藤村大介 (野球)
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| 読売ジャイアンツ #0 | |
|---|---|
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ファイル:YG-Daisuke-Fujimura.jpg 2009年8月16日 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| 出身地 | 熊本県熊本市 |
| 生年月日 | 1989年7月25日(22歳) |
| 身長 体重 |
173cm 73kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 二塁手、遊撃手 |
| プロ入り | 2007年 高校生ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2011年5月10日 |
| 年俸 | 2,400万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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藤村 大介(ふじむら だいすけ、1989年7月25日 - )は、読売ジャイアンツ所属のプロ野球選手(内野手)。
愛称は「ぴの村」「ピノ村」(バンダイナムコゲームスの野球ゲーム「ファミスタシリーズ」に登場するナムコスターズ所属の超俊足選手、ピノに由来)[1]。
目次 |
経歴
プロ入り前
熊本市立城西小学校の4年次より軟式野球を始める。5年次に熊本市立託麻東小学校に転校。熊本市立二岡中学校在学時は硬式野球の熊本南リトルシニアに在籍し三塁手・右翼手として活躍、全国大会に3度出場する。
熊本工業高校では2年次の夏からレギュラーに定着、2005年夏、06年夏、07年春(ベスト4)に甲子園出場を果たす。
2007年度の高校生ドラフトで佐藤由規の抽選に外れた読売ジャイアンツから1巡目で指名を受け、11月8日に契約金7500万円、年俸600万円で仮契約。背番号は「54」で、これには同高校OBの緒方耕一(背番号44を着用)を超えて欲しい、という原辰徳監督の期待が込められている。藤村は、「緒方先輩を超えられるように頑張り、将来は盗塁王のタイトルを取りたい」とコメント。
プロ入り後
2008年は、内野手登録ながら二軍の外野手不足のため、公式戦初出場となった6月1日の2軍戦は中堅手としてスタメン出場した。前年12月に右足首を捻挫したため出遅れたが、二軍で外野手・二塁手・遊撃手として38試合に出場。61打数19安打で打率.311、6打点、3盗塁の成績を残した。
2009年は、二軍で64試合に出場。152打数42安打で打率.276、9打点、10盗塁の成績を残した。
2010年は、二軍で84試合に出場。277打数78安打で打率.282、11打点、17盗塁の成績を残した[2]。
2011年は5月10日に一軍昇格し、同日の横浜ベイスターズ戦でプロ初出場[3]。5月13日の広島東洋カープ戦で初のスタメン出場を果たし、初盗塁を記録[4]。14日の広島戦ではプロ初安打を記録した[5]。シーズン途中より二塁手のレギュラーに定着し、28盗塁で自身初の盗塁王を獲得。巨人の選手が盗塁王になるのは1993年の緒方耕一以来18年ぶり[6]。また、2007年度ドラフト入団選手では初めて一軍で個人タイトルを獲得した選手となった。(平成生まれの選手としても初の快挙)レギュラーシーズン終了後、クライマックスシリーズに備えた宮崎合宿で腹痛を訴え離脱。急性虫垂炎と診断され、手術を受けた[7]。
プレースタイル
母校のOBである緒方耕一にちなみ「緒方2世」と呼ばれることもある[8]。50メートル5.8秒[8]、一塁到達3.85秒[9]の俊足を武器とする。
二塁守備では敏捷なクイックスローを持ち味とするが[10]、安定感にやや課題を残す[11]。
人物
- 好きな選手には川崎宗則を挙げている[12]。
- 女子プロゴルファーの古閑美保とははとこにあたり[13]、卒業した小学校と中学校が同じである。
- 実父の藤村寿成も俊足の1番打者として鳴らし、九州学院高校時代1980年春の甲子園に出場している。熊本工の先輩に当たる伊東勤はその足を封じるために外野手から捕手にコンバートされた経緯がある[14]。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | 巨人 | 119 | 407 | 352 | 40 | 78 | 7 | 0 | 0 | 85 | 15 | 28 | 7 | 30 | 3 | 20 | 1 | 2 | 74 | 3 | .222 | .265 | .241 | .507 |
| 通算:1年 | 119 | 407 | 352 | 40 | 78 | 7 | 0 | 0 | 85 | 15 | 28 | 7 | 30 | 3 | 20 | 1 | 2 | 74 | 3 | .222 | .265 | .241 | .507 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
年度別守備成績
| 年 | 二塁 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2011 | 119 | 252 | 320 | 5 | 47 | .991 |
| 通算 | 119 | 252 | 320 | 5 | 47 | .991 |
- 2011年度シーズン終了時
タイトル
- 盗塁王:1回 (2011年)
記録
- 初出場:2011年5月10日、対横浜ベイスターズ4回戦(上毛新聞敷島球場)、8回裏に寺内崇幸の代打で出場
- 初打席:同上、8回裏に真田裕貴から三ゴロ
- 初先発出場:2011年5月13日、対広島東洋カープ4回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8番・二塁手として先発出場
- 初盗塁:同上、7回表に二盗(投手:ブライアン・バリントン、捕手:石原慶幸)
- 初安打:2011年5月14日、対広島東洋カープ5回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、1回表に福井優也から遊撃内野安打
- 初打点:2011年5月25日、対福岡ソフトバンクホークス1回戦(東京ドーム)、5回裏に和田毅から中前適時打
背番号
- 54 (2008年 - 2011年)
- 0 (2012年 - )
脚注
- ^ サンケイスポーツ・2007年10月5日付
- ^ 。2010年度 読売ジャイアンツ個人打撃成績(イースタン・リーグ) 日本野球機構オフィシャルサイト
- ^ 巨人 2年目の小野&4年目の藤村が1軍初出場スポーツニッポン 2011年5月11日付記事
- ^ 4年目のG・藤村、プロ初スタメン&初盗塁!サンケイスポーツ 2011年5月13日付記事
- ^ 巨人・藤村「2番・二塁」でプロ初安打!サンケイスポーツ 2011年5月14日付記事
- ^ 藤村、盗塁王獲得「こんなに早くとれるとは」スポーツ報知 2011年10月26日付記事
- ^ 巨人の藤村が手術=プロ野球時事通信 2011年10月27日付記事
- ^ a b 藤村が1軍昇格!「2番・二塁」で即スタメンスポーツ報知、2011年5月10日。
- ^ 小関順二 『WBC日本代表はなぜ世界一になれたのか?』 ぴあ株式会社、2009年、94-96頁。ISBN 978-4-8356-1740-4。
- ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2009』 白夜書房、2009年、88頁。ISBN 978-4-86191-508-6。
- ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、23頁。ISBN 978-4-86191-595-6。
- ^ 『アマチュア野球 vol.13』 日刊スポーツ出版社、2007年、80-81頁。ISBN 978-4-8172-5365-1。
- ^ 4年目のG・藤村、プロ初スタメン&初盗塁!サンケイスポーツ 2011年5月13日付記事
- ^ asahi.com:熊本工ニュース「ピカ一、父譲りの俊足 熊本工・藤村大介」 - 第79回選抜高校野球大会
関連項目
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