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飯田祐史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

飯田祐史
ファイル:Yuji-Iida20100711.jpg
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
出身地 滋賀県栗太郡栗東町
生年月日 1974年11月18日(37歳)
身長 163cm
体重 50kg
血液型 O型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 飯田明弘(栗東)
初免許年 1993年
免許区分 平地
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飯田 祐史(いいだ ゆうじ、1974年11月18日 - )は、JRA栗東トレーニングセンター飯田明弘厩舎に所属する騎手である。父は調教師の飯田明弘。

目次

来歴

1993年、第9期生として競馬学校騎手課程を卒業しJRAの騎手免許を取得する。同期には伊藤直人小林徹弥らがいる。

JRA初騎乗は3月6日阪神2R父の管理馬メイショウアルマダに騎乗し14着。同日6R、同じく父の管理馬マイネルアルファで勝利しJRA初勝利を挙げる。デビュー年は19勝を挙げ関西新人騎手賞を獲得している。

その後順調に勝利数を伸ばし1999年には自己最高となる42勝を記録。さらに夏の小倉リーディングも獲得などの実績により、秋にはマカオでの交流競走派遣騎手にも選出されている[1]

同時期に飯田はブゼンキャンドルに騎乗し、トライアル競走秋華賞への優先出走権を獲得しながら、先述の交流競走と日程が重なるため本番での鞍上を安田康彦に譲るという不運もあったが、後に「僕が乗っていたら安田さんのような思い切った騎乗はできなかった」と語っている[2]

2000年にはメイショウオウドウとのコンビで大阪杯を制しJRA重賞初勝利を達成した他、同馬にてGI競走での最高着順を記録し、関西中堅騎手として活躍を続けるも、2002年2月レース中の落馬により右鎖骨々折及び左股関節脱臼の重傷を負う[3]

当初全治6ヶ月と診断されながら3ヶ月の休養で復帰を果たし、この年重賞2勝を含む22勝を挙げているが、この負傷事故以降の勝利数は10勝台で推移している。

主な騎乗馬

騎乗成績

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1993年3月6日1回阪神3日2R4歳未勝利メイショウアルマダ15頭1014着
初勝利1993年3月6日1回阪神3日6R4歳新馬マイネルアルファ11頭41着
重賞初騎乗1993年3月21日1回阪神8日11R4歳牝馬特別ショウザンダイヤ16頭155着
重賞初勝利2000年4月2日2回阪神4日11R大阪杯メイショウオウドウ16頭11着
GI初騎乗1993年11月14日6回京都4日10Rエリザベス女王杯タカノプリマ18頭1715着
年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
1993年192828342.056.137.219
1994年332125365.090.148.216
1995年282526339.083.156.233
1996年192319291.065.144.210
1997年172024298.057.124.205
1998年263829343.076.187.271
1999年425141481.087.193.279
2000年255032459.054.163.233
2001年332827438.075.139.201
2002年221221298.074.114.185
2003年151521333.045.090.153
2004年141723252.056.123.214
2005年71516249.028.084.149
2006年14914263.053.087.141
2007年584185.027.070.092
2008年191017220.086.132.209
2009年161517251.064.124.191
2010年101113229.044.092.148
中央3643953975636.065.135.203
地方981077.117.221.351

関連項目

出典・脚注