ACミラン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ACミラン | ||||
|---|---|---|---|---|
| 原語表記 | Associazione Calcio Milan s.p.a | |||
| 愛称 | Rossoneri | |||
| クラブカラー | 赤と黒 | |||
| 創設年 | 1899年 | |||
| 所属リーグ | セリエA | |||
| ホームタウン | ミラノ | |||
| ホームスタジアム | サン・シーロ | |||
| 収容人数 | 85,847 | |||
| 代表者 | (空位)[1] | |||
| 監督 | ファイル:Flag of Italy.svg マッシミリアーノ・アッレグリ | |||
| 公式サイト | 公式サイト | |||
|
| ||||
| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | ||||
ACミラン(Associazione Calcio Milan s.p.a)は、イタリア・ミラノを本拠地とするサッカークラブチーム。
目次 |
概要
イタリアのみならず世界でも有数のビッグクラブである。クラブカラーからロッソ・ネロ(イタリア語で「赤と黒」、複数形でロッソ・ネリとも)またはディアボロ(イタリア語で「悪魔」)の愛称で呼ばれる。サポーターのことをミラニスタという。
同じ街の同じスタジアムを本拠地とするインテルとは永遠のライバル関係にあり、ミラノダービーと呼ばれる対戦は街を二分する盛り上がりを見せる。インテルのファンがブルジョワ階級と呼ばれる富裕層であるのと比較して、ACミランのファン層は労働者階級を中心であるとされていたが、現在では特別に隔たった支持層は無く、お互いに広い層から支持を集めている。
UEFAチャンピオンズリーグでは過去7度の優勝を果たしており、これはレアル・マドリードの9度に次ぐ歴代2位の記録である。また、この記録はイタリア国内でUEFAチャンピオンズリーグを制覇した経験のある他の2チームの記録(インテルは3度、ユヴェントスは2度)を大きく引き離している。なお、チャンピオンズリーグで5度の優勝、或いは3連覇を達成したクラブにはビッグイヤー(優勝杯)の永久保持が認められているが、同時にビッグイヤーのロゴと優勝回数が書かれたワッペンをユニフォーム左袖につけることが許される。このワッペンをつけているのはACミランの他に、レアル・マドリード、リヴァプールFC、アヤックス・アムステルダム、バイエルン・ミュンヘンの4クラブのみである。2010年、アメリカの経済誌『フォーブス』が算定したACミランの資産価値は8億ドル(約700億円)であり、イタリアのクラブでは第1位、世界では第7位となっている[2]。
歴史
1899年12月16日にミラノ在住のイギリス人アルフレッド・エドワーズが中心となって、「ミラン・クリケット・アンド・フットボール・クラブ」(Milan Cricket and Football Club)を創設し、その後上記の通り「ミラン・アッソチアツィオーネ・カルチョ」と名称は変更されたがMilanだけは英語のまま残った。(イタリア語ではMilanoである)。クラブ名のうちアッソチアツィオーネAssociazioneは英語のAssociationつまり協会ではなく、法人という意味で、Associazione Calcioはサッカー法人となる。つまり全体では「ミランサッカー法人」が正しい訳語となる。Milanが英語であるため、ACの部分がAthletic Clubだと誤解される場合が多い。
1950年代〜1960年代
1907年のスクデット獲得以来目立ったタイトルを得ることができなかったミランであるが、1949年にロンドンオリンピック優勝メンバーであるグンナー・グレン、グンナー・ノルダール、ニルス・リードホルムを獲得。この3人はそれぞれの名前から「グレ・ノ・リ」トリオと称された。1951年にスクデット、ラテン・カップで優勝すると、1955年、1957年、1959年にもリーグ優勝し、1956年には再びラテンカップを獲得した。
1961年にネレオ・ロッコが監督に就任すると、初シーズンからスクデットを獲得。ジャンニ・リベラやジョゼ・アルタフィーニらを擁したチームを率いて1963年にはUEFAチャンピオンズカップ初優勝を果たした。しかし、エレニオ・エレーラ率いるインテルの好調などもあって、次にタイトルを獲得するのは1967年のコッパ・イタリア初優勝まで待たなければならなかった。
低迷期
1979-80シーズンのホームでのラツィオ戦が八百長の疑いで調査が行われ、セリエBへ降格処分となった。当時クラブ会長であったフェリーチェ・コロンボは永久追放となった。この処分により1980-81シーズンはセリエBでのシーズンとなったが、優勝して1年でセリエAに復帰した。しかし、セリエAに復帰した翌1981-82シーズンはわずか7勝という成績で再びセリエBへ降格となった。 再びセリエBでプレーすることとなったが、1982-83シーズンは優勝してまたも1年でセリエAに復帰した。
ベルルスコーニの登場
その後、後にイタリア首相を務めるシルヴィオ・ベルルスコーニが1986年にクラブを買収して会長に就任した。ベルルスコーニは有力選手を大補強し、クラブを立て直した。当時はほぼ無名だったが、後にこのチームでサッカーに革命を起こすことになるアリゴ・サッキをパルマから監督として招き入れた。そして、ベルルスコーニが会長に就任して2シーズン目、サッキが指揮を執って1シーズン目の1987-88シーズンには2敗という成績でスクデットを獲得した。また、ベルルスコーニは1987年には当時の史上最高額移籍金でルート・フリットをPSVから獲得、マルコ・ファン・バステンをアヤックスから獲得し、1988年にはフランク・ライカールトをサラゴサから獲得した。
黄金期
サッキが採用した高い位置でプレッシャーをかけてボールを奪うというプレッシングサッカー戦術とキャプテンのフランコ・バレージや、ルート・フリット、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールトのオランダトリオなどの選手の活躍もあり、1988-1989シーズン、1989-1990シーズンにかけてUEFAチャンピオンズカップを2連覇した。1990-1991年のUEFAチャンピオンズカップ準々決勝のオリンピック・マルセイユ戦で、マルセイユが1-0でリードしていた88分にスタジアムの照明が消灯し、照明復帰後もACミランが試合の続行を拒否したため没収試合となった。この結果ACミランは1年間ヨーロッパの大会から締め出されることとなった。
1990年代になると、バレージの他にもパオロ・マルディーニ、アレッサンドロ・コスタクルタ、デメトリオ・アルベルティーニの3人が中心になり、1991年から監督となったファビオ・カペッロのもとで、無敗優勝を含む1991-1992シーズンから1993-1994シーズンにかけてのセリエA3連覇や1992-1993シーズンから1994-1995シーズンにかけてのUEFAチャンピオンズリーグ3季連続決勝進出(1993-1994シーズンは優勝)などの成績を残し、「グランデ・ミラン」(偉大なミラン)や「リ・インヴィンチービリ」(無敵のミラン)と呼ばれる黄金期を築いた。バレージを含めたこの4人は、ミラン栄光のバンディエラ(イタリア語で「旗印」の意。そのクラブで長くキャリアを送ったシンボル的なプレーヤーを指す)ともいわれる。
最強神話崩壊と過渡期
ファビオ・カペッロがレアル・マドリードへ去ると、1996-1997シーズンは優勝争いから脱落し、その責任を取るかたちでオスカル・ワシントン・タバレスが解任され、かつて栄光を築いたアリゴ・サッキが監督に復帰した。このシーズンは、主力選手の高齢化が顕著で、特にバレージの衰えは象徴的といえるものであった。そこにサッキの監督就任が追い打ちをかける形となり、この低迷から抜け出せなかった。1997-1998シーズンには1年でレアル・マドリードの監督を解任されたカペッロを連れ戻すが、大きな効果は得られなかった。1998-1999シーズンは、監督にウディネーゼで旋風を起こしたアルベルト・ザッケローニを招聘し、1997-1998シーズンのセリエA得点王であるオリバー・ビアホフとトーマス・ヘルヴェグを獲得。序盤こそ苦戦していたが、アルベルティーニ、コスタクルタ、マルディーニ、ボランら栄光を知る主力選手がチームを牽引して、終盤に勝ち点でSSラツィオを逆転して悲願のスクデットを獲得した。しかし、その後は1999年夏の移籍市場でアンドリー・シェフチェンコの獲得に成功した以外は目立った出来事はなく、2000-2001シーズン途中でザッケローニは解任された。
アンチェロッティ監督時代
2001-02シーズンも中位に低迷していたが、シーズン途中でカルロ・アンチェロッティが監督に就任し、最終的にはセリエAを4位で終える。2002-03シーズンは、UEFAチャンピオンズリーグ優勝とコッパ・イタリア優勝の2冠を達成。2003年夏の移籍市場ではカカ、カフーらを獲得し、シーズン開幕前にはUEFAスーパーカップを制覇。2003年12月のインターコンチネンタルカップでは南米代表のボカ・ジュニアーズにPK戦の末敗れたものの、最終的に2003-04シーズンは2位のASローマに勝ち点11の大差をつけてのセリエA優勝を果たした。
2004-05シーズンは開幕前にスーペルコッパ・イタリアーナを制したものの、セリエAでは2位に終わり、UEFAチャンピオンズリーグでは決勝戦でリヴァプールFCと対戦し敗れた。この敗戦はイスタンブールの悲劇とも呼ばれる。2005-06シーズンは4季ぶりの無冠に終わったばかりか、シーズン終了後に発覚したカルチョ・スキャンダルによって、「2005-06シーズンのリーグ戦での勝ち点-44」、「2006-07シーズンのセリエAを勝ち点-15からの開始」という処分がイタリアサッカー協会のスポーツ裁判所によって下された。控訴審では処分が軽減され、最終的に2005-06シーズンの勝ち点は58となり、3位扱いとしてUEFAチャンピオンズリーグ出場が決まったほか、2006-07シーズンのセリエAは勝ち点-8からの開始となった。
2006-07シーズンは当初は低迷するも、2007年冬の移籍市場でレアル・マドリードからロナウドを獲得し、最終的にセリエAでは4位、UEFAチャンピオンズリーグでは優勝を果たした。2007-08シーズンはシーズン開幕前にUEFAスーパーカップを制覇し、2007年12月にはFIFAクラブワールドカップ2007に出場。決勝戦で南米代表のボカ・ジュニアーズを破り欧州代表としては初の同大会優勝を成し遂げた。しかし、UEFAチャンピオンズリーグではベスト16、セリエAでも5位に終わり、7季振りにUEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃した。2008年夏の移籍市場ではマチュー・フラミニ、ジャンルカ・ザンブロッタ、ロナウジーニョらを獲得。更に、2009年冬の移籍市場ではロサンゼルス・ギャラクシーからデビッド・ベッカムをシーズン終了(当初は同年3月9日)までの期限付き移籍で獲得した。しかし、2008-09シーズンはセリエAでは3位、UEFAカップはラウンド32に終わった。シーズン終了後、主将のパオロ・マルディーニが現役を引退。また、2009年6月1日にアンチェロッティは監督を辞任した。
レオナルド/アッレグリ監督時代
2009-10シーズンはレオナルドが監督に就任。しかし、2009年夏の移籍市場ではカカをレアル・マドリードに放出した。シーズン開幕後、しばらくは低迷するが、「4-2-ファンタジー」とも称される攻撃的な4-3-3の布陣を採用し最終的にはセリエAで3位に終わるも、シーズン終了と共にレオナルドは監督を退任した。
2010年6月、前カリアリ・カルチョ監督のマッシミリアーノ・アッレグリが監督に就任。同年夏の移籍市場ではズラタン・イブラヒモビッチ、ロビーニョらを獲得。2011年冬の移籍市場ではアントニオ・カッサーノ、マルク・ファン・ボメルらを獲得し、ロナウジーニョをCRフラメンゴへ放出した。2010-11シーズンは7季振りとなるセリエA優勝を果たした。
ユニフォーム
ホームユニフォームは赤黒の縦じま。ただしUEFAチャンピオンズリーグ、インターコンチネンタルカップ等の決勝では上下白のセカンドを希望して着用することが多い。チャンピオンズリーグ7回の優勝のうち6回を白のセカンドユニフォームで勝ち取っている。また、選手支給スーツはドルチェ・ガッバーナから提供される。
胸スポンサー
- オペル (1990年代-2000年頃)- ドイツの自動車メーカー。ユニフォーム表記は「OPEL」
- オペル・ザフィーラ(1994~96頃)- オペル社の車名。ユニフォーム表記は「オペル社のロゴの下にZAFIRA」
- Bwin (2000年頃~09-10シーズン)- オーストリアのオンラインサービス提供企業。ミランのユニフォームの代名詞でもあった。
- エミレーツ航空(10-11シーズン~)- アラブ首長国連邦の航空会社。契約金は5年総額約6000万ユーロ[3]。ユニフォーム表記は「Fly Emirates」
タイトル
国内タイトル
- スクデット - 18回 ファイル:Star*.svgファイル:Scudetto.svgファイル:Scudetto.svgファイル:Scudetto.svgファイル:Scudetto.svgファイル:Scudetto.svgファイル:Scudetto.svgファイル:Scudetto.svgファイル:Scudetto.svg
- 1901, 1906, 1907, 1950-51, 1954-55, 1956-57, 1958-59, 1961-62, 1967-68, 1978-79,
1987-88, 1991-92, 1992-93, 1993-94, 1995-96, 1998-99, 2003-04, 2010-11
- セリエB - 2回
- 1980-81, 1982-83
- コッパ・イタリア - 5回 ファイル:Coccarda Coppa Italia.svgファイル:Coccarda Coppa Italia.svgファイル:Coccarda Coppa Italia.svgファイル:Coccarda Coppa Italia.svgファイル:Coccarda Coppa Italia.svg
- 1966-67, 1971-72, 1972-73, 1976-77, 2002-03
- スーペルコッパ・イタリアーナ - 6回 ファイル:Supercoppaitaliana.pngファイル:Supercoppaitaliana.pngファイル:Supercoppaitaliana.pngファイル:Supercoppaitaliana.pngファイル:Supercoppaitaliana.pngファイル:Supercoppaitaliana.png
- 1988, 1992, 1993, 1994, 2004, 2011
国際タイトル
- 2007
- インターコンチネンタルカップ(トヨタカップを含む) - 3回 ファイル:Coppaintercontinentale.pngファイル:Coppaintercontinentale.pngファイル:Coppaintercontinentale.png
- 1969, 1989, 1990
- UEFAチャンピオンズリーグ(旧UEFAチャンピオンズカップを含む) - 7回 ファイル:Coppacampioni.pngファイル:Coppacampioni.pngファイル:Coppacampioni.pngファイル:Coppacampioni.pngファイル:Coppacampioni.pngファイル:Coppacampioni.pngファイル:Coppacampioni.png
- 1962-63, 1968-69, 1988-89, 1989-90, 1993-94, 2002-03, 2006-07
- 1967-68, 1972-73
- UEFAスーパーカップ - 5回
- 1989, 1990, 1994, 2003, 2007
- ラテン・カップ - 2回
- 1951, 1956
- ミトローパ・カップ - 1回
- 1982
過去の成績
| シーズン | セリエA | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | コッパ | UEFACL | EL (旧UEFAカップ) | CWC (旧トヨタカップ) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1987-1988 | 1位 | 30 | 17 | 11 | 2 | 43 | 14 | ベスト16 | 2回戦 | ||
| 1988-1989 | 3位 | 34 | 16 | 14 | 4 | 61 | 25 | ベスト16 | 優勝 | ||
| 1989-1990 | 2位 | 34 | 22 | 5 | 7 | 56 | 27 | 準優勝 | 優勝 | 優勝 | |
| 1990-1991 | 2位 | 34 | 18 | 10 | 6 | 46 | 19 | ベスト8 | ベスト8 | 優勝 | |
| 1991-1992 | 1位 | 34 | 22 | 12 | 0 | 74 | 21 | ベスト4 | |||
| 1992-1993 | 1位 | 34 | 18 | 14 | 2 | 65 | 32 | ベスト4 | 準優勝 | ||
| 1993-1994 | 1位 | 34 | 19 | 12 | 3 | 36 | 15 | ベスト32 | 優勝 | 準優勝 | |
| 1994-1995 | 4位 | 34 | 17 | 9 | 8 | 53 | 32 | ベスト16 | 準優勝 | 準優勝 | |
| 1995-1996 | 1位 | 34 | 21 | 10 | 3 | 60 | 24 | ベスト8 | ベスト8 | ||
| 1996-1997 | 11位 | 34 | 11 | 10 | 13 | 43 | 45 | ベスト8 | グループリーグ | ||
| 1997-1998 | 10位 | 34 | 11 | 11 | 12 | 37 | 43 | 準優勝 | |||
| 1998-1999 | 1位 | 34 | 20 | 10 | 4 | 59 | 34 | ベスト16 | |||
| 1999-2000 | 3位 | 34 | 16 | 13 | 5 | 65 | 40 | ベスト8 | 1次リーグ | ||
| 2000-2001 | 6位 | 34 | 12 | 13 | 9 | 56 | 46 | ベスト4 | 2次リーグ | ||
| 2001-2002 | 4位 | 34 | 14 | 13 | 7 | 47 | 33 | ベスト4 | ベスト4 | ||
| 2002-2003 | 3位 | 34 | 18 | 7 | 9 | 55 | 30 | 優勝 | 優勝 | ||
| 2003-2004 | 1位 | 34 | 25 | 7 | 2 | 65 | 24 | ベスト4 | ベスト8 | 準優勝 | |
| 2004-2005 | 2位 | 38 | 23 | 10 | 5 | 63 | 28 | ベスト8 | 準優勝 | ||
| 2005-2006 | 2位→3位[4] | 38 | 28 | 4 | 6 | 81 | 31 | ベスト8 | ベスト4 | ||
| 2006-2007 | 4位 | 38 | 19 | 12 | 7 | 57 | 36 | ベスト4 | 優勝 | ||
| 2007-2008 | 5位 | 38 | 18 | 10 | 10 | 66 | 38 | ベスト16 | ベスト16 | 優勝 | |
| 2008-2009 | 3位 | 38 | 22 | 8 | 8 | 70 | 35 | ベスト16 | ベスト32 | ||
| 2009-2010 | 3位 | 38 | 20 | 10 | 8 | 60 | 39 | ベスト8 | ベスト16 | ||
| 2010-2011 | 1位 | 38 | 24 | 10 | 4 | 65 | 24 | ベスト4 | ベスト16 |
現所属メンバー
フォーメーション
<4-3-1-2> 2011-12シーズン 基本スターティングメンバー
括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。
ローン移籍選手
- in
|
- out
|
|
11/12移籍
詳細は「:en:List of Italian football transfers summer 2011」を参照
プリマヴェーラ
|
|
- ACミラン プリマヴェーラ
- 詳細はen:A.C. Milan Primaveraを参照
歴代監督
| 氏名 | 国籍 | 期間 |
|---|---|---|
| ハーバート・キルピン | ファイル:Flag of England.svg イングランド | |
| エンゲルバート・クーニッヒ | ファイル:Flag of Austria.svg オーストリア | 1928-1931 |
| ヨージェフ・バーナーシュ | ファイル:Flag of Hungary.svg ハンガリー | 1931-1933 |
| ヨージェフ・ヴィオラ | ファイル:Flag of Hungary.svg ハンガリー | 1933-1934 |
| アドルフォ・バロンチェーリ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1935-1937 |
| ヨージェフ・バーナーシュ | ファイル:Flag of Hungary.svg ハンガリー | 1937-1941 |
| マリオ・マグノッティ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1941-1943 |
| ジュゼッペ・サンタゴスティーノ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1943-1945 |
| アドルフォ・バロンチェーリ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1945-1946 |
| ジュゼッペ・ビゴーノ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1946-1949 |
| ラヨス・セズラー | ファイル:Flag of Sweden.svg スウェーデン | 1949-1952 |
| ベーラ・グットマン | ファイル:Flag of Hungary.svg ハンガリー | 1953-1955 |
| エクトル・プリチェッリ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1955-1956 |
| ジュゼッペ・ヴィアーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1956-1958 |
| ルイジ・ボニッツォーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1958-1960 |
| パオロ・トデスキーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1960-1961 |
| ネレオ・ロッコ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1961-1963 |
| ルイス・カルニグリア | ファイル:Flag of Argentina.svg アルゼンチン | 1963-1964 |
| ニルス・リードホルム | ファイル:Flag of Sweden.svg スウェーデン | 1964-1966 |
| アルトゥーロ・シルベストリ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1966-1967 |
| ネレオ・ロッコ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1967-1974 |
| ジョバンニ・トラパットーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1974 |
| グスタボ・ジアニョーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1974-1975 |
| ジョバンニ・トラパットーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1975-1976 |
| ジュゼッペ・マルキオーロ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1976-1977 |
| ネレオ・ロッコ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1977 |
| ニルス・リードホルム | ファイル:Flag of Sweden.svg スウェーデン | 1977-1979 |
| マッシモ・ジャコミーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1979-1981 |
| ルイジ・ラディーチェ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1981-1982 |
| エリオ・ガルビアーティ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1982 |
| イラリオ・カスタニェル | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1982-1984 |
| エリオ・ガルビアーティ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1984 |
| ニルス・リードホルム | ファイル:Flag of Sweden.svg スウェーデン | 1984-1987 |
| ファビオ・カペッロ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1987 |
| アリゴ・サッキ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1987-1991 |
| ファビオ・カペッロ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1991-1996 |
| オスカル・タバレス | ファイル:Flag of Uruguay.svg ウルグアイ | 1996 |
| アリゴ・サッキ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1996-1997 |
| ファビオ・カペッロ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1997-1998 |
| アルベルト・ザッケローニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 1998-2001 |
| チェーザレ・マルディーニ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 2001 |
| ファティ・テリム | ファイル:Flag of Turkey.svg トルコ | 2001 |
| カルロ・アンチェロッティ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 2001-2009 |
| レオナルド | ファイル:Flag of Brazil.svg ブラジル | 2009-2010 |
| マッシミリアーノ・アッレグリ | ファイル:Flag of Italy.svg イタリア | 2010- |
永久欠番
- 6-フランコ・バレージ
- 3-パオロ・マルディーニ
歴代所属選手
詳細は「:Category:ACミランの選手」を参照
太字は現所属選手
GK
|
|
DF
|
|
MF
|
|
FW
|
|
関連項目
脚注
- ^ 組織図 | AC Milan
- ^ フォーブスの算定によるとACミランの資産価値は8億ドル (2010年4月)
- ^ - スポーツマネジメント
- ^ 審判指名操作の不正行為により勝点を30減点されたため、最終順位が変更されている。カルチョ・スキャンダルを参照。
外部リンク
- 公式
- 公式サイト (日本語)
- レガ・カルチョ - ACミラン (イタリア語)
- UEFA.com - ACミラン (日本語)
- ユニフォーム (2008-09シーズン)
- その他
| |
|---|
|
1 アメリア | 2 タイウォ | 4 ファン・ボメル | 5 メクセス | 7 パト | 8 ガットゥーゾ | 9 インザーギ | 10 セードルフ | 11 イブラヒモビッチ | 13 ネスタ | 14 アクィラーニ | 16 フラミニ | 19 ザンブロッタ | 20 アバテ | 22 ノチェリーノ | 23 アンブロジーニ | 25 ボネーラ | 27 ボアテング | 28 エマヌエルソン | 30 ローマ | 32 アッビアーティ | 33 T・シウバ | 70 ロビーニョ | 76 ジェペス | 77 アントニーニ | 92 エル・シャーラウィ | 99 カッサーノ 監督: アッレグリ |
セリエA, 2011-12
| |||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| |||||||||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||
欧州クラブ協会(ECA) 創立メンバー
| |||||||||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||
| ファイル:Flag of Italy.svg イタリアのサッカー | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||




