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19世紀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

千年紀: 2千年紀
世紀: 18世紀 - 19世紀 - 20世紀
10年紀: 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 1840年代
1850年代 1860年代 1870年代 1880年代 1890年代

19世紀(じゅうきゅうせいき)とは、西暦1801年から西暦1900年までの100年間を指す。

目次

19世紀の歴史

帝国主義の興隆

ファイル:SepoyMutiny.jpg
インド大反乱 アジア、アフリカ諸国には苦渋の時代であった。

19世紀のイギリス工業化による生産力の増大により得た、圧倒的な経済力と軍事力で世界の覇権を握った。イギリスは時には武力をも用いて世界各国に自由貿易を認めさせ、イギリスを中心とした国際経済体制に世界を組み込んでいった(パクス・ブリタニカ)。この過程で、大陸国家であるロシア海洋国家のイギリスとの間に度重なる衝突が発生し、20世紀における世界大戦の遠因が形成された。

アジアアフリカにとっては苦渋の時代であり、トルコタイ王国などの国では西欧文化を取り入れ近代化が試みられた。清帝国はアヘン戦争の敗北により、植民地化がはじまる。1853年、アメリカペリー浦賀に来航、江戸幕府開国を認めさせ、日本も欧米を中心とした世界経済に組み込まれた。1868年には長らく続いた幕藩体制は崩壊し(明治維新)、新たに発足した明治政府は欧米文化を摂取して急速な近代化を目指した。19世紀末には、近代化に成功した日本やタイ王国などの一部の国以外は、西欧列強の植民地にされるか、強い影響下におかれた。

国民国家の成立

ファイル:Eugène Delacroix - La liberté guidant le peuple.jpg
フランス7月革命 ヨーロッパでは革命により近代的な国家が生まれた。

西欧では、フランス革命の影響により自由主義ナショナリズムが広がった。19世紀初頭のナポレオンの興亡や反動的なウィーン体制、数々の市民革命の勃発の後、ナショナリズムの高揚によりドイツイタリアなどの新たな統一された強力な国家が登場した。また南米ではナポレオン戦争による混乱に乗じてラテンアメリカ諸国が独立した。

列強の植民地争奪戦

19世紀中頃に、ドイツ、フランス、アメリカ合衆国はイギリスに続いて産業革命をなしとげた。こうした後進産業国では政府の強力なリードのもとで産業育成がなされた。19世紀の末期には資源の豊富なアメリカ合衆国や重化学工業分野が成長したドイツの発展が著しく、事実上イギリスの覇権は崩れた(第二次産業革命参照)。これにより19世紀末には列強の植民地争奪競争がおこなわれた。日本も日清戦争日露戦争などを通じ、こうした植民地争奪戦に乗り出していく。

できごと

ファイル:Ireland population change 1841 1851.png
アイルランド併合による弊害 イギリスの搾取による大飢饉の発生(1841-1851)
ファイル:Andrieux - La bataille de Waterloo.jpg
ナポレオン戦争 ワーテルローの戦い
ファイル:Congresso di Vienna.png
革命への反動 ウィーン会議の様子 J.B.Isaben画

文化

文学

思想

科学

  • 19世紀は制度としての科学が確立し、「科学の世紀」とも呼ばれる。科学が自然哲学から分離し、技術への応用が進展した。

技術

人物

首脳

ファイル:David napoleon.jpg
ナポレオン・ボナパルト ダヴィッド『アルプス越えのナポレオン』
ファイル:BismarckundNapoleonIII.jpg
ナポレオン3世(左)とビスマルク(右)

軍人

産業と科学

思想

文学

美術

音楽

その他

サハラ以南のアフリカ

西アジアと北アフリカ

インド文化圏

東南アジア文化圏

  • ファン・デン・ボス(1780年 - 1844年) - オランダ領東インド総督・コーヒーやサトウキビや藍などの強制栽培制度を実施
  • トーマス・ラッフルズ1781年 - 1826年) - イギリスの東インド会社準知事・マレー半島南端にシンガポール港を開く
  • アンリ・ムオ(1826年 - 1861年) - フランスの探検家・西欧人として最初にアンコール・ワットを発見・『インドシナ王国遍歴記』がある
  • ラーマ5世(チュラーロンコーン)(1853年 - 1910年) - チャクリー朝タイ国王(在位1868年 - 1910年)・チャクリー改革を推進
  • ティーボー1859年 - 1916年) - コンバウン朝ビルマの最後の国王(在位1878年 - 1885年)・第三次英緬戦争で敗北
  • ホセ・リサール1861年 - 1896年) - フィリピンの独立運動家・医師・著述家・スペイン軍の手で銃殺されたが現在は国民的英雄

中国文化圏

  • 嘉隆帝(阮福暎)(1762年 - 1820年) - 阮朝越南の初代皇帝(在位1802年 - 1820年)・西山朝を倒し国家を統一
  • 阮元(1764年 - 1849年) - 清の文人・書家・「南北書派論」「北碑南帖論」を提唱し帖学派に対抗して碑学派を起こす
  • 林則徐1785年 - 1850年) - 清の政治家・イギリスから密輸されたアヘンを処分・アヘン戦争を引き起こす
  • 魏源1794年 - 1856年) - 清の思想家・林則徐と協力し海外事情を紹介した『海国図志』をまとめる
  • 曽国藩1811年 - 1872年) - 清の政治家・洋務運動の一人・弱体化した清軍に代わり郷勇湘軍)を組織し太平天国の乱を鎮圧
  • 左宗棠1812年 - 1885年) - 清の政治家・洋務運動の一人・太平天国の鎮圧に活躍・イリ事件や清仏戦争の処理も担当
  • 洪秀全1814年 - 1864年) - 清の宗教家・キリスト教系の上帝会の教祖・太平天国の乱を起こすが敗北して自殺したか
  • 粛順1816年 - 1861年) - 清の政治家・辛酉政変で恭親王奕訢や西太后との権力闘争に敗れ処刑される
  • 李鴻章1823年 - 1901年) - 清の政治家・洋務運動の一人・太平天国の鎮圧に活躍・日清戦争や北清事変の処理も担当
  • 恭親王奕訢1833年 - 1898年) - 清の咸豊帝の弟・辛酉政変に勝利しアロー戦争後の同治中興の政局を指導
  • 西太后1835年 - 1908年) - 清の咸豊帝の妃で同治帝の母・同治帝から光緒帝まで断続的に「垂簾聴政」を行い権力を掌握
  • 劉永福1837年 - 1917年) - 清の軍人・黒旗軍を率いて越南(ベトナム)に進入したフランス軍を駆逐・日清戦争でも活躍
  • 呉昌碩1844年 - 1927年) - 清末民初の文人・詩・書・画・篆刻ともに精通し「四絶」とも「清代最後の文人」とも呼ばれる
  • 黄遵憲1848年 - 1905年) - 清末の詩人・官僚として戊戌の変法にも参加・外交官としては日本を訪れ『日本国志』を執筆
  • 厳復1854年 - 1921年) - 清末民初の思想家・翻訳家・ハックスリーの社会進化論を『天演論』で紹介し思想界に影響を与える
  • 康有為1858年 - 1927年) - 清末の思想家(公羊学)・光緒帝の信任を得て戊戌の変法を行うが西太后派の政変で挫折
  • 譚嗣同1865年 - 1898年) - 清末の官僚・思想家・戊戌の変法に参加・西太后派の政変で処刑された「戊戌六君子」の一人

日本の主要人物

注釈

  1. ^ ただし、この時点ではA型B型C型の3つであるとされた。

10年紀と各年

1800年代 1800 1801 1802 1803 1804 1805 1806 1807 1808 1809
1810年代 1810 1811 1812 1813 1814 1815 1816 1817 1818 1819
1820年代 1820 1821 1822 1823 1824 1825 1826 1827 1828 1829
1830年代 1830 1831 1832 1833 1834 1835 1836 1837 1838 1839
1840年代 1840 1841 1842 1843 1844 1845 1846 1847 1848 1849
1850年代 1850 1851 1852 1853 1854 1855 1856 1857 1858 1859
1860年代 1860 1861 1862 1863 1864 1865 1866 1867 1868 1869
1870年代 1870 1871 1872 1873 1874 1875 1876 1877 1878 1879
1880年代 1880 1881 1882 1883 1884 1885 1886 1887 1888 1889
1890年代 1890 1891 1892 1893 1894 1895 1896 1897 1898 1899
1900年代 1900 1901 1902 1903 1904 1905 1906 1907 1908 1909