華僑
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華僑(かきょう)は、中華人民共和国の中国共産党政府の定義によると、「中国大陸・台湾・香港・マカオ以外の国家・地域に移住しながらも、中国の国籍を持つ漢民族」を指す呼称である。外国籍取得者の華人に対しても使用されることがある[1]。
中国共産党政府のいう「中国」には、同国と対立する中華民国(台湾)が同国の「地域」として含まれる。
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概要
華人と混同される場合があるが、華僑と、華人は異なる概念である。これら概念を区別する場合は、華僑とは二重国籍等の状態によって中華人民共和国籍を保持したままの者を指す。華僑は第二次世界大戦までその経済基盤からの本国への送金によって、中華民国の国際収支の重要な要素であった。
東南アジア、アメリカ、日本、イギリス、オーストラリアなどに多い。東南アジアにおいては華僑は華南地方出身が多いとされる。もともとは、海南島(現海南省)を含む広東省や福建省の出身者が多いが、最近は上海や北京周辺や、中華民国の出身者も増加している。
東南アジアの華僑人口は増加しているが、ベトナムとインドネシアの二国は戦乱や現地民との軋轢により華僑が一時に比べ減少している。特にベトナムからは1975年の中越戦争以降、110万人もの華僑がベトナム国外に脱出した。しかしベトナムの華僑人口は現在でも130万人、インドネシアでは1千万人を数え、なお国内人口の相当部分を占める有力な民族集団となっている。
中国語は方言の差が大きく、同じ省内でも言葉が通じないことも当たり前で、方言の通じる、出身地が同じ人たちが助け合ってコミュニティーを形成することが多い。
出身地別では、
| 広東人 | 広東省広州周辺出身で広東語を話す |
| 台山人 | 台山や江門出身で台山語を話す |
| 潮州人 | 潮州や汕頭周辺の出身で潮州語を話す |
| 客家人 | 梅州周辺や陸豊、海豊周辺出身で客家語を話す |
| 海南人 | 現海南省出身 |
| 福建人 | 福建省南部の廈門、泉州周辺や台湾出身で福建語を話す |
| 福州人 | 福州、福清周辺出身で福州語を話す |
| 興化人 | 莆田周辺出身で興化語を話す |
| 寧波人 | 浙江省寧波周辺出身で寧波語を話す |
| 温州人 | 温州周辺出身で温州語を話す |
などが別々に同郷人のコミュニティーを形成してきた。出身地の方言の他、海外居住地域の言語を用いるのが普通であるが、これらに加えて、最近では北京語や英語も広く用いられるようになっている。
華僑はマイノリティながら、同郷者で形成されるコミュニティーと、これをもとにした同業者の集団ができあがり、現地の経済・政治に大きな影響力を持つことが多い。同業者の集団ができあがるのは、先行して商売を始めた経営者が、同郷の人を雇い、やがては独立して同業を行うことが繰り返されやすいことによる。経済的に実力をつけると政治面でも力をもつようになるのは資本主義社会の常である。政治面での例では、タイの王室、コラソン・アキノ元フィリピン大統領は華僑の血を引いている。
日本においても多くの華僑が存在し、主に経済や文化芸能の方面で活躍が見られる。女優の鳳蘭、野球の王貞治、経済評論家の邱永漢、インスタントラーメンの発明者である安藤百福(呉百福、戦後の一時期)、囲碁の呉清源(戦後の一時期)、小説家の陳舜臣、料理家の周富徳・富輝兄弟、歌手のジュディ・オング(翁倩玉)、アグネス・チャン(陳美齢)、テレサ・テン(鄧麗君)などが有名である。
華僑は容易に相手を信頼しないかわり、一旦信頼したらとことん信頼するといわれ、それが彼らの団結力の背景にもなっている。彼らは友人を大切にする[2]。
参考文献
- 顔尚強「五つの誤解-日本社会の華人観」、『週刊東洋経済』第5282号、1995年5月
- 若林敬子『中国 人口超大国のゆくえ』(岩波書店、1994年6月、ISBN 4-00-430341-9)
- 可児弘明・斯波義信・游仲勲編『華僑・華人事典』(弘文堂、2002年6月、ISBN 4-335-55080-4)
関連項目
外部リンク
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