田中健二朗
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| 横浜DeNAベイスターズ #46 | |
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ファイル:Kenjiro Tanaka, pitcher of the Yokohama BayStars, at Yokosuka Stadium.JPG 2010年11月20日 横須賀スタジアム | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| 出身地 | 愛知県南設楽郡鳳来町(現:新城市) |
| 生年月日 | 1989年9月18日(22歳) |
| 身長 体重 |
178cm 74kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2007年 高校生ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2010年9月11日 |
| 年俸 | 700万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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田中 健二朗(たなか けんじろう、1989年9月18日 - )は、横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
来歴・人物
プロ入り前
小学2年から山吉田少年野球クラブで投手として野球を始め、ボーイズリーグの新城ベアーズで中学3年春に全国大会出場。
常葉菊川高では投球フォームの乱れから、腰椎分離症に悩まされたものの、佐野心部長直伝による『ど真ん中投法』を取り入れ、制球に安定が増し2年秋からエースとしてチームを牽引。第79回選抜高等学校野球大会では、その投球術が功を奏し優勝投手となる。
第89回全国高等学校野球選手権大会では史上6校目の春夏連覇が期待されたが、準決勝で野村祐輔を擁する広陵高等学校に敗退し叶わなかった。しかし、平成に入ってからは静岡県勢初となるベスト4入りを果たし、甲子園通算6勝(春4勝夏2勝)を挙げる。
2007年度高校生ドラフトで佐藤由規・高濱卓也の交渉権獲得に失敗した横浜ベイスターズから1巡目指名を受け、契約金7000万円、年俸720万円(金額は推定)で契約。これにより常葉菊川高から直には初めて(大学経由を含むと門奈哲寛以来2人目)のドラフト指名でのプロ野球選手となった。
プロ入り後
1年目の2008年は肩を痛めたため二軍でも公式戦登板はなく、秋のフェニックスリーグでようやく実戦登板を果たした。
2009年は二軍で主に先発して3勝をあげる。フレッシュオールスターゲームにも選ばれた。
2010年は、9月11日のナゴヤドームでの中日ドラゴンズ22回戦で6番手として1軍初登板し、1回を無失点で抑えると[1]、同月15日の阪神タイガース戦20回戦で一軍初先発し、6回0/3を5安打3失点でプロ入り初勝利を挙げ、チームとしては2008年の小林太志以来の初先発初勝利となる[2][3]。
プレースタイル
抜群の制球力に縦のカーブ、スライダー、フォークとキレが良く角度のあるMAX148km/hのストレートで打者の内角を鋭く突く強気の投球が武器。
実家は近くのコンビニまで数キロ離れた(車で約10分)山間部で、野球に熱中できる環境だった。このため高校時代は「田舎」がニックネームで、横浜の入団会見では「『ハマの田舎』と呼んで下さい」と語っている(なお田中の入団後、実家近くにコンビニが開店している)。その後、公募でニックネームで募集したところ額の剃りこみに特徴があることから『ハマのソリコミ』を本人が選んでいる[4]。
かつての所属チームの大先輩にあたる工藤公康投手を心底慕っている。背番号46を選んだのは「工藤さん(背番号47)に一歩でも近付きたい(=大投手になりたい)」と掛けているゆえんである。又、背番号46は所属チームのエースピッチャー三浦大輔がプロ入り当初に付けていた背番号でもあり、「近い将来、三浦のようなチーム全体から信頼される立派な投手になってほしい。」と言う球団の期待も込められている。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 横浜 | 5 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | .333 | 103 | 25.0 | 22 | 6 | 10 | 0 | 0 | 12 | 1 | 0 | 11 | 11 | 3.96 | 1.28 |
| 2011 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 16 | 3.0 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 4 | 2 | 6.00 | 2.00 | |
| 通算:2年 | 6 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | .333 | 119 | 28.0 | 28 | 7 | 10 | 0 | 0 | 13 | 1 | 0 | 15 | 13 | 4.18 | 1.36 | |
- 2011年度シーズン終了時
記録
- 投手記録
- 初登板:2010年9月11日、対中日ドラゴンズ22回戦(ナゴヤドーム)、8回裏に救援登板、1回を無失点
- 初奪三振:同上、8回裏に小田幸平から
- 初先発・初勝利・初先発勝利:2010年9月15日、対阪神タイガース20回戦(横浜スタジアム)、6 0/3回3失点
背番号
- 46 (2008年 - )
脚注
- ^ 横浜3年目田中「足プルプル」プロ初登板日刊スポーツ 2010年9月12日
- ^ 横浜、3年目の田中がプロ初先発で初勝利サンケイスポーツ 2010年9月15日
- ^ http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/09/16/07.html ベイ投に光…07年センバツV腕が初先発初勝利 ]スポーツニッポン 2010年9月16日
- ^ 横浜田中に新愛称「ハマのそりこみ」 - 日刊スポーツ2010年9月17日配信、同日閲覧
関連項目
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