダリストとなった。

2002年に日本中央競馬会を退職し、フランスのクラブチーム「USオレルアン」所属となった。

2003年に帰国すると埼玉栄高校職員を務めながら、アテネオリンピック出場を目指すも、2004年4月4日の全日本選抜柔道体重別選手権大会(兼アテネオリンピック代表最終選考会)男子81kg級の決勝で塘内将彦に袖釣り込み腰で一本負けし、代表権を逃した。

総合格闘技

2004年12月7日、総合格闘家への転向、PRIDE参戦を表明。

総合格闘技デビュー戦となった2004年12月31日の『PRIDE 男祭り 2004』では、相撲界から転向してきた戦闘竜と対戦。判定で勝利し、デビュー戦を勝利で飾る。試合後リング上で「今日、試合するまで、総合格闘技をなめてました。どうもすいませんでした。」と発言した。

2005年6月26日、PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND田村潔司と対戦し、判定負け。

2005年10月23日、PRIDE.30で同じく柔道出身のユン・ドンシクと対戦し、判定勝ち。瀧本は半袖の柔道着、ユンはスパッツ姿での対戦となった。

2005年12月31日、PRIDE 男祭り 2005菊田早苗と対戦し、判定負け。

2006年6月4日、PRIDE 武士道 -其の十一-で行なわれたウェルター級GP1回戦でゲガール・ムサシと対戦し、ムサシのパンチで右眼窟底骨折し、ドクターストップ負け。

2007年4月8日、PRIDE.34ゼルグ"弁慶"ガレシックと対戦。苦しみながらも、アームロックで一本勝ち。

2007年12月31日、やれんのか! 大晦日! 2007ムリーロ・ブスタマンチと対戦し、僅差の判定勝ち。

2008年3月5日、戦極旗揚げ戦戦極 〜第一陣〜エヴァンゲリスタ・サイボーグと対戦し、アキレス腱固めで一本負け。

2008年8月24日、戦極 〜第四陣〜フランク・トリッグと対戦し、判定負け。試合後、「これはあまり言いたくないのですが、もう限界かなと思っています。」と発言した。

2009年5月2日、階級をウェルター級に落とし、戦極 〜第八陣〜マイケル・コスタと対戦し、ヒールホールドによる一本勝ち。試合後、「気持ちの上ではもうちょっと出来るかなと思っています」と発言した。

2010年3月16日、現役引退を発表[2]

戦績

総合格闘技 戦績
11 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
6 0 2 4 0 0 0
5 1 1 3 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
イ・ジェソン 5分3R終了 判定3-0 戦極 ~第十陣~ 2009年9月23日
マイケル・コスタ 1R 3:31 ヒールホールド 戦極 ~第八陣~ 2009年5月2日
× フランク・トリッグ 5分3R終了 判定0-3 戦極 ~第四陣~ 2008年8月24日
× エヴァンゲリスタ・サイボーグ 1R 4:51 アキレス腱固め 戦極 ~第一陣~ 2008年3月5日
ムリーロ・ブスタマンチ 2R(10分/5分)終了 判定2-1 やれんのか! 大晦日! 2007 2007年12月31日
ゼルグ"弁慶"ガレシック 1R 5:40 アームロック PRIDE.34 2007年4月8日
× ゲガール・ムサシ 1R 5:36 ドクターストップ(右眼窟底骨折) PRIDE 武士道 -其の十一-
【ウェルター級GP 1回戦】
2006年6月4日
× 菊田早苗 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI- 2005年12月31日
ユン・ドンシク 3R(10分/5分/5分)終了 判定3-0 PRIDE.30 STARTING OVER 2005年10月23日
× 田村潔司 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND 2005年6月26日
戦闘竜 3R(10分/5分/5分)終了 判定3-0 PRIDE 男祭り 2004 -SADAME- 2004年12月31日

獲得タイトル

  • 全国中学校大会 中量級 優勝(1989年)
  • インターハイ 中量級 優勝(1992年)
  • アジア選手権 78kg級 優勝(1995年)
  • 全日本学生体重別選手権大会 78kg級 優勝(1996年)
  • ドイツ国際 78kg級 優勝(1997年)
  • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 81kg級 優勝(1997年)
  • 講道館杯日本体重別選手権大会 81kg級 優勝(1997年)
  • 講道館杯日本体重別選手権大会 81kg級 優勝(1998年)
  • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 81kg級 優勝(1999年)
  • ドイツ国際大会 81kg級 優勝(2000年)
  • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 81kg級 優勝(同大会2連覇)(2000年)
  • シドニーオリンピック 柔道 81kg級 優勝(2000年)
  • 講道館杯日本体重別選手権大会 81kg級 優勝(2001年)
  • 全日本選抜体重別選手権大会 81kg級 準優勝(2004年)

脚注

関連項目

外部リンク