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金崎夢生

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金崎 夢生 ファイル:Football pictogram.svg
名前
愛称 ムー
カタカナ カナザキ ムウ
ラテン文字 KANAZAKI Mu
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
生年月日 1989年2月16日(23歳)
出身地 三重県津市
身長 180cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 名古屋グランパスエイト
ポジション MF, FW
背番号 25
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
2007-2009
2010-現 在
大分トリニータ
名古屋グランパスエイト
82 (7)
代表歴 2
2009- ファイル:Flag of Japan.svg 日本 5 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年3月1日現在。
2. 2010年10月12日現在。
テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj
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金崎 夢生(かなざき むう、1989年2月16日 - )は、三重県津市出身のプロサッカー選手Jリーグ名古屋グランパスエイト所属。ポジションはミッドフィールダー

目次

来歴

三重県津市に生まれる。小学校2年生からフットサルを始め、5年生時には全日本少年フットサル大会で3位に入賞するなど、全国的に知られた選手であった[1]

サッカーを始めたのは中学校入学後、3年生時には県大会で3位に入賞した[1]。卒業後は滝川第二高等学校へ進学。高円宮杯全日本ユースサッカー選手権では2年生時に3位、3年生時に優勝の成績をおさめた[1]。2007年、大分トリニータに加入。

加入直後の2007年から中盤の全てをこなせる万能型ミッドフィールダーとして期待されていた[2]が、中盤のレギュラーに割って入ることができずポジション獲得はならなかった。しかし、「スーパーサブ」として重用され、ルーキーながら18試合に出場した。11月には香川真司の代役としてU-18日本代表にも選出され、攻撃陣を牽引した[3]

2008年には梅崎司が移籍したものの、家長昭博がレンタル移籍で加入し、今期もレギュラーポジションの獲得は厳しいものと思われた。しかし、練習の最中に家長が全治6か月の重傷を負い、その代役としてトップ下のポジションを確保し、リーグ戦全試合に出場した。11月のAFC U-19選手権への日本代表選出も予定されていたが、チーム事情からヤマザキナビスコカップ決勝優先の判断がされたため選出はされなかった[3]。ヤマザキナビスコカップではチームを優勝に導き、金崎自身もニューヒーロー賞を獲得した。リーグ戦もチーム最高の4位で終え、これらの活躍を評価されて複数の移籍オファーを受けたが、大分への残留を決めた。

2009年1月に日本代表に初選出され、AFCアジアカップ2011予選の対イエメン戦で初キャップを記録した。開幕前から復帰した家長とレギュラー争いを繰り広げた[4]が、開幕スタメンを勝ち取った。しかし、チームは10連敗を喫するなど不振に陥り、金崎は30試合に出場したものの1得点に留まった。J2降格が決定したことに加えて、チームが深刻な経営難にあることが発覚。経営改善のために主力選手の放出に踏み切り、金崎も移籍することを選択した。国内5クラブからオファーを受け、その中から前年もオファーを送っていた名古屋グランパスを選択。12月16日、両チームから完全移籍が発表された[5]

2010年、背番号は大分でルーキー時代につけていた25に決まった。4-3-3の右ウィングで起用され、開幕戦から得点に絡む活躍を見せた。

プレイスタイル

  • スピードがあり、ドリブルでは小学校の頃やっていたフットサルのテクニックを活かし相手を抜き去る。

所属クラブ

プロ経歴

個人成績

利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |2007||rowspan="3"|大分||25||rowspan="3"|J1||18||2||4||1||0||0||22||3 |- |2008||rowspan="2"|8||34||4||9||0||0||0||43||4 |- |2009||30||1||3||1||2||3||35||5 |- |2010||rowspan="2"|名古屋||rowspan="2"|25||rowspan="2"|J1||25||4||3||0||2||0||30||4 |- |2011||1||0||0||0||0||0||0||0 |- 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始107||11||19||2||4||3||130||16 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終107||11||19||2||4||3||130||16 |} その他の国際公式戦

利用者:Bcjp/t/fbp国際表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国際表 th |2011||名古屋||25||4||3 |- !通算!!colspan="2"|AFC |4||3 |}

戦歴

代表歴


日本代表国際Aマッチ
出場得点
200910
201040
通算 50

出場大会

受賞歴

エピソード

脚注

  1. ^ a b c サポティスタ (2009年12月13日). “大分の金崎夢生が名古屋に移籍”. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月12日閲覧。
  2. ^ 日刊スポーツ (2006年10月22日). “大分、滝川二MF金崎と仮契約”. 2009年12月19日閲覧。
  3. ^ a b 元川悦子 (2008年10月21日). “【Jリーグ】金崎夢生のナビスコカップ決勝出場に思う”. 元川悦子コラム. J SPORTS. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月12日閲覧。
  4. ^ 日刊スポーツ (2009年2月1日). “金崎vs家長! 大分司令塔争いぼっ発”. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年12月19日閲覧。
  5. ^ 大分トリニータ (2008年12月16日). “金崎夢生選手 名古屋グランパスへの移籍合意のお知らせ”. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月12日閲覧。

関連項目