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JWP女子プロレス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

株式会社JWPプロデュース
JWP Produce
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 JWP
本社所在地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
〒121-0052
東京都足立区六木3丁目6-4
設立 1992年1月
業種 サービス業
事業内容 プロレスリングの興行および関連企画の運営
代表者 代表取締役社長 篠崎清
主要子会社 JWPスポーツ教室
関係する人物 山本雅俊(創業者)
外部リンク www.jwp-produce.com
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ファイル:Command BOLSHOI.JPG
選手代表を務めるコマンド・ボリショイ

JWP女子プロレス(ジェイダブリュピーじょしプロレス)は、日本プロレス団体。通称JWP

「ピュアハート・ピュアレスリング」をキャッチフレーズとし、正統派のプロレス団体を標榜している。

目次

概要

1992年1月のジャパン女子プロレス解散後、同団体の子会社「JWPプロジェクト」を母体に設立された。1992年4月3日後楽園ホールにて旗揚げ戦を行った。

フォールカウントを通常の3から2に変更した「2カウントフォールマッチ」や、サブミッションによるギブアップのみで勝敗を決する「オンリーギブアップマッチ」、ストリートファイトルールを擬した「ドレスアップ・ワイルドファイト」などの実験的な試合形式を行ったこともある。

1992年以降のいわゆる「団体対抗戦ブーム」においては、全日本女子プロレスとの間で、互いの看板タイトルの争奪戦を繰り広げた。1993年4月11日にはダイナマイト・関西尾崎魔弓組が全女のWWWA世界タッグ王座、同年12月6日にはキャンディー奥津が全女の全日本ジュニア王座を、翌年3月24日には全女の下田美馬三田英津子組(ラス・カチョーラス・オリエンタレス)がJWP認定タッグ王座を奪取。そして1995年8月30日には関西が全女のアジャ・コングを破ってWWWA世界シングル王座に就いている。

ジャパン女子解散後の選手会分裂によって、JWPに加わらなかった選手たちから成るLLPW(現・LLPW-X)とは長く対立関係にあり、1992年以降のいわゆる「団体対抗戦ブーム」においても、LLPWとの対抗戦は行われず、ブーム末期の1997年に至ってようやく実現した。

1995年5月、日本のプロレス団体で初めて、中国の北京で興行を行っている。

最盛期は、全日本女子プロレスに匹敵するほどの人気を博したが、キューティー鈴木、福岡晶、奥津、矢樹広弓などの引退や、尾崎の退団など人気選手の離脱が短期間に起きたため、急速にファンの支持を失っていった(両国国技館等での大会場での興行を頻繁に行ったことで、「団体運営が苦しいインディーだからこそ、応援しよう」といった古くからのファンが離れていったことも理由に挙げられる)。2000年11月に一度活動停止したが、2001年2月に経営陣が変わり選手会主導の下で活動再開、以降は小会場を中心に堅実な興行活動を継続している。

当初事務所は上野、道場は埼玉県三郷市にあったが、2003年に現在の足立区六木に道場兼事務所を建てて移転した。

現在、自主興行は月3、4回開かれ、うち1回は道場マッチとして行われる。特に東京キネマ倶楽部を「JWPの聖地」と位置づけ、高い頻度で興行を打っている。後楽園ホールでの開催は年3回程度。地方興行も開催されることがある。

一時期5人にまで減った所属選手数は、他団体でデビューした選手の入団や新人のデビューにより一時は12人にまで増えたが、その後若手選手の相次ぐ退団、そしてエース日向あずみの引退で再び1ケタとなった。その後は相次ぐ新人デビューなどで2011年8月現在は14人となっている。

全日本女子プロレスの解散以後は、現存する団体の中でもLLPWと並んで歴史の古い団体となった。

2010年10月、JWPメディア本部を兼ねた「LIVE & BAR ふらっとんタイムズ」が文京区本郷にオープン。

キーワード

放送

WOWOWで月に1回程度のペースでテレビ中継が行われていた時期がある(詳細はJWP女子プロレス中継を参照)。現在は後楽園ホール大会をFIGHTING TV サムライにて中継している。また、初期の頃にはスペースビジョンネットワーク(現・GAORA)「格闘チャンプフォーラム」内で放送された他、テレビ朝日の深夜番組「プレステージ」でスタジオマッチを敢行したこともある。

リングネーム

1999年2月にジュニア選手を中心にリングネームの一斉改名を実施した。改名した選手とリングネームは以下の通り。

  • ダイナマイト関西→ダイナマイト・関西
  • 久住智子→日向あずみ
  • 天野理恵子→カルロス天野
  • 本谷香名子→美咲華菜
  • 宮口知子→輝優優
  • 倉垣靖子→倉垣翼(一時離脱時に倉垣ツバサに改名、復帰後倉垣翼に戻す)
  • 渡辺えりか→橋本真弥(再デビュー後、本名に戻す)
  • 佐井富子→アキュート冴

全女との提携

2000年に老舗の全日本女子プロレスと提携を発表。全女公認タイトルマッチのみならずジャパングランプリ公式戦をJWP興行内で行うなど経営が悪化していた全女の負担を減らすよう努めていた。

2005年4月を以って全女は解散したものの、デイリースポーツによるビッグマッチの後援をJWPが引き継いだ。

また、2011年には全女が開いていた「タッグリーグ・ザ・ベスト」と同名の大会を復活させることになった。

キックボクシングとの提携

2000年より一時期、キックボクシングジム「アクティブJ」(J-NETWORKの母体)と提携を結び、同ジムから試合提供を受けていた。

その関係からか山本雅俊前社長はJWP退社後、J-NETWORKの主要職に就いている。

道場マッチ

2003年より六木のJWP道場において月1回開いている。道場マッチではエンタテインメント性を高めたユニークなルールの試合が行われている。前出の2カウントフォールマッチを始め、以下のルールの試合が組まれている。

など。

また、道場マッチは地元のケーブルテレビ足立「あだちコミュニティーチャンネル」で中継したり、足立区民向けに入場料を割引するなど地域に密着した興行を謳っている。

米山革命

2010年7月18日、JWP認定無差別級王座を獲得した米山香織はリング上で「米山革命」を宣言し、JWPの低迷脱却を目指している。

まず、米山自身はJWP王座の価値を高めるため、挑戦者をあえてJWP所属選手以外に限定し、アウェーにも積極的に乗り込んでいる。中でも9月19日新宿FACE大会でのさくらえみとの2度目の防衛戦は、さくらえみからの提案で1980年代から90年代にかけて盛んに行われていた「髪切りマッチ」となり、さくらを丸坊主にした。また、9月23日には1日2防衛を果たし、そして6度目の防衛戦はユニオンプロレスなる男子中心の団体、それも5周年の記念大会でメインイベントに抜擢されるなど女子プロレス界では異例づくしのチャンピオンロードを歩み、遂には春山香代子の持つ防衛記録を更新している。

一方、米山革命は他のJWP所属選手にも影響を与えている。主なものとして

がある。米山革命を機にJWP全体で女子プロレスの活性化を図る動きが盛んになっている。

しかし、この米山革命には、団体内外から批判の声もある。

  • 前述の9月19日新宿FACE大会での「髪切りマッチ」に対する批判
    • 大会の1週間前にさくらからの提案により決定が発表されるまでチケットの売れ行きが芳しくなく、形式発表後にチケットが完売となった事に対し、「髪切りマッチがなかったら満員にならなかった」という意見
    • 同日同時間帯に開催され満員になった大日本プロレス後楽園ホール大会[1]と比較し、デスマッチを売りにしながら敗者に対する制裁を一切好まない大日本とJWPとの営業努力の差を懸念する声
  • 米山が王者の権限でJWP所属選手の挑戦権を一方的に剥奪した事に対する批判
    • 3月21日OSAKA女子プロレス大阪ミナミ大会で下野佐和子と防衛戦を行う事に対し、3月2日の会見でLeonが異論を唱え、4月3日の米山とのシングル戦をタイトルマッチにする事を要求している。その際、米山は「獅子の穴」興行の成果など条件を提示して満たせば考えるとコメントし、その後Leonは条件を満たしてタイトルマッチが実現した。

タイトルホルダー

JWP女子プロレスが管轄するチャンピオンベルトの保持者(2011年11月13日現在)
タイトル 保持者 歴代 防衛回数
JWP認定無差別級王座 ヘイリー・ヘイトレッド(アメリカ) 第17代 3
JWP認定タッグ王座 クイーンズレボリューション
米山香織&ヘイリー・ヘイトレッド)
第37代
デイリースポーツ認定女子タッグ王座 第10代
JWP認定ジュニア王座&POP王座 下野佐和子OSAKA女子第21代&第11代 1
JWP女子プロレスが開催するリーグ戦と覇者(2011年9月現在)
タイトル 覇者 年度 日時・シリーズ名
JWPタッグリーグ・ザ・ベスト 春倉
(春山香代子&倉垣翼)
2011年度 1月16日 - 3月6日 JWPタッグリーグ・ザ・ベスト2011
蒼星杯 2011年度 9月23日 -

過去に存在した王座

  • JWP認定後楽園タッグ王座

現在の所属・参戦選手及びスタッフ

所属選手

コマンド・ボリショイ(ボリショイ・キッド)
小柄ながら、マスクを被り徹底的なキャラクター作りによって人気を博した名選手。柔道のスキルを持ち、サンボ流の関節技を使いこなす。旗揚げメンバーでもあり、活動休止・再開後は団体内で求心的な役割を担っている。一方で、2010年にはタイムミュージックより歌手デビューも果たした。
春山香代子
太めの体型だが、オーソドックスなマットさばき、試合運びに巧みさを見せる。若手時代は同期の出世頭として、またJWP活動再開後は主戦力として団体を支え続けている。キーンハンマー、ダイビングギロチンドロップなどが得意技。第13代JWP認定無差別級王者で、同王座8度防衛は2010年に米山香織に破られるまで1位だった。
倉垣翼(倉垣靖子、倉垣ツバサ)
体格に恵まれたパワー殺法と、対照的な身軽さを生かした空中技を得意とする。JWPを2回退団・再入団しておりやや回り道のキャリアとなっていたが、2005年9月、日向あずみを破り第10代JWP認定無差別級王者となった。
米山香織
小柄ながら運動能力に優れ、元気印的なキャラクターで、JWP認定ジュニア王者、タッグ王者の座に着くなど活躍している。2010年7月、高橋奈苗からJWP認定無差別級王座を奪取。以来JWP外の選手相手に同王座10度防衛。2011年を最後に引退を表明。
KAZUKI
Jd'所属のレスラーで阿部幸江とのタッグチーム「ザ☆WANTED!?」などで活躍。フリーとなった後JWPに入団した。
阿部幸江
JDスター、AtoZを経てJWPに入団。KAZUKIとの「ザ☆WANTED!?」を復活させた。
Leon(闘獣牙Leon)
アルシオンに本名の「高瀬玲奈」でデビュー、その後AtoZで「玲央奈」に改名、退団後マスクウーマン「闘獣牙Leon」となりM's Styleに所属した。アルシオン時代から米山とはライバル関係にあり、それが縁で2007年にJWP所属となった。2010年、「読みづらい」という理由で改名。大畠美咲羽沙羅ら若手選手と「獅子の穴」を結成している。
ムーン瑞月
本名:塩田瑞月。2010年7月1日の「笑っていいとも!」で北斗晶により「ムーン瑞月」と命名[2]7月18日後楽園ホール大会でデビュー。
masu-me
2010年に行われたJWPとタイムミュージックとの共同オーディションに応募。歌唱力を生かしたプロレスラーとして12月23日にプロレス・歌手同時デビュー。
モーリー(森居知子)
全日本女子プロレスに平成13年組として入団するが、翌年退団。ブランクをはさみ、2006年に伊藤道場入団。伊藤道場解散前に小林華子(当時)とともに退団し、JWPレギュラー参戦を経て、2011年3月6日にJWP正式入団。同年9月23日よりリングネームを「モーリー」に改名。
中森華子
伊藤道場に本名の「小林華子」でデビュー、伊藤道場解散前に森居知子とともに退団し、改名した上でJWPレギュラー参戦を経て、2011年3月6日にJWP正式入団。
勝愛実
JWPスポーツ教室出身者。JWP初の現役高校生レスラーとして2011年4月3日の後楽園ホール大会でデビュー。
ラビット美兎
ムーン瑞月の妹で、身長139cmは業界最小。2011年8月7日の後楽園ホール大会でデビュー。
川佐ナナ
2011年8月7日の後楽園ホール大会でデビュー。

主要参戦選手

ジャガー横田
主に道場マッチに参戦。
矢神知樹(矢神葵・闘聾門JAPAN)
DASH・チサコセンダイガールズ
東日本大震災仙台市が被災した為、JWPに一時避難の上で参戦
ヘイリー・ヘイトレッド

スタッフ

  • リングアナウンサー 大月治美

過去に所属した選手(JWPで引退)

キューティー鈴木
アイドルレスラーの元祖的存在として人気を博した。レスラーと芸能活動というハードなスケジュールをこなし、旗揚げ間もないJWPにおいては、彼女の知名度が大いに観客動員に貢献したといえる。レスラーとしては小柄な部類になるが、実戦においては体格からは伺えないタフネスぶりを見せ、現役中は怪我らしい怪我をしたことがなかった。1993年8月の全女日本武道館大会では井上貴子と好勝負を演じている。1998年12月に引退。現在はタレントとして活動している。
プラム麻里子
キューティー、関西、尾崎とは同期。早くからサンボに着目し、自らのものとした味のある選手で、長与千種豊田真奈美からも一目置かれていた。1997年8月16日、広島大会での試合中に、尾崎のライガーボムを受けたことが原因で死亡した。日本プロレス史上初のリング禍であった。
福岡晶
JWP旗揚げ選手の一人で、ライダーキックやムーンサルト・フットスタンプなどの空中技を得意とした。関西を倒してJWP無差別級王者となった。1999年3月に引退。現在は地元・秋田に戻り結婚して飲食店を経営する傍ら、地元で開催されるプロレス興行のプロモーターとしても活動している。
斎藤澄子
旗揚げメンバーの1人。初期のJWPで福岡とライバル関係を築いていたが、首の故障により志半ばで引退。しかし、2009年11月2日、GAMI20周年記念興行で福岡とともに一夜限りの復帰を果たした。
天摩由美(永野由美)
JWP初期に所属。
桑原三佳
小林美津恵
ともに誠心会館所属として旗揚げ時より参戦、1993年にJWP所属選手となるが短期間で退団。
さぶろう(外山寿美代)
全日本女子、ジャパン女子の練習生を経て旗揚げ直後にデビューした苦労人。1995年に本名から改名、能智との「さぶちゃん&ふさちゃん」コンビで売り出していたが、1996年の年末に2人揃って引退。
能智房代
全日本女子の平成4年組だったが、デビューの翌年に円満移籍。元同期のチャパリータASARIのベルトに挑戦したこともある。
日置まち子
引退後はキックボクシングに転向。
菅生裕美(テッシー・スゴー)
矢樹の2日後にデビュー。2年で選手を引退し、その後「テッシー・スゴー」に改名してレフェリーに転身した。
日向あずみ(久住智子)
JWP元四天王の一人。スワンダイブ式の空中技と、ブリッジの効いたスープレックスを得意とする。同団体の最高峰である無差別級のベルトを4度獲得。
2006年12月24日にはライバル団体NEOのエースであり、若手時代からのライバルでもある田村欣子とお互いのベルト(NEO統一2冠王座JWP無差別級王座)を賭けた3冠統一選手権試合を行い、60分時間切れ引分けとなった。2009年12月27日引退。現在はフロントとしてJWPを支える。
美咲華菜(本谷香名子)
元JWP四天王。キューティーの跡を継ぐアイドルレスラーとして、府川由美(全女→アルシオン)と競っていた。そのルックスと、長髪を獅子舞の如く振り回して放つ頭突きなどの荒っぽい試合ぶりのギャップが魅力であった。現在は引退。
小林智美
日向、輝、美咲、天野らと同期であったが、短期間で退団。
橋本史穂
デビュー戦がいきなりタイトルマッチ(JWP認定後楽園タッグ)だったがすぐに退団。
大隅沙理
1996年末デビューも1998年に退団。
アキュート冴(佐井富子、市川狐火名)
歌舞伎をイメージしたペイントレスラーに変身して、大きな話題を呼んだ。2002年6月16日に引退。
渡辺えりか(橋本真弥)
春山の同期だが一度引退、結婚した後に2002年に復帰。一時期リングネームを「橋本真也」をもじって『橋本真弥』と名乗っていた。柔道技を得意とする。大食いでも名を馳せた。2006年1月22日に引退。
ラウンドガール
覆面レスラー。かなり太っている。本名はジェニファー。2006年1月7日に引退。
中島安里紗
AtoZ崩壊後、阿部と共にJWPに入団。2006年12月24日の後楽園大会において、復活したJWP認定ジュニア王座決定トーナメント決勝で希月あおい我闘姑娘・当時)を破り第13代王者となった。2009年5月31日付けで退団。
大木アスカ(大木香)
2006年12月24日にJWPにおいて本名でデビュー。同年12月31日の第4回ジュニア・オールスター戦において、デビュー2戦目にして初勝利を挙げた。2007年6月10日から現在のリングネームに改名。心因的理由で欠場を続け、2008年12月31日付で退団。
ピンキー真由香(新関真由香)
2007年12月9日のJWP後楽園ホール大会でデビュー。JWPスポーツ教室出身者。2009年12月31日付で退団、引退。

過去に所属した選手(フリーもしくは他団体所属)

  • OZアカデミー所属
    尾崎魔弓
    軽量ながらトップヒールとして活躍し、関西やキューティーのライバルであるとともに、JWP初期にはキューティーと、団体対抗戦では関西とタッグを結成。後者ではWWWA世界タッグ王座を奪い取っている。在籍中からOZアカデミーを立ち上げ、退団後はOZアカデミーを2006年に団体化している。
    ダイナマイト・関西(ダイナマイト関西)
    堀田祐美子と同時期に全女のオーディションを受けるが不合格となり、ジャパン女子に入団した。ジャパン女子時代は「ミスA」として活躍していた。恵まれた体格と重量感あるキック技、フィニッシュ・ホールドの変形パワーボム「スプラッシュマウンテン」を武器に団体対抗戦で活躍し、JWPの黄金時代を築き上げる。退団しフリーの後、2006年にOZアカデミーに入団。
    カルロス天野(天野理恵子)
    元JWP四天王。矢樹と共にサンボの技術を学び、多彩な関節技を使いこなす。若手時代は尾崎の付け人で、OZアカデミーの第1期生となった。退団後GAEA JAPANを経て、現在はOZアカデミーに所属。
  • ディアナ所属
    青野敬子(蹴射斗)
    LLPWにおいて本名でデビューしたが、2004年3月31日付けでLLPWを解雇される。その後、環境問題に深い関心を持つエコロジー派覆面女子レスラーのECOとして活躍していたが、2007年4月15日のJWP後楽園ホール大会で行われたマスカラ・コントラ・マスカラ・3WAYマッチで敗れたためマスクを脱ぎ、5月13日からリングネーム「蹴射斗(けいと)」となった。2010年9月19日に退団し、フリーを経て2011年よりディアナ旗揚げに参加するとともに本名に戻す。
  • REINA所属
    沙耶(黒木千里)
    2009年10月4日後楽園ホール大会でデビュー。2011年3月1日を以って退団。フリーランスとしてREINA女子プロレスにレギュラー参戦した後、7月18日より正式入団。8月よりリングネームを「沙耶」とする。
  • フリーランス
    デビル雅美
    元は全女出身のヒールレスラーで、ジャパン女子にもフリーとして参加しており、ジャパン女子の崩壊後、JWPと専属契約を結ぶ。2代目道場長も務め、年長者として頼りにされた。JWP時代にはジ・アンダーテイカー(WWF→WWE)を彷彿とさせる「スーパーヒール」にも変身している。退団しフリーを経て2008年に引退。
    矢樹広弓
    高校柔道で実績を残した後、社会人経験を経てデビュー。実力とアイドル的人気を兼ね備えていたが、結婚引退。その後復帰してフリー選手として活躍、JWPにも再登場していたが、現在は選手活動していない。
    輝優優(宮口知子)
    元JWP四天王。日向とはデビュー当時からライバル関係にあり、パワー殺法を得意とする。退団後GAEA JAPANに移籍し、同団体解散後も植松寿絵とヒールコンビでJWPタッグ二冠王座を獲得。
    木村響子
    26歳と遅咲きのデビューを果たしたシングルマザー・レスラーとして一般マスコミにも幾度と無く取り上げられている。2005年12月に退団しフリーに。2009年には自身がリーダーを務めるレボルシオン・アマンドラとして出戻り参戦。
  • アルシオン所属
    キャンディー奥津
    旗揚げ間もないJWPに入団して初の団体生え抜き人気選手として活躍。しかし腰の故障で引退。後にアルシオンで復帰した後、再引退。
  • NEO女子プロレス所属
    宮崎有妃
    JWP四天王と同期。JWP時代はプラム麻里子の付き人をしていた。退団後Jd'→AAAを経てNEO女子プロレス所属。タニー・マウスとのタッグNEOマシンガンズとして出戻り参戦。2010年12月31日のNEO最終興行で引退。

過去に所属したスタッフ

山本雅俊
通称ヤマモ。活動停止までの団体代表・リングアナウンサー。レスラーではないが積極的に露出を図り、団体の知名度向上・コンセプト普及に貢献した。現在は女子キックボクシングのリングアナを務めるなどフリーとして多岐に渡り活躍。
千葉道也
旗揚げからメインのリングアナとして活動していたが、2002年に客の前でスタッフの胸ぐらを掴むという不祥事を起こし、追われるように退団。
川崎恵代(乱馬翔)
ジャパン女子以来、レフェリーとして活動。キック・ボクシングの選手としてデビューした。2001年退団。
チャーリー東
元全日本女子、ジャパン女子のレフェリーで旗揚げから参加。1996年退団。
時津実
ジャパン女子時代から営業として活動。一旦退団後、大建工事主催興行などに携わったのち出向扱いで復帰し、2002年から2003年まで統括部長に就任し、リングアナウンサーも務めた。JWPを離れた後も会社主催興行で先頭に立ちJWPを支えた。現在は独立して時津事務所を設立。プロモーターとして活動している。
山本小鉄
ジャパン女子時代からコーチを務め、JWPでは初代道場長に就任した。
YUKI
ピンキー真由香と同期でレフェリーデビュー。現在はフロント。

JWPアワード

JWPにおける1年間を通じて活躍した選手を表彰する企画で、年内最終興行後のパーティーで発表される。

2001年
  • MVP:日向あずみ
  • ベストバウト:日向あずみ vs コマンド・ボリショイ
11月21日板橋産文ホール
  • 敢闘賞:春山香代子、倉垣翼、市川狐火名、米山香織
  • 特別賞:輝優優
2002年
  • MVP:米山香織
  • ベストバウト:JWP認定無差別級選手権試合ドレスアップ・ワイルドファイト 日向あずみ vs 輝優優
5月19日ディファ有明
  • 敢闘賞:春山香代子、渡辺えりか
  • 特別賞:コマンド・ボリショイ
2003年
  • MVP:春山香代子
  • ベストバウト:故・プラム麻里子さん7回忌メモリアル6人タッグマッチ コマンド・ボリショイ、春山香代子、渡辺えりか vs 日向あずみ、木村響子、宮崎有妃(NEO
8月16日板橋産文ホール
  • 敢闘賞:米山香織
2004年
  • MVP:春山香代子
  • ベストバウト:JWP認定無差別級王者決定トーナメント決勝戦 日向あずみ vs 春山香代子
11月28日東京キネマ倶楽部
  • 敢闘賞:米山香織
  • 技能賞:倉垣翼
2005年
  • MVP:倉垣翼
  • ベストバウト:JWP認定無差別級選手権試合 日向あずみ vs 伊藤薫(フリー)
5月15日後楽園ホール
  • JWP賞:コマンド・ボリショイ
  • 殊勲賞:KAZUKI
  • 敢闘賞:米山香織
  • 功労賞:渡辺えりか
2006年
  • MVP:日向あずみ
  • ベストバウト:JWP認定無差別級&NEO統一二冠トリプル選手権試合 日向あずみ vs 田村欣子(NEO)
12月24日後楽園ホール
  • 殊勲賞:KAZUKI
  • 敢闘賞:米山香織
  • 新人賞:中島安里紗
2007年
12月9日後楽園ホール
  • 敢闘賞:中島安里紗
  • 技能賞:闘獣牙Leon
  • 特別賞:コマンド・ボリショイ
2008年
  • MVP:春山香代子
  • ベストバウト:JWP認定無差別級選手権試合 春山香代子 vs 堀田祐美子(フリー)
9月23日後楽園ホール
  • 殊勲賞:中島安里紗
  • 敢闘賞:闘獣牙Leon
2009年
  • MVP:日向あずみ
  • ベストバウト:JWP認定無差別級選手権試合 春山香代子 vs 日向あずみ
4月12日後楽園ホール
2010年
  • MVP:米山香織
  • ベストバウト賞:JWP認定無差別級&NEO統一二冠トリプル選手権試合 米山香織 vs 田村欣子(NEO)
12月23日後楽園ホール

テレビゲーム

関連項目

脚注

  1. ^ 当日大日本ではBJW認定デスマッチヘビー級次期挑戦者決定戦蛍光灯261本デスマッチアブドーラ小林 vs 石川修司戦などが行われ、観客動員数1284人の満員を記録した。2010年9月19日 後楽園ホール大会試合結果 - 大日本プロレス公式HP
  2. ^ 責任重大(*_*) 北斗晶オフィシャルブログ そこのけそこのけ鬼嫁が通る 2010年7月1日

外部リンク