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虹と雪のバラード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

虹と雪のバラード
トワ・エ・モワシングル
リリース 1971年8月25日
ジャンル フォーク
レーベル 東芝EMI
チャート最高順位
トワ・エ・モワ シングル 年表

愛の泉
1971年
虹と雪のバラード
(1971年)
友だちならば
1972年
ファイル:Okurayama.jpg
大倉山ジャンプ競技場にある歌碑

虹と雪のバラード」(にじとゆきのバラード)は1972年2月に開催された札幌オリンピックテーマソングである。

目次

概要

作詞は河邨文一郎、作曲は村井邦彦

1971年3月からNHKみんなのうた』の「札幌五輪のうた」のコーナーで流された。レコードはトワ・エ・モワ黛ジュン菅原洋一ピンキーとキラーズ佐良直美、トワ・エ・モワと同一の芸能事務所に所属していたジャッキー吉川とブルーコメッツスクールメイツなどの競作で発売されたが、人気と売上はトワ・エ・モワの一人勝ちでこの年の『第22回NHK紅白歌合戦』でもトワ・エ・モワがこの曲を歌った。

トワ・エ・モワ『虹と雪のバラード』はオリンピックの開催に合わせたように徐々に売上を伸ばし、オリコン・チャートの7位まで上昇した。売上は累計で60万枚に達した[1]

人が集まるイメージと、町ができあがるイメージなどを盛り込んだ歌としてオリンピック後も人々に親しまれ、時々CMソングとしても流れる事がある。札幌を代表する歌のひとつとしてさっぽろ雪まつりの会場内でも頻繁に流され、ご当地ソングの代表的な例であるといえる。

五輪後のこの楽曲について

ジャッキー吉川とブルーコメッツ版

虹と雪のバラード
ジャッキー吉川とブルーコメッツシングル
B面 愛の子守歌
リリース 1971年9月10日
ジャンル グループ・サウンズ
レーベル 日本コロムビア
作詞・作曲 作詞:河邨文一郎
作曲:村井邦彦
ジャッキー吉川とブルーコメッツ シングル 年表

生きるよろこびを
1971年
虹と雪のバラード
1971年
希望にみちた二人のために
1972年

解説

  • 1971年9月10日発売。
  • 多くのグループとの競作となったが、レコードはトワ・エ・モワが多くを売り上げたため、ブルーコメッツ版のこの曲が表に出ることはあまり無かった。
  • レコードジャケットには「札幌オリンピック組織委員会選定/札幌オリンピックの歌」と記されている。また、ジャケットに写るメンバーの写真は「海辺の石段」のB面・「冬の嵐」のジャケットで使われた写真がそのまま流用されている。
  • B面は「愛の子守歌」(橋本淳 作詞、高橋健二 作曲)。ブルーコメッツのベーシスト・高橋健二が作曲した歌謡曲風の曲。1970年12月10日に発売されたブルーコメッツのアルバム「ベスト・オブ・ブルー・コメッツVol.2」に収録されたのが、この曲の初出である。

収録曲

  1. 虹と雪のバラード
    • 作詞:河邨文一郎/作曲:村井邦彦
  2. 愛の子守歌
    • 作詞:橋本淳/作曲:高橋健二

その他のカバー

脚注

関連項目