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高木虎之介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高木 虎之介
ファイル:Toranosuke Takagi 2008 Super GT.jpg
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
出身地 静岡県静岡市
生年月日 1974年2月12日(38歳)
F1での経歴
所属チーム '98 ティレル
'99 アロウズ
活動時期 1998 - 1999
出走回数 32
優勝回数 0
通算獲得ポイント 0
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 1998年オーストラリアGP
初勝利
最終勝利
最終戦 1999年日本GP
タイトル 0

高木 虎之介(たかぎ とらのすけ、1974年2月12日 - )は、日本のレーシングドライバー静岡県静岡市出身。東海大学工業高校(現・東海大学付属翔洋高等学校)卒業。愛称は「」「虎之介」など。

目次

プロフィール

デビュー

カートデビュー後の1989年に、全日本ナショナルカートA2クラスでシリーズ優勝し注目を浴びた。翌1990年には全日本カート選手権A2クラスで優勝した。1992年フォーミュラ・トヨタに参戦した。

全日本F3

1993年より全日本F3選手権に参戦。1993年は2度の入賞(最高位は4位)により5ポイントを挙げ、その後同じくF1ドライバーとなる井上隆智穂に次ぐランキング10位となる。1994年は3度の表彰台を含め5度の入賞(最高位は3位)。15ポイントを挙げランキング6位となる。

全日本F3000〜フォーミュラ・ニッポン

1994年に中嶋企画から全日本F3000選手権の3戦にスポット参戦、翌1995年より中嶋企画からフル参戦を果たす。シーズン序盤は振るわなかったものの、第5戦のスポーツランドSUGOで初優勝。第9戦の富士スピードウェイでは「日本一速い男」星野一義をホームストレートでかわして優勝。レース後の記者会見では、星野が中嶋悟監督に「もうタイレルでもどこでもいいから向こう(F1)にやっちゃってよ」と漏らす一幕もあった。最終戦はポイントランキングトップで迎えたもののリタイアに終わり、チャンピオンは逃したが3勝してランキング2位でシーズンを終了。若手有望株として一躍脚光を浴びた。
また1995年には「優勝したら俺のNSXあげる」と中嶋から言われ、約束どおりNSXを手に入れるというエピソードもあった。

1996年1997年は、全日本F3000を引き継いだフォーミュラ・ニッポンにチャンピオン候補として参戦するも安定した成績を残せずチャンピオン獲得はならなかった。しかし、中嶋の支援もあり翌1998年からティレルでのF1参戦が決まる。なお、1997年はティレルのテストドライバーを兼任するとともに、翌年からのF1参戦を見据えてのサーキット習熟を目的にF1と併催のポルシェカップへも参戦した。

F1

1998年

1998年、かつて中嶋も所属していた中堅チームのティレルから、前年のテストドライバーを経てレギュラードライバーに昇格してデビュー。全てのレースで予選に通過したが入賞はなく最高位は9位。チームメイトはシーズン開幕ギリギリまで決まらなかったが、ティレルを買収したB・A・R代表グレイグ・ポラックが、持参金を持ち込んだリカルド・ロセットをドライバーに起用するようティレルに要求した為、彼がチームメイトとなる。ロセットは5レースで予選通過に失敗するなど、チームとしての成績も低迷した。

チームとしてのベストはカナダGPでの8位完走(ロセット)であり、高木はロセットを予選や決勝で終始上回っていたが両ドライバーとも入賞することはなかった。高木自身もイタリアGPのウォームアップランで4位に入るのがやっと。凱旋レースとなった日本GPではレース中盤にシケインでミナルディのエスティバン・トゥエロに激突されてリタイアするなど、最後まで苦難の一年となった。さらにチームはすでにB・A・Rに買収されており翌年以降は新体制で参加することを表明したため、この年をもってティレルは解散した。

1999年

アロウズへ移籍し、ペドロ・デ・ラ・ロサとコンビを組んだ。この年も全てのレースで予選に通過したが、完走は4回で入賞はなし。最高位は開幕戦オーストラリアGPの7位。デ・ラ・ロサも完走4回と、マシンの信頼性にも苦しめられた。チームとしてのベストはオーストラリアGPの6位入賞(デ・ラ・ロサ)。

フォーミュラ・ニッポン復帰

2000年はF1レギュラーシートを失い、やむなく国内レースに復帰。中嶋企画からフォーミュラ・ニッポンに参戦し、シリーズ10戦中8勝という圧倒的な強さでシリーズチャンピオンに輝く。この時の高木の速さの要因を土屋圭市は「彼はシフトダウンが他のドライバーと比べてとても速い。他人が“ブーンブーン”と落とすところを“ブンブン”で済ましちゃう。だから奥まで突っ込めるし、アクセルを開けるのも早くできる」と分析している。

CART〜IRL

2001年からのF1復帰を模索するがシートを得ることができず、トヨタからの誘いを受けチャンプカー・ワールド・シリーズ(CART)に参戦。同時に中嶋企画を離れ、自身のマネージメント会社・高木企画を設立し独立した。

2003年にレギュレーションの問題からトヨタがエンジンの供給先をインディカー・シリーズ(IRL)に変更したことに伴い同シリーズへ移籍するが、結局2004年シーズンを最後にアメリカから撤退。

CARTとIRLへの参戦は、トヨタF1からのF1復帰を見据えたものだったが、高いパフォーマンスを見せることができず成績は低迷。この原因としては、多くの関係者が「F1時代を含めて長期間海外のレースを戦っているにも関わらず、なかなか語学力が向上せず、最後までエンジニアとの間のコミュニケーションに問題を抱えていた」ことを指摘している。

再度の国内復帰〜現在

2005年より再び国内レースに復帰し、自らのチーム(TAKAGI PLANNING with CERUMO)でフォーミュラ・ニッポン、セルモからSUPER GT(GT500クラス)の両シリーズに参戦。フォーミュラ・ニッポンでは、かつての圧倒的なパフォーマンスは見られず、本人の「CART/IRLはオーバルコースが多いため、ロードコースでのドライビングが下手になってしまった」という言葉通り精彩を欠いた。一方のSUPER GTでは、これまで本格的なツーリングカーレースへの参戦は無かったものの立川祐路とのコンビでシリーズチャンピオンを獲得した。

以降、フォーミュラニッポンには2006年2007年ルマンから参戦したが、結果を残すことはできなかった。SUPER GTには引き続きセルモから2007年まで参戦(通算4勝)し、2008年サードから参戦したが未勝利に終わった。

2009年より自身のレース活動を休止し、カートショップ及びカートチームのオーナーとして後進の育成活動に力を注ぐ他、2010年よりかつて在籍しチャンピオンを獲得したSUPER GTのセルモの監督としても活動している。

エピソード

  • スポーツコーナーや新聞などで高木の名前がよく間違えられていた。例として、「高木虎之」や「Toro Takagi」などがある。
  • 1998年のティレルの発表会でケン・ティレルから「Takagi Taranosukeです。Toroと呼んで下さい」とドライバー紹介されてしまう。

参戦歴

  • 1989年 全日本ナショナルカート・A2クラス シリーズ優勝
  • 1990年 全日本カート選手権・A2クラス 優勝
  • 1992年 フォーミュラトヨタ
  • 1993年 全日本F3選手権 シリーズ10位
  • 1994年 全日本F3選手権 シリーズ6位、全日本F3000選手権 スポット参戦
  • 1995年 全日本F3000選手権(NAKAJIMA PLANNING) シリーズ2位(3勝)
  • 1996年 フォーミュラ・ニッポン(PIAA NAKAJIMA RACING) シリーズ4位(2勝)
  • 1997年 フォーミュラ・ニッポン(PIAA NAKAJIMA RACING) シリーズ6位(1勝)
  • 1998年 F1(Tyrrell)
  • 1999年 F1(Arrows)
  • 2000年 フォーミュラ・ニッポン(PIAA NAKAJIMA RACING) シリーズチャンピオン(8勝)
  • 2001年 CART(Walker Racing) シリーズ21位
  • 2002年 CART(Walker Racing) シリーズ15位
  • 2003年 IRL(Mo nunn racing) シリーズ10位、インディ500ルーキーオブザイヤー
  • 2004年 IRL(Mo nunn racing) シリーズ15位
  • 2005年
    • フォーミュラニッポン(TAKAGI PLANNING with CERUMO)
    • SUPER GT・GT500クラス(TOYOTA TEAM CERUMO #38 ZENTセルモスープラ/TOYOTA SUPRA JZA80 3UZ-FE) シリーズチャンピオン(2勝)
  • 2006年
    • フォーミュラ・ニッポン(Team LeMans)
    • SUPER GT・GT500クラス(TOYOTA TEAM CERUMO #1 ZENTセルモSC/LEXUS SC430 UZZ40 3UZ-FE) シリーズ5位(1勝)
  • 2007年
    • フォーミュラ・ニッポン(Team LeMans) シリーズ16位
    • SUPER GT・GT500クラス(TOYOTA TEAM CERUMO #38 ZENT CERUMO SC430/LEXUS SC430 UZZ40 3UZ-FE) シリーズ7位(1勝)
  • 2008年 SUPER GT・GT500クラス(TOYOTA TEAM SARD #39 DENSO DUNLOP SARD SC430/LEXUS SC430 UZZ40 3UZ-FE) シリーズ21位

関連項目

外部リンク