糸川正晃
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| ファイル:Flag of Japan.svg衆議院議員 糸川 正晃 | |
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| 生年月日 | 1974年12月21日(37歳) |
| 出身地 | 東京都 |
| 出身校 | 慶應義塾大学法学部法律学科 |
| 学位・資格 |
法学士 宅地建物取引主任者 |
| 前職 | ファイナンシャルプランナー |
| 所属委員会 |
国家基本政策委員会(理事) 予算委員会 内閣委員会 災害対策特別委員会 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 比例北陸信越ブロック(福井2区) |
| 当選回数 | 2回 |
| 所属党派 |
(国民新党→) 民主党 |
| 党役職 |
副幹事長 福井県第2区総支部長 |
| 会館部屋番号 | 衆議院第2議員会館239号室 |
| ウェブサイト | 衆議院議員 糸川正晃HP |
糸川 正晃(いとかわ まさあき、1974年(昭和49年)12月21日 - )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(2期)。
目次 |
略歴
2005年、第44回衆議院議員総選挙に国民新党公認で比例北陸信越ブロック単独1位で立候補し、初当選を果たした。国民新党では唯一の新人当選者であった。
その後、民主・国民新両党の幹事長合意により、衆院解散後の民主党入りが決定(比例選出のため、解散後でなければ移籍ができなかった)。2009年7月の衆議院解散後、国民新党を離党して民主党に入党し、民主党公認で福井県第2区から出馬した。福井2区では自由民主党の山本拓に敗れたが、重複立候補していた比例北陸信越ブロックで復活し、再選を果たした。
総選挙後、民主党国会対策副委員長への就任が内定したが、直前に差し替えられた。これは小選挙区当選者を優遇する小沢一郎幹事長の意向によるものだった。
人物
- 2006年の第164回通常国会において86回質問に立ち、1973年に島本虎三(日本社会党)が記録した63回を大きく上回り、一国会における質問回数の記録を更新した。これは国民新党所属の衆議院議員は糸川を除く全員が当選5回以上のベテランのため、当時は唯一の1年生議員だった糸川が複数の委員会を掛け持ちしなければならなかったためである。少数政党の場合、議席数に応じて配分される質問時間は短く、委員会に同一会派所属の議員が1名ならば質問時間は10分である場合が多いが、前述のように86回にわたり質問を行ったため、通算の質問時間は24時間を超えた。
- 2006年2月14日に行った、都市再生機構(UR)が東京都内に所有する土地に関する質疑に関連し、同年3月3日に福井市内で建設業関係者に呼び出され、この問題に関する追及を止めるよう脅迫を受けていた事実が国会閉会後の6月21日に判明した。同年5月29日には衆議院議員会館の糸川の事務所及び毎日新聞東京本社の記者宛に同一文面で実弾入りの脅迫状が届けられている。
- 2006年11月、福井2区選出の山本拓農林水産副大臣(自由民主党)が糸川に対し、教育基本法改正案に賛成する見返りに自民党への入党を勧めていた事実が発覚。これに対し国民新党は反発し、会期中の審議に一切応じない考えを表明した。
脚注
外部リンク
- 衆議院議員 糸川正晃 ホームページ(公式サイト)
- 衆議院議員 糸川正晃 ブログ
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