1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

筑波大学附属小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

筑波大学附属小学校
ファイル:Tsukufusho.jpg
過去の名称 東京師範学校附属小学校
東京高等師範学校附属小学校
東京高等師範学校附属国民学校
東京教育大学附属小学校
国公私立の別 国立学校
設置者 国立大学法人筑波大学
校訓 教育目標
・人間の自覚を深めていくこども
・文化を継承し創造し開発するこども
・国民的自覚をもったこども
・健康で活動力のあるこども
設立年月日 1873年1月15日
創立記念日 1月15日
共学・別学 男女共学
学期 二期制
所在地 112-0012
東京都文京区大塚三丁目29番1号
外部リンク 公式サイト

筑波大学附属小学校(つくばだいがくふぞくしょうがっこう、Elementary School, University of Tsukuba)は、東京都文京区大塚三丁目にある国立小学校筑波大学附属校男女共学。通称は「筑附」(つくふ)、「筑小」、「附属小」。

目次

概要

1872年(明治5年)の学制発布を受けて、1873年(明治6年)1月15日東京師範学校の附属小学校として設立された。国の制度に基づくものとしては日本で最初に設立された小学校である。

現在の募集人数は毎年160人(男80・女80)であるが、志願者数が募集人数の30倍近くに上る。このため入学試験では筆記・実技試験の前に、抽選器を用いた抽選が行われ、約4500名の応募者のうち男女1000名ずつ程度が試験を受けられる。筆記・実技試験の合格者男女130名ずつでさらに第二次抽選をして、最終的に男女各80名が合格となる。

一般の学校では、通常クラスは○組と称されるが、当校では4クラスあり、○部と称される。このため、一般の学校の「1年4組」は当校では「4部1年」と言う。また、部ごとにクラスカラーがあり、1-4部までそれぞれ黄、緑、紫、赤である。運動帽はクラスごとにこれらの色となっている。

古くから教科担任制をとっていることや、各教科で教育研究が行われて来たことから、いわゆる「職員室」は存在せず、各教科ごとに「○○科準備室」が独立して校内随所に散在する。また、学級担任は学年が上がると共にそのまま持ち上がり、1学年4クラス160名を6年間、4人の担任団がチームとなって受け持ち、子供達の成長・発達を長い目で見守る。

昭和50年代までは6年間クラス替えが無かったが、それ以降、3年から4年に上がる時の1回のみクラス替えを行うようになり、現在に至る。また、クラス替え前後で同じ部になることは無い。このため、前述の通り各クラスの担任は6年間変わらないことから、クラス替え前後で担任も同じになることはない。

体育館と土のグラウンドがそれぞれ2つずつある。毎朝登校すると、まず制服から体操着に着替え、授業前の「朝の活動」と呼ばれる時間にクラス単位でドッジボールなわとびをしたり、併設されている「占春園」(水戸徳川家2代徳川光圀の弟松平頼元1659年にこの地に構えた屋敷の名残である日本庭園)を走ったりする。また、占春園は自然観察など理科教育の場としても利用される。

筑波大学附属中学校へは、内部進学入試を経て、卒業生の上位8割程度が進学できる。(#附属中高への内部進学者数 参照)

入学に際して運動能力をみる試験があるため、運動神経が優れた児童が比較的多く、ハイレベルな体育の授業が行われている。校内では、教育発表会やテレビや新聞、出版の取材の時は制服で授業を受けるが、普段は登校後運動着に着替える。他校に比べ薄着で、真冬は長袖のセーターを着用してもよいが、大半は半袖短パン(女子はブルマー)で過ごす。体育はどんなに寒くても全員半袖短パンにならなければならない。このためか、風邪をひく児童が少なく、皆勤賞をとる児童が多い特徴がある。

通学範囲は東京都23区と西東京市、埼玉県和光市である。大部分は片道1時間かけて通学し、中には1時間半や2時間近くかけて通う児童もいる。登校時間が早いため、朝、家を出る時間がとても早く、中には6時前に出る児童もいる。

主な行事

  • 大運動会が毎年10月1日付近の土曜日に行われる。この大運動会は文字通りの大運動会で、練習・準備・応援ともに児童・教師・保護者が大変熱を入れている。 お手々つないでゴールインということはこの学校ではありえず、徹底的に優勝劣敗を競う。そのため、9月には他の授業を振り替えての練習や朝7時半までに登校して朝練、友達同士で空いた時間に練習がとても盛んである。
  • 11月には、若桐会(PTA)が主催する文化祭、「若桐祭」が催される。
  • 春と秋には、西東京市保谷にある学校附属の保谷農園にサツマイモの苗差し、ジャガイモ掘り、サツマイモ掘り、狩りに行く。また、クラス替え前である3年次、卒業前である6年次の3月には、保谷農園でクラスごとに餅つきを行う。
  • 3年生以上は、山梨県清里高原にある附属清里若桐寮へ、毎年異なる季節に清里合宿に行く。3年次は飯盛山、4年次は…、5年次は(小天狗2000m級の山)、6年次では三ッ頭 (八ヶ岳)の登山を全員でする。
  • 5年次では志賀高原へ「雪の生活」(スキー合宿)へ行く。
  • 6年次には、千葉県富浦の附属中学校富浦寮へ遠泳に行き、古式泳法の一つである水府流太田派を伝承する附属桐遊会会員の指導のもと、全員が1時間ほどで約2kmを泳ぎ切る。このため、児童全員が1年生からスイミングスクールに通って練習し、中には選手コースで練習する児童もかなり多い。6年次7月の富浦合宿にむけて、毎年夏休みの間には学校のプールにおいて、1年・6年ペア、2年・5年ペア、3年・4年ペア、の3期に分けて1週間ずつの若桐会(PTA)が主催する「水泳学校」があり、本校の卒業生である大学生による指導が行われる。

沿革

校章・校歌

校章

1888年(明治21年)11月五三の桐校章が制定された。その桐章は、明治天皇の行幸の際、皇室の御紋章である五七の桐章を校章に用いるようご沙汰を頂いたことによる。しかし五七の桐では不敬にわたることがあってはとの理由で五三の桐となった。

校歌

筑波大学附属小学校校歌は、佐佐木信綱作詞、信時潔作曲である。

著名な出身者

アクセス

関連校

関連項目

附属中学校、高校への内部進学数(推定)

成績下位2割は、附属中学校、高校へ進学が許可されない。また、附属高校から筑波大学への内部進学枠は存在しない。

  • 小学校 - 定員160名(4クラス)
    • ↓→35名(下位2割)は中学に進めず
  • 中学校 - 定員205名(5クラス)
    • 内部:125名(附属小学校からの進学者)
    • 外部:80名
    • ↓→45名(下位2割)は高校に進めず
  • 高校 - 定員240名(6クラス)
    • 内部:160名(附属中学校からの進学者)
    • 外部:80名

附属中学からの外部入学者80名は高校までそのまま進学したと仮定した場合、小学校出身者45名は高校に進めない。
小学校受験で入った160名のうち、附属中学に進学できるのは上位8割の125名程度。さらに附属高校まで進学できるのは、元の約半数の80名程度と思われる。

外部リンク