特殊慰安施設協会
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特殊慰安施設協会(とくしゅいあんしせつきょうかい, RAA: Recreation and Amusement Association 直訳で「レクリエーション及び娯楽協会」)は、第二次世界大戦後、日本に作られた連合国軍(占領軍)兵士向けの売春婦(慰安婦)がいた慰安所である。
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問題の背景
- ヨーロッパの戦場(米軍のレイプ):被害者 14000人(ドイツ人女性 11040人)[3]
- 沖縄戦:米軍上陸後、強姦が多発し。米軍兵士により強姦された女性数を10000人と推定する見解もある。“In Okinawa, US troops are estimated to have raped 10,000 Japanese women during World War II”。[4][5][6]
- アメリカ軍が日本に進駐したとき、最初の10日間、それも神奈川県下だけで1336件の強姦事件が発生した[7]。
特殊慰安施設協会、廃止前の強姦事件と婦女暴行の数、1日平均数は40件。廃止後の強姦事件と婦女暴行の数、1946年前半の1日平均数は330件。[8]
概要
日本で第二次世界大戦の戦闘停止発令から3日後の1945年8月18日、内務省が「外国軍駐屯地における慰安施設設置に関する内務省警保局長通牒」を各県に発令し[9][10]、これを端緒として、占領軍対策の一環として26日に設立された。戦後の進駐軍の日本占領に当たり、日本の婦女子の操が進駐軍兵士らによって汚される恐れがある。それならば性の防波堤を作って一般婦女子を守りたい、との思惑からである。占領軍がこの種の「サービス」を提供するよう命じたという俗説が一部にある[11]が、内務省が忖度して自主的に作ったものを連合国軍最高司令官総司令部が許可したものである。
基本的な発想としては戦時中の慰安婦施設と同様のものだが、慰安婦のように仲介業者を通さず、「日本女性の防波堤たれ!」というスローガンの公募に応じてきた一般女性たちが集められた。戦時中にあった女子青年団が終戦後、半ば強制的に集められたケースもあるとされる[12]。また警察が戦時中に青線売春で検挙した者に慰安婦になるよう要請した例すらあった[13]。
当初は水商売の者を雇う予定であったが思うように集まらず、「新日本女性求む、宿舎、衣服、食料すべて支給」などの甘言をもって銀座などに広告板を設置し、また新聞広告で一般女性を募った。
内容の詳細は広告に記載されておらず、これを見てやってきた女性の多くは水商売の経験のないもので、大半は仕事の中味を聞いて去っていった。しかし他に生活の術の無い戦争未亡人や子女が多かった時代背景もあり、第一回の募集では短期間で1,300人あまりの女性が協会に登録した。東京都内だけでも30ヶ所以上、全国では最盛期に7万人もの女性が従事していたと見られている。
1946年1月21日、前アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト夫人エレノア・ルーズベルトの反対、性病の蔓延を理由としてGHQにより特殊慰安施設は廃止されたが、女性たちへの補償は無く、多くは当時パンパンと呼ばれた街娼、水商売等に進んだと見られている。彼女たちへの国からの保障は現在まで一切行われていない。
なお、一日に数十人の客を取るなど過酷な労働であったものの、実入りは良く、大森海岸の小町園の慰安所では、当時の金額で5万円にものぼる稼ぎを得る売春婦もみられた[注 1][14]。
進駐軍ノ不法行為
慰安所の開設後も、進駐軍の不法行為は数多く発生した。最初に米軍が横須賀に上陸した1945年8月30日に早くも強姦事件が起きている。特別高等警察はこれらの不法行為を解散命令が出た1945年10月4日まで調査を続け、内務省警保局外事課より「進駐軍ノ不法行為」として文書化された。この米軍にとって不名誉な文書は一旦没収されたが、1973年12月に日本へ返却、翌年1月より国立公文書館に所蔵されていた[15][16]。
この文書は『敗戦前後の社会情勢:第7巻 進駐軍の不法行為』(1999現代史料出版)に全文が掲載された。同書には神奈川県警の調査報告も掲載されている。また、『性暴力問題資料集成第1巻』(2004不二出版)にも抜粋掲載された。
日本共産党は米軍の不法行為を追求してきたが[17]、特高が作成したこの文書には、一切触れていない。
テレビドラマ
1995年8月18日21時から、フジテレビの金曜エンタテイメント枠にて「戦後50年特別企画 女たちの戦争 忘れられた戦後史 進駐軍慰安命令」として放映された。
主な出演はかたせ梨乃、南野陽子、藤田朋子、藤谷美紀、津川雅彦、石原良純、細川直美
脚注
- ^ 参考文献によれば、当時の銀行員の初任給は80円である。
出典
- ^ Schrijvers, Peter (2002). The GI War Against Japan. New York City: New York University Press. p. 212. ISBN 0814798160]
- ^ Svoboda, Terese. "Race and American Military Justice: Rape, Murder, and Execution in Occupied Japan". The Asia-Pacific Journal, Japan Focus. http://japanfocus.org/products/details/2737.
- ^ Taken by Force: Rape and American GIs in Europe during World War II J Robert Lilly. ISBN 978-0-230-50647-3 p.12
- ^ http://www.thephora.net/forum/archive/index.php/t-33653.html
- ^ ニューヨーク タイムズ:"But by one academic's estimate, as many as 10,000 Okinawan women may have been raped and rape was so prevalent that most Okinawans over age 65 either know or have heard of a woman who was raped in the aftermath of the war."。
- ^ "3 Dead Marines and a Secret of Wartime Okinawa" New York Times, June 1, 2000
- ^ Schrijvers, Peter (2002). The GI War Against Japan. New York City: New York University Press. p. 212. ISBN 0814798160]
- ^ Svoboda, Terese. "Race and American Military Justice: Rape, Murder, and Execution in Occupied Japan". The Asia-Pacific Journal,Japan Focus.http://japanfocus.org/products/details/2737
- ^ しんぶん赤旗2006/4/29[1]
- ^ 参院決算委員会(96/11/26)[2]
- ^ 1945年8月22日付で内務省警保局は「連合軍進駐経緯ニ関スル件」という文書を発令し、その最後の項目に「聯合軍進駐ニ伴ヒ宿舎輸送設備(自動車、トラック等)慰安所等斡旋ヲ要求シ居リ」と記されている(『敗戦時全国治安情報』第一巻)
- ^ 山田盟子著「占領軍慰安婦 国策売春の女たちの悲劇」ISBN 476980623X[3]
- ^ 広島県警察史編さん委員会編 『広島県警察史 下巻』広島県警察本部、1972年より、広島市は原爆で壊滅していた為、周辺都市各地に設置されたという。
- ^ 広岡敬一 『戦後性風俗大系 わが女神たち』 小学館 2007年3月
- ^ 水間政憲:封印されていた占領下の米兵「日本人婦女子凌辱事件」ファイル, Sapio(2007/4/11)pp63-65
- ^ 国立公文書館:進駐軍ノ不法行為[4]
- ^ 143回国会参院質問主意書[5], 答弁書[6]
関連項目
- アメリカの戦争犯罪
- 在韓米軍慰安婦問題
- モンキー・ハウス
- パンパン
- エリザベス・サンダースホーム
- GIベビー
- キャンプ・ドレイク
- 血統主義
- 慰安所
- 慰安婦
- 性的奴隷
- 肉体の門, 肉体の門 (1988年の映画)
参考文献
- 台東区編 『台東区史』
- 警視庁「当面ノ問題ニ対スル庶民層ノ動向」(1945年8月20日)
- 一関警察署署長「進駐軍警備ニ関スル状況報告」 1945年9月29日
- 『東京百年史 第五巻』
- 『敗戦時全国治安情報 第一巻』
- 川元祥一 『開港慰安婦と被差別部落―戦後RAA慰安婦への軌跡』 ISBN 4380972682
- 神田文人『昭和の歴史第八巻 占領と民主主義』小学館 1983
- 粟屋憲太郎他『敗戦時全国治安情報』ISBN 4820562150
- 五島勉編『黒い春―米軍・パンパン・女たちの戦後』 倒語社、1985。
- 田中貴美子『女の防波堤』 第二書房、1957。
- タモツ・シブタニ『流言と社会』東京創元社
- 千田夏光『従軍慰安婦』正編、三一書房 1988
- ドウス昌代 『マッカーサーの二つの帽子』 ISBN 4061835734
- 『敗者の贈物―特殊慰安施設RAAをめぐる占領史の側面』(ISBN 4062631350)改題
- 半村良 『昭和悪女伝』(実録小説)ISBN 4087740935 ISBN 408748677X
- 広岡敬一 『戦後性風俗大系 わが女神たち』 朝日出版社 2000年4月 文庫版:小学館 2007年3月
- 藤目ゆき『冷戦体制形成期の米軍と性暴力』「女性・戦争・人権」第2号[7]
- 水野浩編『死に臨んでうったえる』倒語社、1982
- 山田盟子 『占領軍慰安婦―国策売春の女たちの悲劇』 ISBN 476980623X
- 『日本の貞操―外国兵に犯された女性たちの手記』(蒼樹社1953)の改題再刊
- 『続・日本の貞操』(蒼樹社1953)の改題再刊。後の著作の反欧米感情の原点。
洋書の多くは、戦時中の慰安婦に関するものの中で言及。
- Yoshimi, Yoshiaki(吉見義明) Comfort Women: Sexual Slavery in the Japanese Military During World War II, Columbia University Press, 2001. ISBN 023112032X
- Michael S. Molasky American Occupation of Japan and Okinawa, Routledge, 1999. ISBN 0415191947 ISBN 0415260442
- Tanaka,Toshiyuki(田中利幸) Japan's Comfort Women: Sexual Slavery and Prostitution During World War II and the US Occupation(「日本の慰安婦」), London, Routledge: 2002. ISBN 0415194016.
外部リンク
- 被占領心理―肉体の戦士R.A.A.と官僚的「合理性」(明治大学川島高峰政治学研究室)
- 特殊慰安施設協会 - はてなダイアリー




