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網走市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あばしりし
網走市
ファイル:Flag of Japan.svg 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 オホーツク総合振興局
団体コード 01211-4
面積 471.00km²
総人口 38,975
住民基本台帳人口、2011年9月30日)
人口密度 82.7人/km²
隣接自治体 北見市小清水町大空町
市の木 かつら
市の花 えぞむらさきつつじ
他のシンボル -
網走市役所
市長 水谷洋一
所在地 〒093-8555
北海道網走市南6条東4丁目
外部リンク 網走市
北緯44度01分11秒東経144度15分31秒
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網走市(あばしりし)は、北海道オホーツク総合振興局管内にあるで、振興局所在地である。

市名の由来については、古アイヌ語で「チパ・シリ」(幣場のある島)と呼ばれていたものが言語の変遷と共に元の意味が忘れられ、「チ・パ・シリ」(我らの見つけた地)と転じ、さらに「ア・パ・シリ」(我らの見つけた地)と転じた、とされる。(チ、アはどちらも“我ら”の意)

地名由来の説は複数あり、他にも「アパ・シリ」(入り口の地)という説もある。日本の市町村をアルファベット順に並べると、当市 (Abashiri)が一番初めになる。

目次

地理

ファイル:Abashiri01.JPG
市街地の街並み

オホーツク総合振興局管内東部、北見市から東に約50kmの位置にある。オホーツク海に面する。高い山はなく、丘陵地が多い。市街は網走川河口付近と、その南に続く海岸段丘上の平地に広がる。北西部に能取湖、中部に網走湖、東部に濤沸湖があり、それぞれ網走国定公園の一部である。

気候

一年を通じて晴天が多く、年間降水量・降雪量は少ない。海に面するため寒暖差も少なく、北海道東部としては比較的温暖な気候である。

人口

ファイル:Demography01211.svg
網走市と全国の年齢別人口分布(2005年) 網走市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 網走市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
網走市(に該当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 / 国勢調査

歴史

  • 1798年(寛政10年) - 谷口青山の「自高島至舎利沿岸二十三図」の第二十二図にアバシリ沿岸および番屋が描かれる。
  • 1812年(文化9年) - 藤野喜兵衛、アバシリ川河口右岸に弁天社を創祀(祭神は弁才天、のちに町民が譲り受けて厳島神社となる)。
  • 1857年(安政4年)5月 - 網走初のストーブ(宗谷製)、毛布、コーヒー使用。
  • 1858年(安政5年) - 松浦武四郎、アバシリ川を溯り『戊午日誌』(西部安婆之利日誌)を著わす。
  • 1864年(元治元年) - 藤野家、アバシリ川河口右岸に稲荷社を創祀(明治28年にオショップに移築)
  • 1869年明治2年) - トーマス・ブラキストンが来網、ポンモイの柱状節理を見る。
  • 1871年(明治4年) - アイヌが全て平民に編入され、身分上の差別を撤廃。
  • 1872年(明治5年)
    • 3月 - 北見国網走郡の名が与えられる(網走市の開基)。アバシリ村が設置される。
    • 9月 - 官立病院が設けられる。
  • 1873年(明治6年)7月20日 - アバシリ村に開拓使根室支庁網走出張所を置き、紋別・常呂・網走・斜里の各郡および釧路国網尻郡を所轄、紋別郡に分局を置く。
  • 1875年(明治8年)5月24日 - 漢字をあてて、網走村となる。
  • 1876年(明治9年) - アイヌに苗字をつけさせ、待遇上の差別を取り除き、特別保護を廃止。
  • 1881年(明治14年)11月15日 - 網走村網走川河口部右岸に市街地を区画し「北見町」と命名、宅地の払い下げ開始。
  • 1882年(明治15年) - 町田孫六が川向の橋のたもとを開墾し、網走で初めて専業農家を始める。馬鈴薯、大根、麻など。
  • 1884年(明治17年) - 宮部金吾、クルマトマナイ[1]うるし樹林発見(安政6年前後に宮崎三右衛門によって会津から移植されたものと推定)。
  • 1890年(明治23年) - 釧路集治監網走分監、網走囚徒外役所(現在の網走刑務所の前身)が開設
  • 1891年(明治24年) - 集治監の収容者の強制労働により北見方面への道路が開通
  • 1897年(明治30年)
  • 1902年(明治35年) - 網走郡網走村、北見町、勇仁村(いさに)、新栗履村(にくりばけ[2])を合併し2級町村制施行、網走郡網走町となる。
  • 1906年(明治39年)1月21日 - 私設網走図書従覧所開設。
  • 1908年(明治41年)8月14日 - 広島県厳島神社分霊を迎えニクル[3](桂町)に網走神社創祀。
  • 1910年(明治43年) - クルマトマナイ[1] の造園工事で応永の年号のある板碑発見。
  • 1913年大正2年)
    • 9月3日 - 米村喜男衛が来住、理髪業(米村バーバーショップ)のかたわら、網走地方の考古学的調査や研究を開始する。
    • 12月 - 電話交換業務開始。
  • 1915年(大正4年)
  • 1917年(大正6年)10月1日 - 能取岬灯台が完成、初照射。
  • 1921年(大正10年) - 女満別村(現・大空町)を分村。
  • 1922年(大正11年)7月16日 - 皇太子裕仁親王が網走町を訪問、網走 尋常高等小学校に宿泊。
  • 1925年(大正14年)
  • 1926年(大正15年) - 大字北見町などの旧町村名を廃し、市街地に条・丁目制施行。
  • 1931年昭和6年) - 女満別町との境界線を変更。
  • 1938年(昭和13年)2月20日 - 網走町の字名・字界・地番・南北条・東西丁目を一斉改正。
  • 1942年(昭和17年)10月 - 網走水産指導所を設置(後の網走支場)
  • 1945年(昭和20年)7月15日 - 米軍機、網走を空襲(網走地方の犠牲者14名)
  • 1947年(昭和22年) - 東藻琴村(現・大空町)を分村する。市制施行し、網走市となる。
  • 1947年(昭和22年)4月30日 - 戦後初の統一地方選挙で中川イセ(本名:いせよ)が、初の女性議員として網走市議会議員に当選。
  • 1948年(昭和23年)11月 - 網走水産指導所を新築(網走支場)
  • 1954年(昭和29年) - 中川イセの熱心な働きかけにより、武田時宗が大東流合気柔術の大東館道場を設立(「大東流合気武道」と名称を改め、宗家に就任)。
  • 1956年(昭和31年)6月1日 - 網走市オホーツク水族館が開館。
  • 1960年(昭和35年)
    • 2月 - 北海道中央水産試験場(網走支場)にて、冷凍すり身技術(多水性魚肉の蛋白変性防止法)が開発される。
    • 5月1日 - 網走観光株式会社の「網走熱帯植物園」が緑町に開業。
  • 1963年(昭和38年)7月21日 - 日本で観測できた20世紀最後の皆既日食北海道余市高等学校の1年生だった毛利衛が体育祭をさぼって網走で日食を観察、後に「この体験が科学者になろうと決めた原点。ここから宇宙飛行士への道が広がった」と語る。
  • 1964年(昭和39年) - 魚肉協会技術研究所、網走市に設置。
  • 1971年(昭和46年)9月20日 - 網走熱帯植物園が経営不振で閉園。
  • 1989年平成元年)
  • 1991年(平成3年)
  • 1993年(平成5年)12月2日 - 大東流合気武道宗家の武田時宗が死去。
  • 1996年(平成8年)5月1日 - 医療法人網走脳神経外科病院が法人名を「医療法人明生会」に改称。
  • 2002年(平成14年)8月31日 - 網走市オホーツク水族館が閉館。
  • 2007年(平成19年) - 3月末時点の人口が、市制施行以来初めて4万人を割り込む(39,983人)。翌月末に4万人台に回復。
  • 2008年(平成20年)

行政

歴代市長

氏名 就任年月日 退任年月日 生没年月日
代理 大島 光雄
(おおしま みつお)
1947年(昭和22年)2月11日 1947年(昭和22年)4月4日
初代 吉田 栄吉
(よしだ えいきち)
1947年(昭和22年)4月5日 1955年(昭和30年)4月29日
2代 有末 三郎
(ありすえ さぶろう)
1955年(昭和30年)4月30日 1959年(昭和34年)4月29日
3代 遠藤 熊吉
(えんどう くまきち)
1959年(昭和34年)4月30日 1963年(昭和38年)12月20日 1912年(大正元年)12月28日
4代 佐藤 忠吉
(さとう ちゅうきち)
1964年(昭和39年)2月2日 1974年(昭和49年)10月17日 1913年(大正2年)2月28日
 - 1974年(昭和49年)10月17日
5代 安藤 哲郎
(あんどう てつお)
1974年(昭和49年)12月1日 1998年(平成10年)11月30日 1926年(大正15年)3月1日
 - 2009年(平成21年)7月4日
6代 大場 脩
(おおば おさむ)
1998年(平成10年)12月1日 2010年(平成22年)11月30日 1937年(昭和12年)5月26日
7代 水谷 洋一
(みずたに よういち)
2010年(平成22年)12月1日 現職 1963年(昭和38年)4月8日

行政機関

  • 北海道立網走水産試験場

国の機関

経済

金融

かつての網走市は12もの金融機関をもっていたが、経営破綻や撤退の動きもあって現在では8つにまで減少した。

現在もある金融機関

かつて置かれていた金融機関

農協・漁協

  • オホーツク網走農業協同組合(JAオホーツク網走)
  • 網走漁業協同組合
  • 西網走漁業協同組合

産業

ファイル:Abasirinooka.JPG
網走の丘、じゃがいも畑の風景

農業

漁業

観光

  • 冬には流氷が見られるほか、観光砕氷船が運航される。
  • 3月下旬から5月初めの流氷が去る時期で、気温が急激に上昇する時、流氷の上位蜃気楼である「幻氷」を見ることができる。

特産品

立地企業

商業施設

かつてはラルズプラザがあった南4条通りが網走の商業の中心であったが、ここ数年は駒場地区に大型店が集中し、駒場周辺が商業の中心となっている。ラルズプラザは2009年平成21年)4月23日をもって閉店した。

駒場ショッピングタウン「アルサキット」とその周辺にあるもの

「アルサキット」以外で駒場周辺にあるもの

中心市街地にあるもの

公共機関

警察

消防

郵便

  • 網走郵便局日本郵便網走支店併設)
  • 浦士別郵便局(日本郵便網走支店浦士別集配センター併設)
  • 卯原内郵便局
  • 呼人郵便局
  • 藻琴郵便局

宅配便

医療

主なもの

姉妹都市・提携都市

海外

国内

地域

教育

ファイル:Maruman-shogakko.jpg
旧丸万小学校(木造)白鳥台小学校に統合

交通

空港

港湾

鉄道

かつては湧網線(網走市内の駅:能取駅 - 中能取仮乗降場 - 北見平和駅 - 卯原内駅 - 二見中央仮乗降場 - 二見ヶ岡駅 - 大曲仮乗降場 - 網走駅)、東藻琴村営軌道が通っていたが、現在は廃止されている。

バス

タクシー

  • 網走市エリアの管轄

主なタクシー会社

  • 網走ハイヤー
  • 網走北交ハイヤー

道路

ファイル:Abashiri Michinoeki3.JPG
道の駅流氷街道網走

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

文化財

国の史跡

国の名勝

  • 天都山[1938年(昭和13年)12月14日指定]

網走市指定文化財

  • 永専寺山門[1979年(昭和54年)2月10日指定]
  • 鱒浦稲荷神社絵馬[1979年(昭和54年)2月10日指定]
  • 網走神社絵馬[1979年(昭和54年)9月10日指定]
  • ポンモイ節理[5][1983年(昭和58年)3月5日指定]

国の登録有形文化財

  • 博物館網走監獄教誨堂[2005年(平成17年)7月12日登録]
  • 博物館網走監獄五翼放射状平屋舎房[2005年(平成17年)7月12日登録]
  • 博物館網走監獄二見ヶ岡農場[2005年(平成17年)7月12日登録]

文化施設

自然景勝地

公園

  • 北海道立オホーツク公園 オートキャンプ場てんとらんど
  • 桂ヶ岡公園

その他観光スポット

社寺

イベント

1月

  • 網走湖ワカサギ釣り 
  • 流氷観光砕氷船おーろら運航(3月まで)
  • 北の新大陸発見!あったか網走(3月初旬まで。網走湖畔)

2月

  • あばしりオホーツク流氷まつり(上旬 - 中旬)
  • オホーツク屋台村(上記流氷祭りと同時期)
  • オホーツク歩くスキーの集い

5月

  • 名勝・天都山さくらまつり(上旬)

6月

  • でっかいどうオホーツクマーチ(北見市・網走市)

7月

  • インターナショナルオホーツクサイクリング(雄武町・興部町・紋別市・湧別町・佐呂間町・北見市・網走市・小清水町・斜里町)
  • 網走感動朝市(中旬 - 10月上旬) 
  • あばしりオホーツク夏まつり(下旬)
  • オロチョンの火祭り(下旬)
  • ホクレンディスタンスチャレンジ網走大会 
  • 道の駅「流氷街道網走」夕市まつり(下旬 - 8月上旬)

8月

  • 網走ラグビーフェスティバル(上旬)

9月

  • 七福神まつり(上旬)
  • さんご草まつり(中旬)
  • フラワーガーデン「はな・てんと」まつり(下旬)
  • 網走一番!秋祭り
  • てんとらんど感謝祭

10月

  • モヨロの夜祭り〜カムバックサーモンin網走湖
  • 感動の径(みち)ウォーク

網走を舞台とした作品

マスコミ

出身の有名人

芸術

スポーツ

その他

  • 鴫原正世(光塩学園女子短期大学学長)
  • 大内東(北海商科大学教授)
  • 中山幸子 (昭和50年のミス・ユニバース日本代表)

民族

脚注

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参考文献

歴史書

  • 佐藤久発行・佐藤紘一編集『網走大鑑 昭和48年版』(網走新聞社、1972年11月05日発行)
  • 網走小史編集委員会編集・ぎょうせい監修『新網走小史』(網走市総務部、1987年12月30日発行)
  • 網走小史編集委員会編集『新網走史年表』(網走市総務部、1987年12月30日発行)

関連項目

外部リンク

行政
観光