聖飢魔II
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| 聖飢魔II | |
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ファイル:Japan Expo 2010 - Concert Seikima-II - P1470363.jpg Japan Expo2010で催されたミサの様子 | |
| 基本情報 | |
| 出身地 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| ジャンル |
ロック ヘヴィメタル |
| 活動期間 |
B.D.16年 - D.C.1年 D.C.7年 D.C.12年 (A.D.1982年末 - 1999年末、2005年、2010年) |
| レーベル |
FITZBEAT アリオラ・レコード (BMG JAPAN) avex entertainment |
| 共同作業者 |
レクター・H伯爵 (キーボード) 怪人松崎様 (キーボード) |
| 公式サイト | SEIKIMA-II.COM |
| メンバー | |
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デーモン小暮閣下 (ボーカル) エース清水長官 (ギター) Sgt. ルーク篁III世参謀 (ギター) ゼノン石川和尚 (ベース) ライデン湯沢殿下 (ドラムス) | |
| 旧メンバー | |
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ダミアン浜田殿下 (ギター) ジェイル大橋代官 (ギター) ゾッド星島親分 (ベース) ジード飯島大将 (ドラムス) ジャギ古川CAP (ドラムス) ジャントニオババヤシ (ギター) ガンダーラ金子 (ギター) 魔女RYO子嬢 (キーボード) | |
聖飢魔II(せいきまつ、英表記:SEIKIMA-II、SEIKIMA II、海外公演の際にはTHE END OF THE CENTURY)は、日本のヘヴィメタルバンド。
公式プロフィールや彼らの発言によれば、音楽を媒介にして悪魔教を布教するために組織された「教団」であると主張しているが、宗教法人法に基づく宗教法人ではない。目的は地球征服を完遂して解散すること(そしてデビュー時に解散の日時を明言していた)。また各構成員(メンバー)は地獄から来た悪魔だとしている。創始者はダミアン浜田地獄皇太子殿下(現サタン45世大魔王陛下)。
なお、Wikipediaでは敬称を省くのが原則であるが、聖飢魔II各構成員は閣下・殿下といった敬称や長官・参謀などの役職名までを含めて正式な芸名とされている者がおり、またそれ以外の構成員も同様の要素が多分にあるため、本項及び聖飢魔II関連項目ではあくまで芸名の一部として、敬称・役職名を省かずに取り扱う場合がある。
目次 |
名称について
名称は「聖なる物に飢えている悪魔がII(ふたた)び蘇る」の略とされている。発音は「世紀末」と同じであり、「せいきまツー」と伸ばすのは誤り。また、II(ツー)を冠しているが、聖飢魔 I(ワン)は存在しない。
概要
人間界への進出
1982年(魔暦紀元前16年)12月末に結成。1983年(魔暦紀元前15年)3月23日に初黒ミサ(コンサート)を行う。 1985年(魔暦紀元前13年)に大教典(アルバム)『聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる』でCBSソニー(FITZBEATレーベル)から地球デビューし、翌年に発売した小教典(シングル)『蝋人形の館』の大ヒットで一躍有名になる。デビュー時の公約では1999年(魔暦元年)7月で活動を終えるはずだったが、事情を知らないマネージャーがその後の予定を入れてしまったために解散を延期。1999年12月31日23時59分59秒、「地球征服を完了した」として解散し、光の中に消えていった。
デビュー当初は、バンドのコンセプトに沿った奇異な外見や、デーモン小暮閣下らによる独特のパフォーマンスで世間の話題を集めた。赤色や金色に染めて逆立てたヘアスタイル・歌舞伎の隈取り風の顔の模様(本人たちによれば、それが素顔であり、メイクではない)や、少女を蝋人形にするといった過激な歌詞、ヘヴィでラウドな演奏などである。黒ミサでは、キッスばりの火吹きや血吐き(血を模したものを口から吐き出す)またはその逆の血飲みも披露した。同じソニー系列のレコード会社に所属していた米米CLUB、爆風スランプと合わせて「ソニー三大色物バンド」と呼ばれていた時期もある。
聖飢魔IIの地獄
聖飢魔IIのやってきたとされる地獄は、神に反逆したサタンと彼の系譜から生じたデーモン一族など悪魔たち、および協力者である「天地共通の凶神」雷神族などの住むとされる世界である。君主制が取られ、サタンの血筋が代々大魔王として統治している。
聖飢魔II活動当時の地獄大魔王はサタン44世陛下である。サタン44世陛下は魔暦紀元前13年、聖飢魔II地球デビュー直前に一時危篤に陥ったことがあり、もしもの事態の皇位継承などに備え、実子であるダミアン浜田地獄皇太子殿下が聖飢魔IIを脱退、地獄に帰獄することとなったが、その後無事回復した。のち、魔界追放となったジェイル大橋代官の特赦を執行している。 そして地球征服完了後、ダミアン浜田殿下はサタン44世陛下より譲位され正式に大魔王サタン45世として即位した。以降、聖飢魔IIの作品(復活祭ミサCDやDVDなど)のスタッフ欄の最後は「Say Banzai To His Majesty Damian Hamada」の文で締め括られるようになる。
いかなる世界であるのかについて言及は多くないが、構成員の発生地としてビターバレー、ゴッズドアなどの地区が存在することが語られている(しかしこれは人間としての出身地をもじった一種の言葉遊びである)。魔暦紀元前9年、白い奇蹟で歌のトップテンに出演した際にデーモン小暮(当時)が「地獄に夏はない」という発言をしており、季節が存在しない世界であることがうかがえる。このほか冗談画報において「電話回線とかそういうものはない」という発言もあった。また、「吸血鬼は魔界でも下級の種族だ」と雑誌媒体においてデーモンが発言したこともあり、吸血鬼が存在することが語られている。この発言に見られるように魔界と呼ばれることも多い。
中央情報局長官、大将などの称号を持つ聖飢魔IIメンバーの存在から比較的近代的な官僚組織、軍隊などが存在することが見て取れる。また一方で地獄最悪刑務所拷問官という役職から刑務所で拷問が行われているという前近代的な一面もうかがえる。これら臣僚の最高位として、閣下の敬称を付される副大魔王の存在が確認されている。先代の地獄副大魔王はデーモン小暮。現副大魔王は不詳。皇太子のダミアン浜田殿下は摂政職に就いていたとのことであるため、序列は大魔王>摂政>副大魔王であるとみられる。 また協力者である雷神族はライデン湯沢の役職について「雷神の息子」とのみ称されていることから、実権を伴う役職からは外されていると見られるが(将来雷神の位を継ぐため悪魔の世界の役職には就いていない可能性も高い)、「殿下」の称号と公家の身分を与えられており身分上は優遇されているようである。
このように、聖飢魔IIのいう地獄とは悪魔が征服、実行統治している世界のため、一般における地獄とは名前こそ同じだが別の世界と考えられる。キリスト教や仏教等の一般的な大宗教では地獄は悪人に懲罰を与えるために神々が用意、支配している世界であり、悪魔が支配する世界ではないためである。構成員らが地獄と並行して使用する「魔界」の方が一般的認識と近いと言える。
なお、デーモン閣下の英語オフィシャルサイトの用語解説ページでは魔界と地獄がそれぞれ別項目として併記され、魔界は「悪魔たちが住む世界」、地獄は、「魔界の一部である」との言及がある。
「地球征服作戦」の展開
一時的な人気で終わりそうなキャラクターだったが、その多岐にわたる活動や高い歌唱・演奏レベル、エンターテイメント性を以って、14年3ヶ月の長きに渡り活動を継続し、幅広いファン(信者と呼ばれる)を獲得した。リーダーにしてボーカルのデーモン小暮閣下がテレビタレント的な才能に恵まれていたこともあり、音楽番組以外のバラエティ番組などにも積極的に出演し、それまでいかなるヘヴィメタルグループも成し得なかった功績・すなわち「ヘヴィメタルをお茶の間に浸透させること」に成功した。
音楽的には、初期の典型的な悪魔的世界観に基づいたヘヴィメタルやバラードから、後期にはハードロックや明るい曲調のポップなロックまで、そつなくこなすようになった。
1989年には『白い奇蹟』でNHK紅白歌合戦に出場。これはメタル系バンドとして史上初である。この年、武道館ミサ(公演)もこなし、ベスト(極悪集大成)盤『WORST』がオリコン週間アルバムチャート第1位を記録。これは当時のロックバンドとして珍しいことであり、そしてヘヴィメタルバンドとしては初として話題になった。このベスト盤はロング・セラーとしても長くチャートに留まった。聖飢魔IIの中で一番売れたアルバムである。 聖飢魔IIのアルバムは、ソニー時代の1990年迄に発売されたものは廃盤が多いが、このアルバムはその中には入っていない。
- ソニー時代の廃盤事情
- 2枚目『The End Of The Century』(1986年発売)
- 3枚目『地獄より愛をこめて』(1986年発売)
- 4枚目『Big Time Changes』(1987年発売)
- 7枚目『有害』(1990年発売)
- 彼らのアルバムのフォーマットは、1988年のアルバム(5枚目)まで、CDよりもLPの方が売れていた(1988年にデビュー・アルバムがCD化されている)。
1997年には、契約プロダクションを吉本興業へ移す。 1998年には「ふるさと 総・世紀末計画」と題した大規模な日本全国征服計画を遂行した。 その内容は、全国47都道府県でのミサツアーと、地元企業のCMにノーギャラで出演し、日本を征服することだった。
地球征服完了
1999年には年末の三日間に渡って究極の解散黒ミサを行い、聖飢魔IIは地球征服を全うして解散する。 これに伴い、任務を完了したデーモン小暮は魔界において新たな地位を獲得(それ以前は前副大魔王であり無官)、以後「デーモン小暮閣下」と名乗るようになる。
その後
2005年11月-12月、地球デビュー20周年を記念し期間限定で再集結し、大黒ミサツアーを敢行した。
2009年7月より、地球征服10周年としてセルフカバー、AKUMA NATIVITY “SONGS OF THE SWORD”を世界21カ国で配信。日本では9月16日に大教典として発表。なお、最終構成員の内、エース清水長官はface to aceに専念するため参加しないことを自身のブログで公表[1]。ギターにはジェイル大橋代官が参加することとなった。[2]。
来歴
結成〜地球デビュー
1982年12月末、早稲田大学フォークソングクラブ(WFS)にて、ダミアン浜田地獄皇太子殿下を中心に結成された(当初のバンド名は、『は は は はまださんバンド』)。
オリジナル構成員は、ダミアン浜田地獄皇太子殿下(リーダー、ギター)、デーモン小暮閣下(ボーカル)、エース清水長官(ドラム)、ゾッド星島親分(ベース)である。のちに魔女RYO子嬢がキーボーディストとして参加(第二期まで在籍したが、1ヶ月程度で脱退)。この時期が第一期聖飢魔IIとされる。
1983年9月 - 10月にかけて、第一次悪魔事異動が行われ、エース長官は一度脱退し、二代目ドラマーとしてジード飯島大将が参加、第二期聖飢魔IIとなる(1983年9月 - 1985年3月まで)。
1984年3月、結成1周年を記念して行われる予定だったミサは、ダミアン殿下の突然の帰獄のため急遽「聖飢魔II解散ミサ」となった。しかし解散が決まる前に応募していたコンテストに勝ち進んでいたことを理由に、何とか存続している状態が続くことになった。
残されたデーモン閣下・エース長官・ジード大将は、後の構成員Sgt.ルーク篁III世参謀とともに紫馬肥という新たなるバンドの活動を始めていたが、その直後にダミアン殿下が1年の猶予で復帰したことにより、解散は撤回された。その後、ダミアン殿下からデーモン閣下に統帥権の移行・即ちリーダーの交代が漸次行われた。
1984年6月、マツダカレッジサウンドフェスティバル(MCSF)に出演。このとき見に来ていた丸沢氏が聖飢魔IIを目に留め、CBSソニーのオーディションに誘っている。
エース長官は第二期聖飢魔IIでは初代ドラマーからギタリストに転向して再参加、再脱退。1984年8月、エース長官再脱退後に一時期参加していたジャントニオババヤシの後続のギタリストとして、再々参加する。
1984年9月頃、CBSソニーのオーディションで決勝まで駒を進め特別賞を獲得。やがて地球デビューが決まる。
1985年2月18日、王位継承ミサによりダミアン殿下脱退。後続ギタリストとしてガンダーラ・サンゲリア・チグリス・ユーフラテス金子が参加した。
ジード飯島もこの時期に脱退し、後続のドラマーとしてジャギ古川が参加。ジャギ古川の在籍した3ヶ月ほどの期間が第3期聖飢魔IIとされる(1985年3月 - 1985年6月まで)。
地球デビューに向けたオーディションの結果、1985年6月にジェイル大橋代官とライデン湯沢殿下が加入した。この悪魔事異動により、地球デビュー構成員が固まる。これが第4期聖飢魔IIとされる。
9月に地球デビュー大教典『聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる』を発布(発売)する。 同アルバムは、ヘヴィメタル専門誌BURRN!においてレビュー史上初の『0点』をつけられた。タイトルの「ヘヴィメタる」に象徴されるバンドのコンセプトに対して、評者が「(神聖なる)ヘヴィメタルをコケにした」と反発した為である。(レコーディングが別ミュージシャンによって行われたと聞いて、編集長酒井康が怒ったというのが真相)
1986年4月、小教典『蝋人形の館』と、大教典『THE END OF THE CENTURY』を同時発布する。 (蝋人形の「蝋」の字は正しくは蠟(U+881F)であるが、一部の日本語環境では表示できないため、以後本文中では基本的に「蝋」と表記する) 「ザ・ベストテン」出演などで注目を集め、大教典はオリコンチャート5位を記録し、小教典は初登場17位ながら30万枚をこえる大ヒットとなり、売り上げ以上に一大ムーブメントとなる。バンドのキャラクターグッズやゲームソフト「聖飢魔II 悪魔の逆襲」が発売されるほどだった。ちなみにファミコン版のBGMはオリジナル曲だが、MSX2版「聖飢魔IIスペシャル悪魔の逆襲」では「EL・DO・RA・DO」や「アダムの林檎」などの、聖飢魔IIの曲が採用されている。
地球デビュー後の悪魔事異動
この大ブレイクを受け、「夕やけニャンニャン」や「森田一義アワー 笑っていいとも!」などへの出演など、多くのレギュラー番組を持つようになった。
そんな中、ゾッド親分が、自らの演奏テクニックの不足を理由に1986年6月に脱退、代わりにゼノン石川和尚が加入する。この悪魔事異動により、第5期聖飢魔IIとなる。
ゼノン和尚は、フュージョン系バンドに所属していたため、聖飢魔IIからメンバーへの声がかかった時、相当意外だったという。彼はゾッド親分のベースの師でもあったテクニシャンである。
ゼノン和尚が加入した翌月、デーモン閣下が岡山・蒜山高原での野外ライブ中にステージ上のテントから飛び降りた際に足を骨折する大ケガを負うアクシデントが発生。このためいくつものミサ、テレビ出演が延期や中止となった。ライブは最後まで成し遂げられたが、閣下はケガのために鳥取県米子市の病院に担ぎ込まれ、そこで足の手術(閣下は「改造手術」と呼んでいた)を受けた。ちなみにこの時閣下は悪魔の姿のまま病院に担ぎ込まれ、当時まだデーモン閣下を知らない一般の人達が多かったこともあって病院は騒然となったという。
そんな中、第3大教典『地獄より愛をこめて』の制作をスタートさせる。前2作は、聖飢魔II創始者であるダミアン浜田殿下作曲によるデビュー前の遺産を中心に収録されていたが、この教典の楽曲のほとんどはジェイル代官による作曲である。ジェイル大橋はこの第3大教典で、作曲者として数々の曲を残し、これをステップにして原点であるロックンロールでの全世界デビューを実現すべく、1987年1月に聖飢魔IIを脱退し、渡米する。その後1995年、1999年(両サタン・オール・スターズというイベント)、2005年には、ジェイル大橋代官として聖飢魔IIのミサにゲスト参加する。
ジェイル代官脱退後の1987年2月、早くも後任のギタリストが決定した。デビュー前のギタリストオーディションでは、ジェイル代官とどちらを採用するか悩んだとされる、紫馬肥(むらさきうまごやし)のギタリスト、Sgt. ルーク篁III世参謀である。この悪魔事異動により聖飢魔IIは第6期を迎え、以後解散まで悪魔事異動は行われなかった。
そして、1987年に入り小教典『EL・DO・RA・DO』を新ラインアップで新録し、再出発を果たす。この曲は最後の最後まで聖飢魔IIの大黒柱的楽曲として機能していた。
また、11月に発布した大教典『BIG TIME CHANGES』では、ルーク参謀の加入によるバンドの変化が如実に現れていた。ギターのエース長官とルーク参謀を中心に各構成員が作曲をするようになり、これまでの「ヘヴィメタル」とはジャンル分けし難い幅の広い音楽性を持つロックバンドとなっていった。
更なる飛躍
再出発を果たした聖飢魔IIは、新規信者を獲得していくことを目指して、シンセサイザーを大胆に導入した小教典『STAINLESS NIGHT』を発布し、スマッシュヒットを記録する。
その後、プロデューサーにレベッカの土橋安騎夫を迎え、大教典『THE OUTER MISSION』の製作に着手し、これに先駆けて発布された『WINNER!』は自己最高の売り上げを記録した。
年末に発布された『THE OUTER MISSION』は、オリコン7位を記録し、売り上げ面でも好調だった。
1989年に入り、上半期は音楽活動をしていなかったが、8月に発布された小教典『白い奇蹟』は初のバラード小教典で、大ヒットを記録する。
翌月発布された極悪集大成盤(いわゆるベストアルバム)『WORST』は、オリコン1位を記録した。これはヘヴィメタルを標榜するグループでは初めてである。
また、年末には第40回NHK紅白歌合戦にも出演した。
爆裂聖飢魔IIと海外公演
1990年、『白い奇蹟』に続きバラード小教典『BAD AGAIN 〜美しき反逆〜』を発布し、TV CMでも使われた。
同年、アルバム『有害』をリリースする。
バラードが2曲続いた反動でハードロック路線の教典となった。プロモーションビデオは香港で撮影された。宣伝ポスターはスラム的風景が広がる九龍城において撮影されたものが使用され、初期の悪魔的世界観への回帰を感じさせた。
1991年夏、期間限定のバンド爆裂聖飢魔IIとしてシングル『夏休み』をリリースする。爆裂聖飢魔IIのメンバー名の頭には「爆裂」が付き、衣装は蛍光色を用いた派手なものだった。爆裂聖飢魔IIとしてミュージックステーションに出演した際にはデーモンが「爆裂聖飢魔IIだ」を連呼し普段と違うことを強調した。
結局、爆裂聖飢魔IIとしてのリリースはこの1枚だけだったが、デーモン閣下はこの時の衣装を解散後にもよく使用している。
さらには、映画主題歌となった『赤い玉の伝説』をリリースし、ヒットを記録する。
また同年、初の海外公演としてニューヨーク、ロンドン、セビリアにおいてもミサを行い、うちロンドンとスペイン公演は、活動絵巻教典『実録!欧州非常事態宣言』に、ロンドン公演だけは大教典『LIVE! BLACKMASS IN LONDON』に収められている。
なお、MCや歌詞の一部は、現地の言葉による。
このライブがきっかけで、アメリカのレーベルからオファーが来たが、そのプロダクションが倒産してしまったため、この話は流れた。
またこの前後には、構成員全員が毎週レギュラー出演するラジオ番組「聖飢魔IIの電波帝国」の放送がスタートしている(文化放送制作)。
原点回帰〜サタン・オール・スターズ
この時期、聖飢魔IIの活動の合間を縫って全員がソロ活動を行い、それぞれCDも発表している(ソロ活動に関してはデーモン小暮閣下、ACE、ルーク篁、RXを参照)。
1992年、アニメビデオ『HUMANE SOCIETY 〜人類愛に満ちた社会〜』とそのテーマ曲『正義のために』を発布。また、悪魔的な世界観に回帰し、12曲中10曲で人が死ぬ大教典『恐怖のレストラン』を発布。「殺人教典」とも呼ばれ、あまりにも過激な内容のため、NHKから出演禁止処分を受けてしまう。ただし、これはアルバムの内容上、聖飢魔IIはさすがに折り込み済みだったらしい。
また、同年夏にブラバムF1チームのスポンサーになった。これは同年途中より、同チームのドライバーに、閣下と同じ名前のイギリス人ドライバーのデーモン・ヒルが起用されたことが縁でスポンサーになったものである。ただし援助も空しく、ブラバムは資金難のため年度途中で撤退。マシンの開発資金も乏しく、予選突破も困難な体制で、閣下の絵が描かれたマシンが決勝レースを走ったのはわずか1レースだった。なお、デーモン・ヒルはその後ウィリアムズ・ルノーに移籍し1996年には見事、F1世界征服(チャンピオン)を果たした。ただし、ヒルのファースト・ネームのスペルはDamon(デイモンが近い)であり、悪魔を意味する閣下のDemon(ディーモンが近い)とは実際には意味も発音も異なる。両者とも日本語発音ではデーモンに変換されてしまう日本ならではのコラボレーションといえる。
1993年には「ロックオペラ ハムレット」に出演。そのエンディングでは出演者一同、聖飢魔IIの『世界一のくちづけを』を演奏した。
さらに、デーモン閣下のCM(フジカラー写ルンですやローソンなど)が評判となり、閣下はタレントとしても充実した時期を送っていた。
1994年夏、ロンドンのアビー・ロード・スタジオでレコーディングされた大教典『PONK!!』を発布。プロデュースにはルーク参謀も加わっている。ポルカやフォークソングなど、それまでの聖飢魔IIにはない楽曲が収録されていた。
なお、このアルバム制作当時はディレクターの交代、デーモン閣下のスキャンダル報道など、バンドとしては非常に混沌とした時期だった。ソニーからのオリジナルアルバムのリリースは今作が最後となった。
1995年には地球デビュー10周年記念として、過去の構成員であるダミアン浜田殿下、ジード飯島大将、ゾッド星島親分、ジェイル大橋代官が復活しTHE SATAN ALL STARSというミサツアーが行われた。この模様は活動絵巻教典『オール悪魔総進撃! THE SATAN ALL STARS』に収録されている。
また、この頃に公式ウェブサイトを立ち上げており、デーモン閣下によると、日本で最初に公式ウェブサイトを立ち上げたアーティストが聖飢魔IIだという。
そして新たな所属レコード会社を探すこととなる。
BMGへの移籍
1996年、BMGに移籍した聖飢魔IIは地球デビュー前の曲『野獣』に続き大教典『メフィストフェレスの肖像』を発布した。このアルバムでは離れていった信者を呼び戻すべく、旧構成員ダミアン殿下とジェイル代官の楽曲を収録している。『GREAT DEVOTION』や『HOLY BLOOD 〜闘いの血統〜』といった、解散時や再集結時にも演奏された曲も収録されている。それまでを考えれば非常に低予算での制作で、仮録音のはずのテイクが多数本番に使用される、ジャケットも音楽もシンプルなスタイルとなった。
1997年、『NEWS』をリリース。悪魔云々というスタイルから脱却し、プログレッシブ・ロックにも通じる前衛性な手法も取り入れていた。なお、今作のブックレットと『PONK!!』のCDレーベル面には同じ人物の写真が使われているが、この人物については1999年12月31日のミサ中に明かされた。
また、本年には所属事務所を吉本興業に移籍し、「THE BRAND NEW BLACKMASS TOUR」というライブハウスでのツアーを行い、周囲を驚かせた。
1998年、解散を翌年に控えた聖飢魔IIはジョー・リノイエをプロデューサーに迎え『MOVE』をリリース。一般に聖飢魔IIというとイメージするようなヘヴィメタルの曲を一切含まない作品である。また、この時期デーモン閣下は金色の長髪を逆立てず、オレンジ色の比較的短めのおかっぱ頭をしていた。また、この髪をオールバックにすることもあった。
「ふるさと総世紀末計画」と題した全47都道府県に於けるツアー、および地方CM制作においての選曲は、この『MOVE』に収録されている曲が大半を占めた。
解散
地球デビュー当時からの予定通りに解散することを、1999年4月に改めて発表した。
4月にリメイク曲『蝋人形の館 '99』、5月に新録・新曲を含む本家極悪集大成盤『1999 BLACK LIST』、7月に新録を含む元祖極悪集大成盤『1999 BLOOD LIST』、11月にソロ活動のベスト盤『聖飢魔II 個悪魔活動大選抜』といったコンピレーション作品を多くリリースした。
10月には最終大教典『LIVING LEGEND』をリリースし、最後のツアー「THE FINAL BLACKMASS TOUR LIVING LEGEND」を行った。
また、最初で最後のディナーショー、「ONE NIGHT SPECIALバラードナイト地獄の晩餐」も行なった。
そして1999年12月29日から31日の3日間、東京ベイNKホール(千葉県 浦安市)にて究極の黒ミサTHE ULTIMATE BLACK MASSが開かれた。3日間メニューが異なり、全部で68曲が演奏された(ちなみにダブリ曲はたった2曲である)。
初日は演出に趣向を凝らし聖飢魔IIの歴史をシアトリカルに物語られるTHEATRICAL DAYとして日本舞踊家花柳鳴介と劇団☆新感線をゲストに迎えて行われた。
二日目はTHE SATAN ALL STARS' DAYとして過去の構成員のうち2名を除く新旧構成員全13名でミサを行った(その2名はビデオメッセージで登場)。
そして最終日はTHE DOOMSDAYとして、二幕構成による聖飢魔II史上最も多くの曲を演奏するミサが行われた。 このミサの最後1999年12月31日23時59分59秒、聖飢魔IIは光の中へ姿を消しデビューから約14年4か月の歴史にピリオドを打った。
期間限定再集結 (2005年)
2005年に、地球デビュー20周年を記念して年内限定で再集結した。 ちなみに、再集結の話は結成20周年となる2002年にもあったが流れ、2005年の再集結の発表は6月6日の悪魔の日に行われる予定だったが、スポーツ新聞のスクープにより6月2日になった。 永続的な活動をするための「再結成」ではなく、あくまでも期間限定の「再集結」である。
10月に着うたフルにて元メンバー6名が1曲ずつ持ちより配信小教典として新曲5曲を発表。これは2005年6月はじめの限定再集結発表の際には既にレコーディングされていたものである。デーモン閣下が同年3月から9月まで、全国放送ネットでデーモン小暮 ニッポン全国 ラジベガスという月-金曜日22時から24時まで放送の番組予定が入っており、咽の調子のために早めに録音されたからである。11月にNHK ポップジャムへの出演(オンエアは12月2日、演奏曲は『創世紀』と『SAVE YOUR SOUL 〜美しきクリシェに背をむけて〜』)した後、「聖飢魔II 地球デビュー20周年記念 THE LIMITED BLACK MASS TOUR D.C.7 恐怖の復活祭」(11月17日から12月26日までの11公演)と「聖飢魔II 地球デビュー20周年記念 THE SPECIAL BLACK MASS オールスタンディング処刑(一部を除く)」(12月10日から17日までの4公演)の2つのツアーを行った(。'一部を除くとなっている理由は、ライブハウス会場によっては二階などに座席があるためである。
ミサ会場の規模は、解散後の各々の構成員のソロ活動においての動員人数を合計するなどして決められたが、いざ発売日となると予想を遥かに凌ぐ売れ行きになり、結局は全会場即日ソールド・アウトとなった。急遽アリーナ規模での大幅な追加公演が予定されたが、日程が差し迫っていたこともあり、ほとんどの会場は空きが無いという状態であり、やむなく追加公演は12月26日東京国際フォーラム ホールAのみとなった。案の定5,012枚のチケットは瞬く間に売り切れ、前列の方の席はネットオークションで28万円まで釣り上がった。
なお、復活祭の全日程には最終構成員(および怪人マツザキ様)に加え、ホール会場限定ではあるがジェイル代官も参加した。さらに12月26日の追加公演にはゾッド親分も参加し、ゲストに水前寺清子が迎えられた(理由は後述)。
また、解散後には青から赤に変わっていたデーモン閣下の目元の色が青に戻っていたことが信者を大いに喜ばせた。
翌2006年4月29日25:20-26:00、再集結聖飢魔II最後のミサがNHK総合テレビジョンにて放送された後、既に発売されていたDVD「オールスタンディング処刑 THE LIVE BLACK MASS D.C.7」が、各レコード店において売上ランキングの上位を記録。新たな信者を獲得した。
セルフカバーアルバムの配信発布
再集結終了後は再び個々の活動に戻っていたが、地球征服10周年にあたる、2009年7月17日、聖飢魔II公式ウェブサイトにて、英語でのセルフカバーアルバム『AKUMA NATIVITY "SONGS OF THE SWORD"』が世界21カ国のiTunes Storeで7月15日より配信発布されることと、日本では9月16日にCDで発布されることが発表された。これは、世界的に活躍する静野孔文監督から欧米での発表を前提とするアニメーションでのコラボレーションの誘いを受けたのを機に制作されたもので、初回版にはその映像、通常版には新曲が収録されている。なお、エース清水(ACE)はface to aceの活動に集中するために聖飢魔IIの活動には参加しないことを自身のブログにて発表した。
期間限定再集結 (2010年)
2010年3月15日、地球デビュー25周年を記念して年内限定の再集結と、9月から11月にかけての日本国内黒ミサツアー日程が発表された。まずA-Kon 21!(現地時間6月4日、アメリカ合衆国テキサス州ダラス)、JAPAN EXPO(7月4日、フランスパリ)、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZO(8月13日、日本石狩)、VIVA!Korea Rock Festival(9月3日、韓国大明)と国内外のフェスに参加した。 その後、「〜地球デビュー25周年記念・期間限定再集結〜 聖飢魔II ICBM (Inter Continental Black Mass) TOUR」をスタートさせた。なお、当初発表されたのは9月18日の川口リリアホール公演から11月14日の中野サンプラザ公演までであったが、後に追加公演として12月11日・12日の東京国際フォーラム公演が発表された。最終日の12日には爆風スランプの一日限りの再結成コンサートが東京国際フォーラムCであり、ファンキー末吉からゼノン石川に「デーモン閣下出てくれないかな」と打診があった(当然断った)。だが、爆風スランプの開演前のMCをデーモン閣下が行う、爆風スランプのチケットを持っていれば聖飢魔IIのグッズ売り場まで通してくれるなど、計らいが行われていた。なお、2010年の活動については2011年3月から4月にかけてCDやDVDが発布された。
期間限定再集結 (2011年)
2011年7月から9月にかけて、前年の再集結ツアーの模様を上映した『聖飢魔Ⅱ ICBM TOUR ENCORE "3D映像(MOTION PICTURE)ライヴ"』ツアー(フィルムコンサート)が行われた。(7ヶ所11公演)ここでは3D映像とサウンドで大黒ミサが再現された。収益金は全額東日本大震災の義援金として寄付された。また、8月14日のZepp Sendai昼の部は東北のファンに少しでも楽しんでもらおうという意図により無料で開催された。
11月30日と12月1日にチャリティーミサ(ライヴ)『聖飢魔II Presents「Tribute to JAPAN」』を両国国技館で開催することが、9月22日に発表された。ミサには聖飢魔IIに賛同する日本のアーティスト達が結集して、今回特別に再集結した聖飢魔IIと共に出演する。本イベントの収益は「吉本興業(株)【よしもとあおぞら花月】」を通じ、日本赤十字社に寄付される予定。 (11月30日出演ゲスト:NOKKO、cali≠gari、MAN WITH A MISSION、12月1日出演ゲスト:氣志團、jealkb、ROOKiEZ is PUNK'D)
ジャパニーズメタルの中における聖飢魔II
日本において、1980年代前半までは一部のコアな洋楽ファン(ロックマニア)にしか認知されていなかったヘヴィメタル、ハードロック(HM/HR)という音楽ジャンルが、邦楽の音楽ジャンルとして一般に認識され始めたのは、当時若手バンドとしてシーンに登場した聖飢魔IIの活躍、ことにテレビやラジオといった電波マスコミへの積極的な露出の継続によるところが大きい。その一方で、その個性的なパフォーマンスやメディア露出については、音楽評論家の酒井康に代表される様な保守的なヘヴィメタル観を墨守するヘヴィメタルファンから解散まで一貫して激しく批判され続けることにもなった。この酒井の評論なども一因となり、聖飢魔IIは旧来のヘヴィメタルファンではなくJ-POPファンなども多分に意識した販売戦略を取ることになった。
だが、このマスコミへの積極的な露出とメタルファン以外にも繰り広げた積極的なアピールで獲得した知名度・ファンは、聖飢魔IIにとって貴重な財産となった。1990年代、ヴィジュアル系に巻き起こった大ブームの到来の裏でヘヴィメタルにはいわゆる「メタル氷河期」が到来し、1980年代に名を馳せたジャパニーズメタルの著名バンドですら次々と解散、あるいは活動が停滞するなど、日本のメタル業界がジャンル全体として総崩れの著しい凋落傾向に陥った。その中にあって、聖飢魔IIの様に多少の音楽スタイルの変化・所属レコード会社の移籍・セールスの減少があったとしても、曲がりなりにもメジャーシーンでこの1990年代をメンバーチェンジもなく耐え抜くことができたメタルバンドは数少ない。また、そもそも演奏をする場の確保にすら難義するメタルミュージシャンが当たり前に見られ、メジャーシーンを目指す若手のメタルバンドも大半がバンドの維持や演奏の場の確保などの都合からヴィジュアル系への転換を余儀なくされる状況となったこの時期に、ライブ活動でホール規模の会場をおおむね満員にすることが可能な集客力を持っていたという点でも稀少な存在であった。
構成員
最終構成員
- Guitar、地獄中央情報局長官(1982年12月 - 83年10月1日、83年10月28日 - 83年11月18日、84年8月18日 -)
- 初代ドラムとして参加、脱退したのちギタリストとして復帰
- face to aceにて、ACEとして活動
- 上記バンド専念のため、20周年ミサ以降の再集結には参加していない(脱退ではなく現在も正式構成員)。
- Guitar、地獄軍事局参謀 (1987年2月 - )
- CANTAにて、ルーク篁として活動
- Bass、地獄文化局長 (1986年6月 - )
- 加入当時は「博士」。
- RX(活動停止中)、N/Y Funk shot!!などで、石川俊介として活動(悪魔の頃の記憶がないらしい)
途中脱退した構成員
- ダミアン浜田(サタン45世)殿下
- ギター、創設者、地獄の皇太子殿下(1982年12月 - 1985年2月)
- 聖飢魔IIを結成した張本魔。数々の初期の曲を作曲するが、自らの実父たるサタン44世大魔王陛下危篤のため、地獄へ帰還。(卒業とともに数学教師になるため脱退。)
- 1995年、1999年のミサにゲスト出演している。96年に個悪魔大教典「照魔鏡」リリースしている
- バンド脱退後、数学教師・軽音楽部顧問で14年間勤務。
- ゾッド星島親分
- ベース 1982年12月 - 1986年6月
- 元地獄最高審問官閻魔 →ソニーレコードやZEPP SAPPORO支配人を経て、2005年11月9日にソロ・ミニ教典『メタル・ローズ』をリリース。現在は「かまし連発」にてベースを担当している。
- ジェイル大橋代官
- ギター 1985年6月 - 1987年1月
- 元地獄最悪刑務所拷問官(2009年7月に公式サイトに掲載されたプロフィールでは「帝国治安判事」になっている) →脱退後渡米し、Cats In Bootsを結成するも解散。帰国後THE OUTSIDERSを結成し、大橋隆志として活動。
- 2005年20周年再集結ミサでは友情参加。以降の再集結教典、ミサに正式参加している。
- ジード飯島大将
- ドラムス 1983年9月 - 1985年4月
- 地獄の皇太子殿下の衛兵。→現在は「かまし連発」にてドラムを担当している。
- キーボード 1983年9月 - 10月
- 聖飢魔II唯一の女性構成員。長い歴史の中、白地に黒の線で書かれた小さなイラストでしかその姿を見ることはできなかったが、1999年のTHE ULTIMATE BLACK MASS<THE SATAN ALL STARS DAY>において聖飢魔IIデビュー後、初めてその姿を披露した。華やかなピンクの髪を持つ細身の女性。現在は渋さ知らズにて、丸山涼子として活動している。
- ジャギ古川CAP
- ドラムス 1985年3月 - 6月
- 外資系保険会社勤務を経て保険マンモスを起業。代表を務める。
- ギター 1984年4月
- ギター 1985年1月 - 6月
- →ダミアン浜田の脱退と入れ替わりに加入。しかし数か月後に大魔王陛下から待ったがかかって地獄へ呼び戻されたとされる。
- 弟に元LA-PPISCHの金子雪好がいる。
準構成員(サポートメンバー)
- レクター・H伯爵 キーボード 1992年7月 - 1994年8月
- →石黒彰として活動
- 怪人松崎様 キーボード(妖怪松崎様、爆裂マツザキ様、キャプテン・キリヤマ、コナン・ザ・マツザキ・グレート、ニンジャdeマツザキ、スポックdeマツザキ様、キャプテン・ピカード、オースティン・マツザキ様・パワーズ) 1988年10月 - 1992年4月、1994年9月 - 1999年12月
- →松崎雄一としてRXに参加ほか、各方面で活躍
構成員の変遷
- 第1期 1982年12月 - 1983年9月
- ボーカル:デーモン小暮閣下
- ギター:ダミアン浜田殿下
- ベース:ゾッド星島親分
- ドラムス:エース清水長官
- 第2期 1983年9月 - 1985年3月
- ボーカル:デーモン小暮閣下
- ギター:ダミアン浜田殿下、エース清水長官 またはジャントニオ・ババヤシ
- ベース:ゾッド星島親分
- ドラムス:ジード飯島大将
- キーボード:魔女RYO子嬢
- 第3期 1985年3月 - 6月
- ボーカル:デーモン小暮閣下
- ギター:エース清水長官、ガンダーラ・サンゲリア・チグリス・ユーフラテス金子
- ベース:ゾッド星島親分
- ドラムス:ジャギ古川CAP
- 第4期 1985年6月 - 1986年6月
- ボーカル:デーモン小暮閣下
- ギター:エース清水長官、ジェイル大橋代官
- ベース:ゾッド星島親分
- ドラムス:ライデン湯沢殿下
- 第5期 1986年6月 - 1987年2月
- ボーカル:デーモン小暮閣下
- ギター:エース清水長官、ジェイル大橋代官
- ベース:ゼノン石川和尚
- ドラムス:ライデン湯沢殿下
- 第6期 1987年2月 - 1999年12月
- ボーカル:デーモン小暮閣下
- ギター:エース清水長官、Sgt. ルーク篁III世参謀
- ベース:ゼノン石川和尚
- ドラムス:ライデン湯沢殿下
- キーボード(サポート):怪人マツザキ様 またはレクター・H伯爵
- 期間限定再集結 2005年11月 - 12月
- ボーカル:デーモン小暮閣下
- ギター:エース清水長官、Sgt. ルーク篁III世参謀、ジェイル大橋代官(「復活祭」のみ参加)
- ベース:ゼノン石川和尚、ゾッド星島親分 (「復活祭」最終日にゲストとして登場)
- ドラムス:ライデン湯沢殿下
- キーボード(サポート):怪人マツザキ様
- 期間限定再集結 2010年
- ボーカル:デーモン閣下
- ギター:Sgt. ルーク篁III世参謀、ジェイル大橋代官
- ベース:ゼノン石川和尚、ゾッド星島親分 (「ICBM TOUR」楽日前日にゲストとして登場)
- ドラムス:ライデン湯沢殿下
- キーボード(サポート):怪人マツザキ様
- 期間限定再集結 2011年11月30日、12月1日
- ボーカル:デーモン閣下
- ギター:Sgt. ルーク篁III世参謀、ジェイル大橋代官
- ベース:ゼノン石川和尚
- ドラムス:ライデン湯沢殿下
ディスコグラフィ
聖飢魔IIとしてのレギュラー出演番組
- テレビ番組
- ラジオ番組
- 聖飢魔IIの電波帝国(文化放送他)
悪魔用語
関連項目
- サブラベルズ - バンドの悪魔的要素、コスチューム、歌詞や演奏内容に多大な影響を及ぼしたバンド。聖飢魔IIデビュー当時、「インディーズ最強」と言われていた。
- 筋肉少女帯 - デーモン閣下がボーカルの大槻ケンヂとともにラジオ番組「デーモン・オーケンのラジオ巌流島」のパーソナリティを担当。
- 爆風スランプ - 同じ早稲田大学出身のロックグループ。母体バンドスーパースランプにデーモン閣下らを始めとして、お互いに歴代メンバーが重複する程に交流があった。
- 水前寺清子 - ミサでは「EL.DORADO」の前フリで「三百六十五歩のマーチ」の出だしを歌うことが恒例となっていたが、期間限定再集結の最終公演では水前寺清子本人が登場した。このことはワイドショーなどでも話題となり、NHKでも紹介された。
- 非公認! 聖飢魔IIカヴァーアルバム VOICE - 地球デビュー20周年を記念してリリースされたカヴァー・アルバム。
- 魔神英雄伝ワタル - ビビテ・セーキマツーというバンド名をそのまま名前に使った敵キャラが後半に登場。また、デーモン小暮もモブキャラの一人として登場したことがある。
- 時空戦士スピルバン - 22話「黒ミサはカゲキなビートで」に聖飢魔IIをモデルとしたヘビメタバンド・悪魔党が悪役として登場、本家に劣らぬ悪魔的世界観を発揮した。このうちボーカルは21話ラストの次回予告でも予告の一部を担当している。聖飢魔IIがモデルであることはDVD Vol.2に同梱されたパンフレットにも記載されている。
- スペースワールド - 1990年代後期、エース長官とルーク参謀が絶叫マシーンのCMに登場した。
- ほうれんそうマンのおばけやしき - 登場するおばけリストの中にデーモン小暮閣下が紛れている。
- 創聖鬼 - ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!のオープニング企画のひとつに登場する聖飢魔II風のバンド。企画者という設定の浜田雅功はサタン浜田と名乗ったが、狙ったのか偶然かは不明だが聖飢魔II創始者のダミアン浜田殿下もサタンと浜田の名を持つ。
- ビートたけしのオールナイトニッポン - リスナーからの投稿作品を紹介する『ヘビメタはマヌケだ』コーナーのネタの殆どが世紀魔Ⅱをモチーフとしており(「遊園地で子供とはぐれ、親の特徴を克明に述べられたヘビメタはマヌケだ」など)、ビートたけしもデーモン閣下のことに放送内やこの番組の本の文中で言及している。
- ゲゲゲの鬼太郎 - 仇敵であるドラキュラの一派が、デーモン小暮のことを西洋妖怪から派遣された歌手としており、「彼はうまい演技で人間のように見せかけてはいるが、私の親類だ」と話している。
- 明王伝レイ - 第40話から41話において聖飢魔IIに名前もビジュアルもそっくりの悪役(ゾンビ)を出したところ抗議が殺到し、講談社は謝罪文を本誌で発表している。ちなみに単行本では修正されている。
- こちら葛飾区亀有公園前派出所 - 「御祖魔II」という暴走族グループが登場する。リーダーはデーモン山田であった。このことはデーモン小暮のオールナイトニッポンで取り上げられた。
著名なファン
- カラスヤサトシ(漫画家)
- 三平×2(お笑い芸人、コンビ「ペイパービュウ」、トークユニットアニメ会、西口プロレス所属)
- 増谷キートン(お笑い芸人)、パフォーマンス集団キュートンのメンバー、吉本興業所属
- 白鳥 松竹梅(ミュージシャン)、ロックバンド氣志團のベーシスト
脚注
- ^ ☆MESSAGE from face to ace「25周年再集結に寄せて」
- ^ 「聖飢魔II」世界征服だ!再レコーディング21か国配信読売新聞
外部リンク
- SEIKIMA-II.COM 公式サイト
- 聖飢魔II - MySpace
- 聖飢魔II : avex network
- BMG JAPAN 聖飢魔II Information
- Sony Music Online Japan : 聖飢魔II
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