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高桑大二朗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高桑 大二朗 ファイル:Football pictogram.svg
名前
カタカナ タカクワ ダイジロウ
ラテン文字 TAKAKUWA Daijiro
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
生年月日 1973年8月10日(38歳)
出身地 東京都
身長 190cm
体重 82kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
1992-1996.8
1996.8-2001
2002
2003-2006
2007-2008
2009
横浜マリノス
鹿島アントラーズ
東京ヴェルディ1969(loan)
ベガルタ仙台
横浜F・マリノス
徳島ヴォルティス
0 (0)
89 (0)
12 (0)
123 (0)
1 (0)
0 (0)
代表歴
2000 ファイル:Flag of Japan.svg 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年12月5日現在。
テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj
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高桑 大二朗(たかくわ だいじろう、1973年8月10日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手ポジションゴールキーパー

目次

経歴

横浜マリノス時代は怪我が多かったため「ガラスのGK」とよばれていた。また、当時すでに日本代表でもあった川口能活が絶対的守護神として君臨しており、さらに控えにも同じく日本代表の松永成立がいたため出番も殆どなかった。

その後、1996年鹿島アントラーズへ移籍。古川昌明からレギュラーを奪った佐藤洋平の負傷中に正GKに定着し、チームの三冠獲得に貢献した。2000年にはベストイレブンに選出され、日本代表として1試合に出場した。

その後、試合中の怪我もあり曽ヶ端準に正GKの座を奪われ、2002年には東京ヴェルディ1969へレンタル移籍。当初は正GKであったが、その後高木義成にその座を奪われて2003年からはベガルタ仙台へ移籍。移籍後は小針清允と激しく正GKの座を争い、2003年はシーズン途中で正GKの座を明け渡したが、J2に降格した2004年は正GKの座を奪取し、2006年途中まではその座を保った。ところが、7月12日の第27節東京ヴェルディ1969戦でかつて正GKを争った高木にゴールキックから直接ゴールを決められて敗れて以降、再び小針にレギュラーを奪われた。シーズン終了後に戦力外通告を受け、退団。

2007年、10年半ぶりに横浜F・マリノスへ復帰したが、復帰後初出場となった第3節ヴィッセル神戸戦で凡ミスによる致命的失点を招いて敗れた。なお、マリノスでの公式戦出場は2007年の2試合のみにとどまった。結局、榎本哲也の牙城は崩せず2008年11月に戦力外通告を受け、退団。2009年徳島ヴォルティスに所属したが、正GK上野秀章の前に出場機会はなかった。同年11月、現役引退を発表した。

2010年より横浜F・マリノス下部組織のGKコーチ(追浜のジュニアユース及びプライマリー担当)を務める。同年10月30日には東日本放送にて中継のベガルタ仙台vs.京都サンガF.C.戦で解説を務めた。

所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

個人成績

利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |1992||横浜M||-||J||colspan="2"|-||0||0||0||0||0||0 |- |1993||横浜M||-|||J||0||0||0||0||0||0||0||0 |- |1994||横浜M||-||J||0||0||0||0||0||0||0||0 |- |1995||横浜M||-||J||0||0||colspan="2"|-||0||0||0||0 |- |rowspan="2"|1996||横浜M||-||J||0||0||0||0||colspan="2"|-||0||0 |- |鹿島||-||J||0||0||0||0||0||0||0||0 |- |1997||鹿島||29||J||0||0||0||0||0||0||0||0 |- |1998||鹿島||28||J||24||0||5||0||3||0||32||0 |- |1999||鹿島||21||J1||26||0||7||0||2||0||35||0 |- |2000||鹿島||21||J1||30||0||4||0||4||0||38||0 |- |2001||鹿島||1||J1||9||0||0||0||1||0||10||0 |- |2002||東京V||1||J1||12||0||5||0||0||0||17||0 |- |2003||仙台||22||J1||11||0||5||0||1||0||17||0 |- |2004||仙台||22||J2||44||0||colspan="2"|-||2||0||46||0 |- |2005||仙台||22||J2||43||0||colspan="2"|-||0||0||43||0 |- |2006||仙台||22||J2||25||0||colspan="2"|-||0||0||25||0 |- |2007||横浜FM||21||J1||1||0||1||0||0||0||2||0 |- |2008||横浜FM||21||J1||0||0||0||0||0||0||0||0 |- |2009||徳島||1||J2||0||0||colspan="2"|-||1||0||1||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始113||0||27||0||11||0||151||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算行112||0||colspan="2"|-||3||0||115||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終225||0||27||0||14||0||266||0 |} その他の公式戦

記録

個人タイトル

代表歴

試合数

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2000)


日本代表国際Aマッチ
出場得点
200010
通算 10