花井聖
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| 名前 | |||||||
| 愛称 | ショウ | ||||||
| カタカナ | ハナイ ショウ | ||||||
| ラテン文字 | HANAI Sho | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 | ||||||
| 生年月日 | 1989年11月10日(22歳) | ||||||
| 出身地 | 愛知県みよし市 | ||||||
| 身長 | 181cm | ||||||
| 体重 | 68kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | ファイル:Flag of Japan.svg 名古屋グランパス | ||||||
| ポジション | MF | ||||||
| 背番号 | 27 | ||||||
| 利き足 | 右 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2009年6月23日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||
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花井 聖(はない しょう、1989年11月10日 - )は、愛知県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。J1・名古屋グランパス所属。
目次 |
来歴
小学校1年生のときグランパスのサッカースクールへ入り、以来U-12、U-15、U-18とグランパス一筋[1]。ユース昇格後の2006年には新川織部とともに攻撃の核として活躍し、全日本ユースの準優勝に貢献した[2]。その才能は小学校時代から抜きん出ており、4年生のころには海外遠征でフェルホーセン(当時はローダJCの監督)から声がかかるほどであった[1]。
2007年はトップチームに帯同して練習し、5月に2種登録され、10月にはトップチーム昇格が決定した[3]。チーム全体では佐藤将也に次いで2人目、ユース出身者では初の平成生まれの選手となった[3]。なお、ユースの同期でこの年プロ入りしたのは、横浜FCの中田健太郎だけである(中田とは高校の同級生でもある)。
2008年5月31日のナビスコカップ予選リーグ京都サンガFC戦で途中交代で初出場し、同点の後半ロスタイムに津田知宏の決勝点をアシストした[4]。リーグ戦の初出場は第17節ジュビロ磐田戦[5]。
2009年途中からセンターバックへのコンバートが検討されている[6]。
所属クラブ
- 名古屋グランパスサッカースクール
- 名古屋グランパスU-12
- 名古屋グランパスU-15
- 名古屋グランパスエイトU-18
- 名古屋グランパス
学歴
個人成績
利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |2008||名古屋||31||J1||4||0||1||0||1||0||6||0 |- |2009||名古屋||27||J1||2||0||0||0||1||0||3||0 |- |2010||名古屋||27||J1||0||0||4||0||2||1||6||1 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始6||0||5||0||4||1||15||1 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終6||0||5||0||4||1||15||1 |}
利用者:Bcjp/t/fbp国際表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国際表 th |2009||名古屋||27||3||0 |- !通算!!colspan="2"|AFC |3||0 |}
代表歴
- U-16日本代表
- U-17日本代表
脚注
- ^ a b 読売新聞 (2008年1月3日). “はばたく平成人 (2)新監督に アピール ひらめき、幼少から”. 2009年7月3日閲覧。
- ^ スポーツナビ (2006年10月7日). “チームの中の個”. 2009年7月3日閲覧。
- ^ a b 中日スポーツ (2007年10月26日). ““ミスターグランパス”花井 来季トップ昇格 戦術眼、高さ、スピードある”. 2009年7月3日閲覧。
- ^ 日刊スポーツ (2008年6月1日). “18歳花井V弾演出で予選突破/ナビスコ杯”. 2009年7月3日閲覧。
- ^ 名古屋グランパス. “選手データ 花井聖”. 2009年7月3日閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2010年2月6日). “花井、技と視野の広さで名乗り”. 2010年4月30日閲覧。
関連項目
外部リンク
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