野口健
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野口 健(のぐち けん、1973年8月21日 - )は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン市出身の日本人登山家。了徳寺大学客員教授。亜細亜大学国際関係学部卒業。
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経歴
生い立ち
元外交官の野口雅昭とエジプト人の母との間に次男として生まれ幼少期を海外で過ごす。カイロ日本人学校の小学部から、イギリスの立教英国学院小学部に6年時に転校。同学院の高等学校在学中、本人の言葉によれば“落ちこぼれ”の不良生徒であり、学校の先輩と喧嘩をして一ヶ月の停学処分を受ける。停学中の一人旅で植村直己の著書と出会い登山を始める。卒業後、亜細亜大学へ一芸入試で合格する。
七大陸最高峰の最年少登頂達成
亜細亜大学入学後から、世界の名立たる山々へ挑戦を挑み、各地で最年少登頂記録を樹立する。大学と並行して登山を続け、卒業前の1999年、25歳の時に世界最高峰エベレスト(ネパール名サガルマータ)にネパール側から登頂し3度目の挑戦で登頂。当時の七大陸最高峰の世界最年少登頂記録を更新。大学には8年間在籍した。
南極最高峰ビンソン・マシフ挑戦を前に、かつて植村直己のドキュメンタリーを多数製作していた大阪の毎日放送の取材が始まり、以後、野口のドキュメンタリー番組が立て続けに放送される。それらの番組において、危険な仕事を強いられるネパールの山岳民族シェルパ族の命が先進国の登山隊によって軽んじられている実態を告発している。
清掃登山の開始
1997年に初めてエベレスト(チベット名チョモランマ)にチベット側から挑戦した際、標高6500m地点で積極的にごみ拾いを行うヨーロッパ登山隊のそばで、日本隊が捨てたごみをテレビスタッフと共に見つけ衝撃を受ける。その映像は「汚された最高峰」として、毎日放送の同行記者榛葉健が「筑紫哲也ニュース23」やJNNなどの報道番組で問題提起を行った。これはチョモランマ(エベレスト)に多くの登山家がごみを放置している実態をテレビで告発した世界初[要出典]の報道となった。ごみ回収の活動について、日本隊の投棄していたごみが一番多かったという発言をしている。
野口はこの経験を皮切りに環境問題への意識を強く持つようになり、その後もエベレスト、マナスル、富士山などの清掃登山を精力的に行うようになった。また同時期に、シェルパの遺族を救うシェルパ基金を設立。現在は、日本の国立公園や各地の山、講演会、自然教室などで「富士山から日本を変える」をスローガンに、環境問題の普及を提唱している。また、野口の活動を全面支援するNPO富士山クラブ理事。東京都レンジャー、富士山レンジャーの提案者であり、現在は名誉隊長を務める。
橋本龍太郎との出会い
2000年に橋本龍太郎と出会う。山岳清掃をおこなう野口の活動に登山家でもある橋本が興味をもったことが縁となる。同年、チョモランマ清掃登山を終えた野口は、1988年に「日本・中国・ネパール・チョモランマ合同隊」を率いた橋本龍太郎隊の捨てたごみ(酸素ボンベ)を持ち帰り、橋本へ返還する。山にカラの酸素ボンベを置いて帰った不法投棄に対する深い反省と謝罪を示した橋本とは、それ以来親交を深める。
2003年7月に日本人女性と入籍。2004年2月に第1子(長女)誕生[1]。
2004年、自民党から参議院議員選挙比例区への出馬を打診され、本人も承諾していたが、タレント議員批判に対して「自分はタレント候補ではない」と反発し不出馬を表明。同様に2007年7月の参議院議員選挙出馬の噂もあったが、本人は自分のブログで「それはありません。私は現場の人間ですから。」と不出馬を表明。自民党からの出馬を目指す理由として「一見環境保護には縁遠そうな自民党から議員になることにこそ意味がある」と雑誌で語っていた。親交の深い橋本龍太郎の選挙応援や、橋本の元秘書など側近たちの選挙応援もしている。
2007年、東京ヴェルディの環境アドバイザーに就任。ヴェルディの2007年開幕戦であるザスパ草津戦(国立競技場)では、でキックインセレモニーを行った。試合後は国立競技場周辺を、両チームのサポーターとゴミ拾いをおこない、環境意識への取り組みを示す。同年、作家坂口安吾の生誕の地、新潟市が主催する「第2回安吾賞」に選ばれる。また植村直己冒険賞も受賞。
2007年4月、都知事選で石原慎太郎のポスターに「石原さんを応援します」として登場するなど積極支援。2007年11月30日付けで了徳寺大学客員教授(教養教育センター)に就任。
遺骨収集活動
2008年からNPO法人「空援隊(くうえんたい)」に参加し、主にフィリピンにおける旧日本軍戦没者の遺骨調査・収集活動を開始する。2005年にヒマラヤで遭難した際、死を覚悟して遺書を書き、「自分の遺体を故郷に帰してくれないだろうか」と考えた時、橋本龍太郎から聞いた戦没者についての話を思い出したことがきっかけだったと述べている[2][3]。
人物
家族
- 大学生のときにシェルパの娘と結婚するが、2年で離婚している。その後日本人女性と再婚し、女児を儲けている。
- 両親は野口が小学生のころに離婚している。その後、両親は共に再婚している。兄(長男)の他に、母方の異父兄弟が二人いる。
- 実母のモナ(旧姓:タドロス)はヘリオポリス出身。モナの父はエジプトとレバノンのハーフで、エジプトでは少数派のコプト教徒。モナの母はトルコ出身で、ギリシアとフランスのハーフである。モナ自身は四カ国のクォーターとなる。
- 父の野口雅昭は会津若松出身で、イエメン大使、シドニー領事、チュニジア大使などを務めた元外交官。現在は京都文教大学教授。
- 祖父の野口省己は陸軍大学出身で太平洋戦争時、ビルマ作戦等の陸軍参謀だった。
主な登山歴
アルピニストを自称しているが、ヒマラヤでの登山は全て極地法である。
- 1990年 8月(16歳) モンブラン登頂(ヨーロッパ大陸)
- 1990年12月(17歳) キリマンジャロ登頂(アフリカ大陸)
- 1992年 9月(19歳) コジアスコ登頂(オーストラリア大陸)
- 1992年12月(19歳) アコンカグア登頂(南米大陸)
- 1993年 6月(19歳) マッキンリー登頂(北米大陸)
- 1994年12月(21歳) ヴィンソン・マシフ登頂(南極大陸)
- 1996年 1月(22歳) エルブルス登頂(ヨーロッパ大陸、ロシア)
- 1996年10月(23歳) チョ・オユー登頂
- 1999年 5月(25歳) エベレスト登頂(アジア大陸)ネパール側 - 七大陸最高峰登頂の世界最年少記録樹立(当時)
- 2005年 5月(31歳) シシャパンマ登頂
- 2007年 5月(33歳) エベレスト登頂(アジア大陸)チベット側 - ネパール、チベットの両方からの登頂成功者は日本人8人目。
主な出演番組
山岳ドキュメンタリー番組
- 特別番組『七大陸最高峰に挑む』(毎日放送・TBS系列、1997年7月19日)
- 超極限映像スペシャル『幻想チョモランマ』(毎日放送、1999年4月29日)
- 情熱大陸『七大陸の頂へ〜野口健』(毎日放送・TBS系列、1999年6月13日)
- こだわり人物伝『植村直己』(NHK教育、2010年8月4日から)
- 『地球の頂へ!超壮絶エベレスト単独挑戦!栗城史多28歳熱き闘い』(テレビ東京、2010年10月24日)- コメンテーター
ニュース番組
- MBSナウ(毎日放送)
- 『20歳の南極(前・後編)』(1995年1月5・6日)
- 『遥かなりエベレスト(前・後編)』(1995年4月27・28日)
- 『エルブルースの絆』(1995年10月21日)
- 『友人ナティーの死(前・後編)』(1995年12月14・15日)
- 『エルブルースの絆2』(1996年2月10日
- 『友人ナティーの魂(前・後編)』(1996年5月3・4日)
- 『チョーユー』(1996年11月30日)
- 『汚された最高峰〜チョモランマの知られざる現実』(1996年10月10日)
- 『野口健さん、世界7大陸最高峰制覇!喜びの現地報告』(1999年5月17日)
- 『野口健の新たな挑戦〜チョモランマ清掃登山』(2000年6月7日)
- 筑紫哲也ニュース23『ヒマラヤ大雪崩から半年、遺品を回収』(TBS系列・毎日放送制作、1996年5月10日)
- スペースJ『友人ナティーの死』(TBS系列・毎日放送制作、1996年5月22日)
- VOICE(毎日放送)
- 『野口健、最後のチョモランマ清掃登山へ』(2003年4月10日)
- 『野口健、決死の清掃登山〜チョモランマ』(2003年7月1日)
- 『野口健、最後のチョモランマ』(2007年6月29日)
バラエティー番組、その他
- 世界・ふしぎ発見!(TBS)
- 行列のできる法律相談所(日本テレビ)
- ジャンクSPORTS(フジテレビ)
- 田舎に泊まろう!(テレビ東京)
- 日曜喫茶室(NHK-FM)
- 徹子の部屋(テレビ朝日、2005年3月22日)
- スタジオパークからこんにちは(NHK、2005年9月26日)
- ニッポン人が好きな100人の偉人(日本テレビ、2007年1月)ベートーベン役
- グレートマザー物語(テレビ朝日、2007年2月25日)
- 世界の果てまでイッテQ!(日本テレビ)準レギュラー
- さんまのまんま(関西テレビ)
- ぶらり途中下車の旅 東横線編(日本テレビ、2007年12月22日)
- 視点・論点「先の大戦いまだ終わらず」(NHK、2008年8月14日)
- からだであそぼ (NHK教育、2006年11月)
- 緊急警告!!2012年人類破滅!? ノストラダムス最後の大予言SP(日本テレビ、2009年12月22日)
参考文献
自身の著作
- 『落ちこぼれてエベレスト:7大陸最高峰世界最年少登頂』(集英社インターナショナル,1999年)ISBN 978-4797670080
- 野口健、白石康次郎『大冒険術:ぼくらはなぜ世界に挑むのか』(文藝春秋,2000年)ISBN 978-4163562704
- 『100万回のコンチクショー』(集英社,2002年)ISBN 978-4087812589
- 『あきらめないこと、それが冒険だ:エベレストに登るのも冒険、ゴミ拾いも冒険!』(学研,2006年)ISBN 978-4052025365
- 『確かに生きる:10代へのメッセージ』(クリタ舎,2007年)ISBN 978-4341172268
- 野口健、田中朝子『100 remains』(ごま書房,2007年)ISBN 978-4-341-13154-8
- 『富士山を汚すのは誰か:清掃登山と環境問題』(角川書店,2008年)ISBN 9784047101425
- 『自然と国家と人間と』(日本経済新聞出版社,2009年)ISBN 9784532260354
関連書籍
- 綾野まさる『野口健:最高峰でつかんだ未来』(旺文社,2000年)ISBN 978-4010724934
- 一志治夫『僕の名前は。:アルピニスト野口健の青春』(講談社,2001年)ISBN 978-4062105019
- 『植村直己:夢・冒険・ロマン』(河出書房新社,2004年)ISBN 9784309976877
関連項目
その他
- コスモ アースコンシャスアクト
- 東京都レンジャー・・・野口健が名誉隊長に就任している東京都の自然保護制度。
脚注
- ^ 大学生のときにシェルパの娘と結婚。その後離婚。しかし、相手に戸籍が無かったため、法的には婚歴は無い。
- ^ 野口健、笹幸恵「なぜ30代の私たちが戦没者の遺骨収容に取り組むのか=野口健×笹幸恵」、『SAPIO』第21巻第20号、小学館、2009年11月25日、2010-05-26閲覧。
- ^ http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/51470217.html 理事辞任のブログ記事
外部リンク
- 野口健公式WEBサイト
- “ご遺骨収集で抱いた「日本人としての誇り」”. 野口健. 2011-02-08閲覧。(初出:『Voice』2010年9月号)
- アルピニスト・野口健のブログ - 公式ブログ
- 野口健 (kennoguchi0821) - Twitter
- 野口健 著書リスト




