高野忍
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| 高野 忍 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | 高野 忍 |
| 本名 | 同じ |
| 誕生日 | 1974年12月10日(37歳) |
| 出身地 | 和歌山県那智勝浦町 |
| 所属 | ZERO1 |
| デビュー | 2009年 |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| 出身地 | 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町 |
| 生年月日 | 1974年12月10日(37歳) |
| 身長 体重 |
183cm 92kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1998年 ドラフト8位 |
| 初出場 | 2000年4月1日 |
| 最終出場 | 2002年 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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高野 忍(たかの しのぶ、1974年12月10日 - )は、和歌山県那智勝浦町出身の元プロ野球選手(外野手)、プロレスラー。現役途中からの登録名は「髙野 忍」。
目次 |
来歴
箕島高校から中山製鋼を経て、1998年ドラフト8位で読売ジャイアンツに入団。1998年に巨人が行った入団テストにて特大の本塁打を放ち、その長打力を買われ合格した。
直球には強いがその反面変化球には弱く、守備走塁にも難があったため、層の厚い外野手争いに加わることができず、5年目の2003年10月に戦力外通告を受ける。その後他球団の入団テストを受けるが不合格となり引退。
引退後は、ベンチャー企業「ウエストジャパン」取締役に就任し、愛知県の少年野球チーム「御岳ドリームジュニア」のコーチを一年間務めた。さらに、県内の「軟式野球チーム」に所属する傍ら、空手や総合格闘技の練習も行っていた。
2009年2月14日、ZERO1の大阪府立体育会館大会でプロレスラーとしてデビュー。小笠原和彦と対戦し、裸絞めによるレフェリーストップ勝ちを収めた。ZERO1リング・アナウンサーのNaokiと懇意なことからプロレス参戦が決まったとのこと。
人物
- 家族は妻と一男一女。
- 高校時代は投手だったが、社会人時代に外野手へ転向。社会人野球は給料が少なく、電話を止められる等生活はかなり苦しかった。そのため家庭を持った事で将来に不安を覚え、野球を辞める決意をする。野球を辞める記念にと、たまたま近所でやっていた巨人の入団テストを受けたら合格してしまった。
- 巨人への入団が決まった時、夫人から「ヨシノブのサインを貰って来て」と頼まれた。
- 清原和博の大ファン。入団したての頃、清原に腕相撲勝負を挑まれ見事勝利した。
- コンニャクがどうしても食べられないという。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | 巨人 | 13 | 15 | 15 | 1 | 3 | 1 | 0 | 1 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .200 | .200 | .467 | .667 |
| 2001 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2002 | 3 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 通算:3年 | 17 | 18 | 18 | 1 | 3 | 1 | 0 | 1 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | .167 | .167 | .389 | .556 | |
記録
- 初出場:2000年4月1日、対広島東洋カープ2回戦(東京ドーム)、9回裏に二岡智宏の代打として出場
- 初打席:同上、9回裏に小山田保裕から右飛
- 初安打・初打点・初本塁打:2000年4月22日、対広島東洋カープ5回戦(広島市民球場)、9回表に木村龍治の代打として出場、山崎慎太郎から右中間へソロ
- 初先発出場:2000年9月27日、対ヤクルトスワローズ25回戦(明治神宮野球場)、7番・左翼手として先発出場
背番号
- 66 (1999年 - 2003年)
関連項目
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