18世紀
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 10年紀: |
1700年代 1710年代 1720年代 1730年代 1740年代 1750年代 1760年代 1770年代 1780年代 1790年代 |
18世紀(じゅうはっせいき)とは、西暦1701年から西暦1800年までの100年間を指す。
目次 |
18世紀の歴史
世界
ヨーロッパの躍進とアジア大帝国の弱体化
18世紀には、農業生産の飛躍的向上により人口の増加をもたらした農業革命に続き、世界初の工業化である産業革命が起こったことにより、イギリスの生産力が飛躍的に向上した。産業革命の原動力のひとつに大西洋の三角貿易(奴隷貿易)に支えられた砂糖や綿花のプランテーション、そしてそこでの労働力となった黒人奴隷の存在がある。重商主義によりヨーロッパ各国で激しい貿易競争がおこなわれた。オランダの自由貿易は衰え、イギリスとフランスが台頭し両国は、激しい植民地戦争を繰り広げた。
アジアの大帝国の腐敗、弱体化が始まり、それに乗じて西欧諸国のアジア進出が始まった。インドではムガル継承戦争によりムガル帝国が弱体化、デリー周辺をかろうじて支配する地方政権に転落し、地方政権の割拠するようになり、イギリス、フランスの進出を許した。オスマン帝国は改革がおこなわれたが大きな成果はなく、腐敗と弱体化がいっそう進んだ。清は乾隆帝の治世で最盛期にあたり人口が増えたため華僑が登場した。内政面で充実し、経済力も増したが、18世紀後期には腐敗が進んだ。また、貿易を巡って西ヨーロッパ諸国と対立するようになっていった。
市民革命と近代化の始まり
18世紀のヨーロッパなどでは、自然権や平等、社会契約説、人民主権論など理性による人間の解放を唱える啓蒙思想が広まっていた。この帰結として、18世紀の後半から末にかけてアメリカ独立革命、フランス革命といった市民革命がおこり、市民社会への流れが始まった。一方で、プロイセンやロシア帝国では啓蒙専制君主が登場し、上からの近代化が進められた。
産業革命以後の各国の工業化や資本主義の成立、一連の市民革命以後の市民社会の成立や国民国家の誕生など、19世紀にかけて国や社会のあり方が大きく変容していくことは、近代化の始まりともされる。これらの変革以降は西洋史において近代に区分されている。
電気技術の夜明け
科学の分野では、ミュッセンブルークにより静電気を貯める装置「ライデン瓶」が発明されると、これに興味を持ったベンジャミン・フランクリンが雷を伴う嵐のなか凧糸の末端にライデン瓶を接続した凧を揚げ、「雷雲の帯電を証明する」という実験を通じて、雷の正体がelectricity(=電気)であることを明らかにした。それと同時に、このelectricityには"プラスとマイナスの両方の極性があること"も確認したといわれている。フランクリンの観察によって電気技術の基礎となる様々な研究にスポットが当てられ、18世紀末にはアレッサンドロ・ボルタによる、世界最初の化学電池としても知られる「ボルタの電堆」の発明に至った。
18世紀に開花した電気技術は19世紀において、現代の生活に欠かすことのできない電話機、モーター、発電機、白熱電球などの発明に繋がっていく。
18世紀の音楽と芸術
18世紀はバッハ(1685-1750)、ハイドン(1732-1809)、モーツァルト(1756-1791)、ベートーヴェン(1770-1827)など多くの大音楽家達が生きた時代でもある。
「典雅さの世紀」とも呼ばれたこの時代に芸術の分野では、豪壮華麗なバロック様式から繊細優美なロココ様式への移行が見られる。また、この世紀の後半にはポンペイやヘルクラネウムの遺跡発掘に始まる古典古代への憧憬が高まり、新古典主義様式が隆盛に向かう。
日本
元禄文化と江戸の改革
江戸時代の中期から後期にあたる。経済と文化の発展は17世紀末の元禄文化で結実したが、幕府財政は次第に逼迫していった。八代将軍・徳川吉宗は享保の改革を推し進め、慢性悪化に陥っていた財政の復興を果たしたが、一方で一時凌ぎ的な法令を濫発した事などは却って幕府の権威を弱体化し、社会的な矛盾を残すこととなった。18世紀の後期には田沼意次による重商主義的政策が執られ、幕府の財政状況は一定の改善をみた。だが、田沼による改革は江戸の経済・文化の繁栄をもたらした一方、農民層の困窮を招き中絶、代わりに老中となった松平定信により反動的・復古的な寛政の改革が進められ、経済・文化の停滞が進んだ。
宝永大噴火
1703年に元禄大地震(関東地震)、1707年に関東南西部、東海地方~紀伊半島~四国にかけて宝永地震(東海・東南海・南海連動型地震)という二つの巨大地震が発生すると、宝永地震から49日後に宝永大噴火が起きた。これは、現在までにおける歴史上最後の富士山の噴火である。
できごと
- 大北方戦争( - 1721年、スウェーデンとロシア帝国間の戦争)
- 1701年 - スペイン継承戦争( - 1714年)
- 1701年 - 播州赤穂藩主浅野長矩、江戸城中で高家吉良義央に斬りつける。
- 1702年 - 赤穂浪士大石良雄ら四十七人で、吉良を討つ。
- 1703年 - 幕府、大石らに切腹を命ずる。
- 1703年 - 長州藩、製蠟所を設置。
- 1703年 - 元禄大地震(房総沖M8.1~8.2)。
- 1703年 - オスマン帝国皇帝アフメト3世の即位、チューリップ時代始まる( - 1730年)。
- 1707年 - 宝永地震(東海・東南海・南海M8.6~8.7)、富士山宝永大噴火(降灰砂は東方90Kmの川崎で5cm・大被害)。
- 1707年 - イングランド王国とスコットランド王国の合同でグレートブリテン王国成立。
- 1707年 - ムガル帝国皇帝アウラングゼーブ没、以後ムガル帝国は急速に衰退。
- 1709年 - 徳川綱吉が64歳で没し、 徳川家宣が江戸幕府第6代将軍となる。
- 1709年 - 東大寺大仏殿の再建なり、落慶供養行われる。
- 1709年 - 生類憐れみの令を廃止する。
- 1709年 - 幕府、新井白石を登用する。
- 1709年 - 東山天皇が譲位し、第114代中御門天皇が即位。
- 1711年 - 清の康熙帝在位50周年に伴い、「盛世滋生人丁」という丁税免除を実施。
- 1713年 - 徳川家宣が没し、 徳川家継が江戸幕府第7代将軍となる。
- 1713年 - ユトレヒト条約。
- 1713年 - イギリス女王アンが没し、ステュアート朝断絶。
- 1714年 - ラシュタット条約。
- 1715年 - フランス国王ルイ14世が没す、曾孫のルイ15世が即位。
- 1715年 - 教皇クレメンス11世が典礼論争でイエズス会の宣教方法を禁止。
- 1716年 - 4月30日、家継が8歳で没し、吉宗が江戸幕府第8代将軍となる。
- 1717年 - 大岡忠相越前守が江戸町奉行就任。
- 1720年 - 江戸にて、町火消(町人による消防組織)の「いろは組」が設置される。
- 1720年 - 日本でキリスト教以外の漢訳洋書輸入の禁が緩められる。
- 1720年 - イギリスで南海泡沫事件が起こる。
- 1721年 - ロバート・ウォルポールがイギリス最初の首相となる(責任内閣制の始まり)。
- 1721年 - ピョートル大帝、サンクトペテルブルクにて元老院からツァーリ(ロシア皇帝)に戴冠される。
- 国体的なロシア帝国の始まり。
- 1721年 - 小石川養生所完成。
- 1722年 - 清の雍正帝が第5代皇帝に即位。
- 1725年 - 雍正のチベット分割。
- 1727年 - キャフタ条約。
- 1728年 - 徳川吉宗の命でベトナムから象が輸入され、江戸で象ブームが起こる。
- 1730年 - オスマン帝国でパトロナ・ハリルの反乱、チューリップ時代終わる。
- 1730年 - 大坂の堂島で世界初の先物取引がおこなわれる。
- 1733年 - ポーランド継承戦争( - 1735年)。
- 1735年 - 中御門天皇が譲位し、第115代桜町天皇が即位。
- 1735年 - 清の乾隆帝が第6代皇帝に即位。
- 1736年 - イランのサファヴィー朝を滅ぼし、ナーディル・シャーがアフシャール朝を開く。
- 1737年 - トスカーナ大公国のメディチ家が断絶する。
- 1739年 - ジェンキンスの耳の戦争。
- 1739年 - アフシャール朝のナーディル・シャーがムガル帝国の首都デリーを占領。
- 1740年 - ハプスブルク家長女マリア・テレジア、ハプスブルク家の家督を継承。
- 1740年 - オーストリア継承戦争( - 1748年)。
- 1745年 - チャールズ若僭王の反乱が失敗し、ジャコバイト運動は壊滅。
- 1745年 - 徳川家重が江戸幕府第9代将軍となる。
- 1745年 - アラビアのサウード家がイスラム教ワッハーブ派に帰依し同派の守護者となる。
- 1747年 - 桜町天皇が譲位し、第116代桃園天皇が即位。
- 1747年 - フランスで百科全書の刊行開始( - 1772年)。
- 1755年 - リスボン大地震。
- 1755年 - フレンチ・インディアン戦争( - 1763年)。
- 1756年 - 七年戦争( - 1763年)。
- 1756年 - プラッシーの戦いでフランスに対するインドでのイギリスの優位が確定。
- 1757年 - 清がジュンガル王国を滅ぼし、東トルキスタンを「新疆」と名づけ藩部とする。
- 1758年 - 12月25日、ハレー彗星接近。
- 1758年 - 宝暦事件。
- 1760年 - 徳川家治が江戸幕府第10代将軍となる。
- 1761年 - カラス事件。
- 1762年 - 桃園天皇が没し、第117代後桜町天皇が即位。
- 1762年 - ロシアで女帝エカチェリーナ2世が即位( - 1796年)。
- 1767年 - 田沼意次が側用人になる。いわゆる「田沼時代」の始まり ( - 1786年)。
- 1767年 - 明和事件。
- 1770年 - 後桜町天皇が譲位し、第118代後桃園天皇が即位。
- 1770年 - ジェームズ・クックがイギリスによるオーストラリア東南部の領有を宣言。
- 1771年 - ベトナムで西山党の乱起こる( - 1802年)。
- 1772年 - 明和の大火(行人坂の火事)。
- 1773年 - 教皇クレメンス14世がイエズス会を解散(- 1814年)。
- 1773年 - ボストン茶会事件。
- 1773年 - ロシアでプガチョフの乱( - 1775年)。
- 1775年 - アメリカ独立戦争( - 1783年)。
- 1776年 - 7月4日、アメリカ独立宣言が採択される。
- 1779年 - 後桃園天皇が没し、第119代光格天皇が即位。
- 1779年 - イランでアーガー・モハンマド・シャーがカージャール朝を開く(- 1925年)。
- 1781年 - 清で乾隆帝の命による四庫全書完成する(1741年- )。
- 1782年~1788年 - 日本、天明の大飢饉。
- 1782年 - タイ王国でチャクリー朝が成立しラーマ1世が即位。
- 1786年 - 英仏通商条約(イーデン条約)でイギリス製品がフランスに流れ込む。
- 1787年 - 徳川家斉が江戸幕府第11代将軍となる。松平定信が老中首座になり寛政の改革を行う。
- 1788年 - オーストラリアが流刑植民地とされ、イギリス人の移民が始まる
- 1788年 - 第一次ロシア・スウェーデン戦争(- 1790年)。
- 1789年 - フランス革命( - 1794年)。
- 1789年 - ベトナムの昭統帝が清に亡命し、黎朝滅亡(1428年- )。
- 1789年 - 尊号一件。
- 1791年 - ヴァレンヌ逃亡事件、ピルニッツ宣言。
- 1792年 - スウェーデン国王グスタフ3世が仮面舞踏会で暗殺される。
- 1793年 - ルイ16世の処刑。第一次対仏大同盟結成。
- 1794年 - テルミドールの反動。総裁政府成立。
- 1795年 - 清の乾隆帝とイギリス全権大使ジョージ・マカートニーが貿易の交渉するが決裂。
- 1795年 - 第三次ポーランド分割によりポーランド国家が消滅。
- 1796年 - 清の乾隆帝が譲位し、嘉慶帝が第7代皇帝に即位。
- 1798年 - 本居宣長、『古事記伝』を完成。
- 1798年 - ナポレオンのエジプト遠征。第二次対仏大同盟結成。
- 1799年 - 清の乾隆太上皇帝死去、嘉慶帝は親政を開始し、先帝の寵臣和珅に死を賜る。
- 1799年 - 第四次マイソール戦争にイギリスが勝利し、南インドのマイソール藩王国消滅。
- 1799年 - ブリュメール18日のクーデタで統領政府成立。
- 1800年 - 伊能忠敬、蝦夷地の測量に向かう。
- 1800年 - アレッサンドロ・ボルタ、後に電池として知られる大電流を発生させる装置(ボルタの電堆)を発明。
人物
ヨーロッパ文化圏
政治
- マールバラ公ジョン・チャーチル(イギリスの軍人、 1650年5月26日 - 1722年6月16日)
- オイゲン・フォン・ザヴォイエン(オーストリアの軍人、1663年10月16日 - 1736年4月24日)
- アン(イギリス女王、在位1702年4月23日 - 1714年8月1日)(1665年2月6日 - 1714年8月1日)
- アウグスト2世(ポーランド王・ザクセン選帝侯、1670年5月12日 - 1733年2月1日)
- ロバート・ウォルポール(イギリス首相、1676年8月26日 - 1745年3月18日)
- カール12世(スウェーデン王、在位1697年-1718年)(1682年6月17日 - 1718年11月30日)
- ポンバル侯爵セバスティアン・デ・カルヴァーリョ(ポルトガル首相、1699年5月13日 - 1782年5月8日)
- チャタム伯ウィリアム・ピット(大ピット)(イギリス首相、1708年11月15日 - 1778年5月11日)
- フリードリヒ2世(プロイセン王・大王、在位1740年-1786年)(1712年1月24日 - 1786年8月17日)
- カルロス3世(スペイン王、在位1759年-1788年)(1716年1月20日 - 1788年12月14日)
- マリア・テレジア(ハプスブルク家女帝、在位1740年-1780年)(1717年5月13日 - 1780年11月29日)
- ポンパドゥール夫人(フランス王ルイ15世の寵妃、1721年12月29日 - 1764年4月15日)
- ジェームズ・ウルフ(イギリスの軍人、1727年1月2日 - 1759年9月13日)
- エカチェリーナ2世(ロシア女帝、在位1762年-1796年)(1729年5月2日 - 1796年11月6日)
- ジョージ・ワシントン(アメリカ初代大統領、1732年2月22日 - 1799年12月14日)
- ヨーゼフ2世(神聖ローマ皇帝、在位1765年 - 1790年)(1741年3月13日 - 1790年2月20日)
- コシチューシコ(コシューシコ)(ポーランド愛国者、1746年2月4日 - 1817年10月15日)
- グスタフ3世アドルフ(スウェーデン王、在位1771年-1792年)(1746年1月13日 - 1792年3月29日)
- ルイ16世(フランス王、在位1774年-1792年)(1754年8月23日 - 1793年1月21日)
- ハンス・アクセル・フォン・フェルセン(スウェーデン貴族、1755年9月4日 - 1810年6月20日)
- マリー・アントワネット(フランス王妃、1755年11月2日 - 1793年10月16日)
- アレクサンダー・ハミルトン(アメリカ財務長官・思想家、1755年1月11日 - 1804年7月12日)
- ラファイエット侯爵(フランスの軍人・政治家、1757年9月6日 - 1834年5月20日)
- マクシミリアン・ド・ロベスピエール(フランスの政治家、1758年5月6日 - 1794年7月28日)
- ホレーショ・ネルソン(イギリスの軍人、1758年9月29日 - 1805年10月21日)
- ウィリアム・ピット(小ピット)(イギリス首相、1759年5月28日 - 1806年1月23日)
- ナポレオン・ボナパルト(フランスの軍人のちに皇帝、*1769年8月15日 - +1821年5月5日)
- グスタフ4世アドルフ(スウェーデン王、在位1792年-1809年)(1778年-1837年)
※フランス革命関連人物一覧も参照のこと。
思想と歴史
- ベルナール・フォントネル(*1657年2月11日 - +1757年1月9日)
- ジャンバッティスタ・ヴィーコ(*1668年6月23日-+1744年1月23日)
- クリスティアン・ヴォルフ(*1679年1月24日 - +1754年4月9日)
- イーフレイム・チェンバーズ(*1680年? - +1740年5月15日)
- ジョージ・バークリー(*1685年3月12日 - +1753年1月14日)
- シャルル・ド・モンテスキュー(*1689年1月18日 - +1755年2月10日)
- フランソワ・ケネー(*1694年6月4日 - +1774年12月16日)
- ヴォルテール(*1694年11月21日 - +1778年5月30日)
- ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリー(*1709年12月19日 - +1751年11月11日)
- トマス・リード (*1710年4月26日 - +1796年10月7日)
- デイヴィッド・ヒューム(*1711年5月7日- +1776年8月25日)
- ジャン=ジャック・ルソー(*1712年6月28日 - +1778年7月2日)
- ドゥニ・ディドロ(*1713年10月5日 - +1784年7月31日)
- バウムガルテン(*1714年7月17日 - +1762年5月26日)
- クロード・アドリアン・エルヴェシウス(*1715年2月25日または26日 - +1771年12月26日)
- エティエンヌ・ボノ・ドゥ・コンディヤック(*1715年9月30日 - +1780年8月3日)
- ジャン・ル・ロン・ダランベール(*1717年11月16日 - +1783年10月29日)
- ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマン(*1717年12月9日 - +1768年6月8日)
- アダム・スミス(*1723年6月5日 - +1790年7月17日)
- ポール・アンリ・ティリ・ドルバック男爵(*1723年12月8日 - +1789年1月21日)
- イマヌエル・カント(*1724年4月22日 - +1804年2月12日)
- ジャック・テュルゴー(*1727年5月10日 - +1781年3月18日)
- エドマンド・バーク(*1729年1月12日 - +1797年7月9日)
- レッシング(*1729年1月22日 - +1781年2月15日)
- トマス・ペイン(*1737年1月29日 - +1809年6月8日)
- エドワード・ギボン(*1737年5月8日 - +1794年1月16日)
- チェーザレ・ベッカリーア(*1738年3月15日 - +1794年11月28日)
- フリードリヒ・ハインリヒ・ヤコービ(*1743年1月25日 - +1819年3月10日)
- コンドルセ(*1743年9月17日 - +1794年3月29日)
- ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー(*1744年8月25日 - +1803年12月18日)
- アレクサンドル・ラジーシチェフ(*1749年8月31日 - +1802年9月24日)
文学
- ダニエル・デフォー(*1660年 - +1731年4月21日)
- ジョナサン・スウィフト(*1667年11月30日 - +1745年10月19日)
- エドワード・ヤング(*1683年 - +1765年)
- ルズヴィ・ホルベア(*1684年 - +1754年)
- ピエール・マリヴォー(*1688年 - +1763年)
- アレキサンダー・ポープ(*1688年5月21日-+1744年5月30日)
- サミュエル・リチャードソン(*1689年8月19日 - +1761年7月4日)
- アベ・プレヴォー (*1697年4月1日 - +1763年12月23日)
- ヘンリー・フィールディング(*1707年4月22日 - +1754年10月8日)
- サミュエル・ジョンソン(*1709年9月18日 - +1784年12月13日)
- ジョン・クレランド(*1709年9月24日- +1789年1月23日)
- ローレンス・スターン(*1713年11月24日 - +1768年3月18日)
- トマス・グレイ(*1716年12月26日 - +1771年7月30日)
- ホレス・ウォルポール(*1717年9月24日 - +1797年3月2日)
- カロン・ド・ボーマルシェ(*1732年1月24日 - +1799年5月18日)
- レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ(*1734年 - +1806年)
- マルキ・ド・サド(*1740年6月2日 - +1814年12月2日)
- ジェイムズ・ボズウェル(*1740年10月29日 - +1795年5月19日)
- ショデルロ・ド・ラクロ(*1741年10月18日 - +1803年9月5日)
- ロレンツォ・ダ・ポンテ (*1749年3月10日 - +1838年8月1日)
- ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(*1749年8月28日 - +1832年3月22日)
- フリードリヒ・フォン・シラー(*1759年11月10日 - +1805年5月9日)
- ウィリアム・トマス・ベックフォード(*1760年10月1日 – +1844年5月2日)
- フリードリヒ・ヘルダーリン (*1770年3月20日 - +1843年6月6日)
- ノヴァーリス(*1772年5月2日 - +1801年3月25日)
芸術
- アントワーヌ・ヴァトー(*1684年 - +1721年)
- ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(*1696年3月5日 - +1770年3月27日)
- ウィリアム・ホガース(*1697年 - +1764年)
- ジャン・シメオン・シャルダン(*1699年 - +1779年)
- フランソワ・ブーシェ(*1703年9月29日 - +1770年5月30日)
- ジョシュア・レノルズ(*1723年7月16日 - +1792年2月23日)
- トマス・ゲインズバラ(*1727年 - +1788年)
- アントン・ラファエル・メングス (*1728年3月12日 – +1779年6月29日)
- ジャン・オノレ・フラゴナール(*1732年 - +1806年)
- フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(*1746年3月30日 - 1828年4月16日)
- ジャック=ルイ・ダヴィッド(*1748年 - +1825年)
音楽
- アントニオ・ヴィヴァルディ(1678年-1741年)
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685年-1750年)
- ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685年-1759年)
- フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732年-1809年)
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年-1791年)
科学
探検家・旅行家
- ヴィトゥス・ベーリング(*1681年8月 - +1741年12月19日)
- ジェームズ・クック(*1728年10月27日 - +1779年2月14日)
- ジョン・ケンドリック(*1740年頃 – +1794年12月12日)
- ラ・ペルーズ伯ジャン=フランソワ・ド・ガロー (*1741年8月23日 - 1788年?)
その他
- ジョルジュ・サルマナザール(1679年 - 1763年)
- エマヌエル・スヴェーデンボリ(1688年1月29日 - 1772年3月29日)
- サンジェルマン伯爵(1691年/1707年? - 1784年2月27日)
- フランシス・ダッシュウッド(1708年12月 - 1781年12月11日)
- ジャコモ・カサノヴァ(1725年4月2日 - 1798年6月4日)
- フランツ・アントン・メスメル(1734年5月23日 - 1815年3月5日)
- ヨハン・カスパール・ラファター(1741年 - 1801年)
- アレッサンドロ・ディ・カリオストロ(1743年6月2日 - 1795年8月26日)
- ルイ・クロード・ド・サン・マルタン(1743年 - 1803年)
イスラム文化圏
- ネヴシェヒルリ・イブラヒム・パシャ(1666年 - 1730年) - オスマン帝国の大宰相・チューリップ時代にアフメト3世を支える
- アフメト3世(1673年 - 1736年) - オスマン帝国の第23代皇帝(在位1703年 - 1730年)・チューリップ時代を現出する
- ネディーム (1681年? - 1730年) - オスマン帝国のチューリップ時代のトルコ語の詩人・現世的喜びを詠う
- アブドルジェリル・レヴニー(? - 1732年) - オスマン帝国のチューリップ時代の画家で細密画(ミニアチュール)に優れる
- ナーディル・シャー(1688年 - 1747年) - イランのアフシャール朝の君主(在位1736年 - 1747年)・「第二のアレクサンドロス」
- ムハンマド・イブン・アブドゥルワッハーブ(1703年 - 1792年) - アラビアの宗教家・ワッハーブ派の創始者でサウード家と結ぶ
- アーガー・モハンマド・シャー(1742年? - 1797年) - イランのカージャール朝の初代君主(在位1796年 - 1797年)
インド・東南アジア
- ジョゼフ・フランソワ・デュプレクス(1697年 - 1763年) - フランス領インド総督・第一次カーナティック戦争で優位に立つ
- ロバート・クライブ(1725年 - 1774年) - イギリス出身の軍人・プラッシーの戦いでフランスに勝利しイギリス領インドの基礎を築く
- ウォーレン・ヘースティングズ(1732年 - 1818年) - イギリス出身の政治家・ベンガル知事からインドの初代総督となる
- ラーマ1世(1737年 - 1809年) - チャクリー朝初代のシャム国王(在位1782年 - 1809年)・新たにバンコクを建設し遷都する
- ティープー・スルターン(1750年 - 1799年) - インドのマイソール王国国王(在位1782年 - 1799年)・イギリスとの熾烈な戦いで有名
中国文化圏
- 沈徳潜(*1673年 - +1769年) - 清の文人・学者・乾隆帝から「東南二老」の一人と讃えられる・『五朝詩別裁集』がある
- 雍正帝(*1678年 - +1735年) - 清朝第5代皇帝(在位1722年 - 1735年)・政務に精励し独裁権を確立・軍機処を設置
- 沈南蘋(*1682年 - +1760年以降) - 清の画家・徳川幕府に招聘され長崎に滞在・写生的な花鳥画の技法を日本に伝える
- 金農(*1687年 - +1763年) - 清の書家・画家・官途につかず揚州八怪の一人と在野で活躍・金石学から学んだ隷書が有名
- ジュゼッペ・カスティリオーネ(郎世寧)(*1688年 - +1766年) - イタリア人のイエズス会士・乾隆帝に画家として仕え円明園を設計
- 鄭燮(*1693年 - +1765年) - 清の書家・画家・官途につくも辞任・揚州八怪の一人・金農とともに金石学を学び碑学派の先駆となる
- 呉敬梓(*1701年 - +1754年) - 清の文人・官吏の弊風を諷刺した長編口語小説『儒林外史』を書く
- 乾隆帝(*1711年 - +1799年) - 清朝第6代皇帝(在位1735年 - 1795年)・「三世の春」の円熟期を代表し「十全武功」を誇った
- 袁枚(*1716年 - +1797年) - 清の詩人・散文作家・性霊説を唱えた詩論『随園詩話』や料理書『随園食単』怪異談『子不語』が有名
- 戴震(*1724年 - +1777年) - 清の学者(考証学)・四庫全書の編纂官となり天算(暦)の部の校訂を行う・著書に『孟子字義疏証』
- 紀昀(*1724年 - 1805年) - 清の官吏・学者・『四庫全書』の総編集を担当・詩文や論文は残さず怪異談『閲微草堂筆記』が残る
- 曹雪芹(*1724年頃 - +1763年頃) - 清の作家・没落した旗人に生まれ貧窮の中で長編口語小説『紅楼夢』を完成させる
- 趙翼(*1727年 - +1812年) - 清の官吏・学者(考証学)・正史二十二史の編纂形式や内容を考証した『二十二史箚記』を執筆
- 銭大昕(*1728年 - +1804年) - 清の官吏・学者(考証学)・正史二十二史の編纂形式や内容を考証した『二十二史考異』を執筆
- 王倫(? - +1774年) - 清の反乱指導者・白蓮教系清水教の頭目として反乱を起こすが鎮圧される
- 容妃(*1734年 - +1788年) - 清の乾隆帝の后妃・西域から召されながら乾隆帝の寵愛を拒んで自殺したという伝説の「香妃」のモデル
- 段玉裁(*1735年 - +1815年) - 清の官吏・学者(考証学)・戴震に音韻論を学び『説文解字注』などの著作を残す
- 章学誠(*1738年 - +1801年) - 清の学者(考証学)・史学研究から『文史通義』や『校讐通義』などの著作を残す
- 和珅(*1750年 - +1799年) - 清の政治家(軍機大臣)・晩年の乾隆帝の寵を受け専横を尽くす・不正蓄財を行い 嘉慶帝に処罰される
日本の主要人物
- 近松門左衛門(1653年 - 1725年) - 劇作家、
- 新井白石(1657年 - 1725年) - 儒学者・政治家
- 尾形光琳(1658年 - 1716年) - 画家
- 大石良雄(1659年 - 1703年) - 義士・元禄赤穂事件で主君浅野長矩の敵吉良義央を討つ
- 山本常朝(1659年 - 1719年) - 思想家
- 徳川家宣(1662年 - 1712年) - 六代将軍(在任1709年 - 1712年)
- 徳川家継(1709年 - 1716年) - 七代将軍(在任1713年 - 1716年)
- 荻生徂徠(1666年 - 1728年) - 儒学者
- 荷田春満(1669年 - 1736年) - 国学者・歌人
- 大岡忠相(1677年 - 1752年) - 政治家
- 徳川吉宗(1684年 - 1751年) - 八代将軍(在任1716年 - 1745年)
- 石田梅岩(1685年 - 1744年) - 思想家
- 竹田出雲(1691年 - 1756年) - 浄瑠璃作者・『仮名手本忠臣蔵』を書く
- 賀茂真淵(1697年 - 1769年) - 国学者・歌人
- 青木昆陽(1698年 - 1769年) - 蘭学者
- 徳川家重(1712年 - 1761年) - 九代将軍(在任1745年 - 1760年)
- 伊藤若冲(1716年 - 1800年) - 画家
- 与謝蕪村(1716年 - 1784年) - 俳人・画家
- 田沼意次(1719年 - 1788年) - 政治家
- 前野良沢(1723年 - 1803年) - 藩医・蘭学者
- 鈴木春信(1725年? - 1770年) - 画家
- 平賀源内(1728年 - 1780年) - 蘭学者
- 本居宣長(1730年 - 1801年) - 国学者
- 円山応挙(1733年 - 1795年) - 画家
- 杉田玄白(1733年 - 1817年) - 蘭学者
- 木村蒹葭堂(1736年 - 1802年) - 文人・画家・本草学者
- 徳川家治(1737年 - 1786年) - 十代将軍(在任1760年 - 1786年)
- 大田南畝(1749年 - 1823年) - 幕吏・文人・狂歌師
- 蔦屋重三郎(1750年 - 1797年) - 版元(出版人)
- 上杉鷹山(1751年 - 1822年) - 大名(在任1767年 - 1785年)
- 大黒屋光太夫(1751年 - 1828年) - 漂流者
- 喜多川歌麿(1750年代 - 1806年) - 画家
- 松平定信(1759年 - 1829年) - 政治家
- 徳川家斉(1773年 - 1841年) - 十一代将軍(在任1787年 - 1837年)
- 東洲斎写楽(活躍時期1794年 - 1795年) - 画家
科学技術
- ピアノの発明。
- フランス科学アカデミーが、地球楕円体の形状の論争に決着をつけるために赤道近傍と北極近傍の子午線弧長を比較し(1735年~1740年)、地球の数学的形状は扁球として解釈できることが確認された。
- ベンジャミン・フランクリンによる雷がelectricity(電気)であることの解明と避雷針の発明。アレッサンドロ・ボルタによるボルタ電堆の発明。




