V-22 (航空機)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
V-22 オスプレイ
V-22はアメリカ合衆国のベルとボーイング・バートルが共同で開発したティルトローター機。
愛称のOsprey (/ˈɒspri/) はミサゴを意味する。日本語メディアではオスプリー、オスプレイなどと表記されている。
目次 |
開発
ヘリコプターは垂直離着陸・ホバリング(空中停止)・超低空での地形追従飛行が出来るが、速度が遅くまた航続距離も短かった。対して通常の固定翼機は高速移動や航続距離の面では優れているものの、離着陸のための長い滑走路が必須な上、垂直離着陸もホバリング(空中停止)も超低空での地形追従飛行もできなかった。
もしヘリコプターの利点である垂直離着陸・ホバリング(空中停止)・超低空での地形追従飛行をこなしつつ、通常の固定翼機のように高速移動かつ長い航続距離が可能ならば、それは戦略上非常に有用なことであり、このことからアメリカ軍は第二次世界大戦直後から両者の利点を併せ持つ航空機を欲しがっていた。
そのため1950年代半ばからXV-3やXV-15などのティルトローター機やティルトウィング機の実験が幾度となく行われていた(第二次世界大戦中にもF5Uの原型機の試験飛行まで漕ぎ着けている)。
この一連の流れの中、1980年、米軍によるイーグルクロー作戦失敗が契機となって、これまで以上にティルトローター機実現に向けて立ち上げた計画がJVX計画である。
JVX開発計画
V-22は1982年に発表された4軍共同の統合先進垂直航空機 (JVX) の名称で開発された。JVXはヘリコプターの特性と固定翼機の性能を持ち合わせる航空機を開発する計画であり、開発する航空機はティルトローター機でなければならないと定められているわけではなかった。しかし実際のところはティルトローター以外の選択は現実的ではなく実質ティルトローター機の開発計画と言えた。当初は米陸軍を中心とした計画であったが、後に4軍の要求を統合し米海軍主導で進めることとなった。
1982年12月に初期設計のための提案要求 (RFP) が提示され、アエロスパシアル、ベル、ボーイング・バートル、グラマン、ロッキード、ウエストランドが関心を示した。ティルトローターの実験機を以前にも開発していたベルと、CH-47などの大型ヘリを開発していたボーイング・バートルがパートナーシップを結び、1985年ベルXV-15をベースとする設計案を提出、この設計案のみ承認されることとなった。
1985年にはJVXで開発する機体の名称がV-22 オスプレイと決定され、海兵隊向けをMV-22、空軍向けをCV-22とした。航空母艦 (CV) との重複を避けたため、本来の用途とは名称が反対となっている。
開発の遅れ
1986年5月2日には全規模開発 (FSD) が認められ、6機のMV-22試作機が製造されることとなった。開発は電子機器や胴体部分をボーイング・バートルが、ナセルや駆動系を含む主翼部分と尾翼部分をベルが担当した。1・3・6号機(その後予算削減で6号機は中止された)がベル、2・4・5号機がボーイング・バートルで組み立てられることとなった。
初飛行は1989年の3月19日であった。当初は1988年に初飛行を行い、1991年頃に量産型の引渡しが予定されていたが、SDI計画や先進戦術戦闘機計画 (ATF)(後のF-22)などに比べ優先度が低く、予算の削減が行われた影響で計画が遅れた。
1989年12月には、米国防長官であったディック・チェイニーが予算削減の一環として開発の中止を発表するが、その後の審査の結果、計画は続行されることとなった。その後何度か計画の中断が予定されたが結局中止となることは無かった。
試作機段階での事故
V-22は試作機段階で2回、重大な事故を起こしている。
- 1回目の事故
1991年6月11日に試作5号機が初飛行時に左右に揺れながら離陸後、数mの高さから大きく機体を傾けてナセルとローターが接地し、機体は転覆して地上へ落ちた。火災も起きずパイロット2名は脱出して軽傷で済んだが、機体は失われてしまった[2]。
墜落原因は、飛行制御システム (FCS) の3つのロールレイト・ジャイロの配線の内の2つが逆に接続されていたミスと判明し、3ヵ月後に試験飛行は再開された[3]。
- 2回目の事故
1992年7月に試作4号機が気候試験でエグリン空軍基地からクアンティコ米海兵隊基地へ飛行中の着陸直前に右エンジンナセルから出火した。制御を失った機体はポトマック川に頭から落ちて、乗っていた海兵隊員3名と民間人技術者4名の計7名全員が死亡した。この墜落の影響でFSD機が全機飛行停止となった。
事故原因は、潤滑油が漏れてエンジンナセル内に溜まっていた状態で着陸のためにナセルをティルトしたのでオイルがエンジンの高温部に触れて発火したものとされた。エンジンの一方が停止しても飛行が継続できるように左右を結ぶクロスリンク機構が備わっていたが、火災の熱によって複合素材製のクロスシャフトが強度を失い破壊されたものとされた。潤滑油漏れ対策が完了するまでの11ヶ月間、飛行停止となった[3]。
この2つの事故はいずれもV-22自体の欠陥であり、残り3機には改良が加えられ1993年夏に試験が再開されたが、この事故によって2機が失われてしまい、計画に影響を与えることとなった。
量産の決定
このような事故もあったが、技術的問題は殆ど解決されたとの結論に至っており[4]、V-22は1994年に量産が認められた。軽量化や製造の効率化などの製造費用の削減を含む再設計が行われ、1995年量産試作機 (EMD) が4機製造された。最初の7号機の初飛行は1997年2月5日に行われた。
1997年4月には低率初期生産 (LRIP) が承認され、まず5機の生産が決定し、2000年度までにさらに25機の生産が認められた。1999年4月には量産初号機が初飛行し、2000年までには艦上運用試験などが実施され、空軍仕様のCV-22BもEMD7号機と9号機を改修して試作試験が開始された。
低率初期生産段階での事故
- 3回目の事故
2000年4月8日に14号機が夜間侵攻での兵員輸送を想定した作戦試験時に墜落事故を起こし、乗員4名と米海兵隊員15名の計19名全員が死亡した。事故機は他のV-22に後続飛行しながらナセルを立てて着陸進入状態にあり、前方機が減速したので衝突を回避するために急減速し急降下を同時に行った。操縦不能になる直前には、対気速度30kt以下で約2000ft/s(610m/s) で降下していた。規定の降下速度は800ft(244m/s) であったので2.5倍の急激な降下であったため、自らが生み出したVRS(vortex ring state、ボルテックスリングステート、セットリングウィズパワー、渦輪状態)と呼ばれる下降気流によって揚力を失ったための墜落事故だとされた。事故の再発防止策として、危険な下降率となった場合にはコックピットに「Sink rate」と音声で注意しながら警告灯を点灯する装置が加えられた[3]。その後も試験は続けられ、運用評価を2000年8月に完了した。
- 4回目の事故
2000年12月11日に海兵隊訓練部隊VMMT-204部隊所属の18号機 (MV-22B) が、夜間飛行訓練中に森林地帯に墜落し、搭乗していた海兵隊員4名全員が死亡した。事故を受け全機が飛行停止になった。
事故原因は、機体の機構的な問題とソフトウェアの問題、そしてパイロットが不適切な操作をしたためという、複合的な事象が重なって起こったものとされた。まず左ナセルの油圧配管が振動によって配線と擦れあい、配管より高圧作動油が噴出した。設計通り油圧システムの安全装置が自動的に作動してシャットオフ・バルブを閉鎖したため、3重の油圧系統の1つを他より切り離して安全に飛行が継続できるようになった。主飛行制御システムは油圧系統の異常を知らせる警告灯を点灯させた。この時、操縦士は着陸に備えてナセルを回転させている途中であり、主飛行制御システム (PFCS) の警告灯の点灯を知って、手順に従ってこれを停止するリセットボタンを押したが警告灯は繰り返し点灯した。PFCSのソフトウェアはこの時点で無用な警告を繰り返すというミスがあった。パイロットは警告灯に気をとられて操縦がおろそかになり誤って地上に墜落させた。この事故原因が明らかにされた後、油圧システムとPFCSの改良が施された[3]。
2002年5月に飛行停止は解除された。
設計
飛行の特徴
V-22は固定翼面積が小さく固定翼から発生する揚力だけでは上昇・前進が出来ず回転翼から発生する揚力のベクトル軸の向きを必要に応じて調整し運用することになる。V-22はその要求通りヘリコプターの利点である垂直離着陸と固定翼機の利点である長い航続距離や速さを持ち合わせている。V-22は主翼の両端に大型の回転翼を装着したターボシャフトエンジンを装備し、このエンジンの角度を垂直にかえることによって垂直離着陸を可能としている。エンジンは垂直より少し後方まで向けることが可能で、速度は出ないが後退飛行をする事もできる。
また、エンジンを前方斜めに傾けることによって短距離離陸 (STOL) を行うことも可能である。ただしV-22の回転翼は大型のため完全に前方に向けてしまうと地面に擦ってしまう。巡航時にはエンジンを完全に水平にすることによって通常の飛行機と同じように飛ぶことが可能である。ただし、上記の理由により回転翼は幾分斜め上に向けて飛行する場合が多い。この場合、回転翼は広い面積を有し十分な揚力を得られるので、水平飛行時は通常の固定翼機に比べゆっくりな回転を示している。
なお、2つの回転翼の配置の特性から、垂直離着陸時に片方の回転翼が停止した際の墜落を防ぐために、2つのエンジンを連結シャフトでつなぐことによって、片方のエンジンが止まった場合でも、稼動している側のエンジンによって2つの回転翼を回すことが可能となっている。
性能
V-22の最高速度は300kt(約555km/h)を超える。これは高速のヘリコプターの最大速度である200kt(約370km/h)程度と比べても1.5倍の速度であり、現在アメリカ軍が採用している同規模の輸送用ヘリコプターと比べても実に2倍以上の速度である。
航続距離も空中給油などを併用した場合最大で2,000 nm(約3,700km)以上と長いものとなっている。
固定翼を併用するために、回転翼のみよりエンジンの単位出力当たり大きな揚力を得られる。また回転翼機より高い高度に上ることが可能である。また、海兵隊が使用する強襲揚陸艦などで使用できるよう、ローターと主翼は折りたたむことが可能となっている。サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦ではヘリコプター甲板に4機・格納庫に1機の積載とヘリコプター甲板から同時に2機の発着が可能とされている。
2007年9月にイラク配備のための輸送では、ワスプ級強襲揚陸艦「ワスプ」に10機が積載された。
US Navy 070521-N-8923M-442 A V-22 Osprey prepares to land on the flight deck of amphibious assault ship USS Wasp (LHD 1).jpg
空中給油プローブ(プローブアンドドローグ方式)を装備中のV-22 |
MV-22B combat radius in Iraq compared with CH-46E combat radius.svg
MV-22の行動半径(点線) |
調達と配備
国防総省では458機のV-22を調達することを計画している。内訳は海兵隊用のMV-22が360機、アメリカ特殊作戦軍向けのCV-22が50機、海軍向けのHV-22が48機である。特殊作戦軍の調達については空軍からも予算が支出される[1]。
2000年の開発段階での事故以降は大きな問題も発生せず2005年に運用評価を完了した。2005年9月19日にCV-22量産1号機が空軍に引き渡された。2005年10月28日に国防調達会議は全規模量産 (FRP) の開始を承認した。2007年12月からイラク西部の戦闘作戦に初めて参加した。
FY2010までに185機のMV-22と31機のCV-22を含め216機のV-22が調達されている。2008年3月28日に結ばれた契約ではFY2008からFY2012までに167機を104億ドルで調達することが取り決められた[1]。
在日米軍の再編で沖縄県普天間飛行場の移設に伴う代替施設(名護市辺野古)への配備が計画されていることが、米軍作成資料から明らかになっているが、日本政府は承知していないとしていた。しかし、2008年4月22日、高村正彦外務大臣(当時)は参議院外交防衛委員会で山内徳信議員の質問に対して「配備の可能性がある」との認識を日本政府として初めて示した[2]。
米国防総省は2011年6月6日、MV-22を2012年後半に、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に配備すると正式に発表した。それを受けて、2011年6月13日、北澤俊美防衛大臣は、沖縄県庁で仲井真弘多知事と会談し、米軍普天間飛行場へのMV-22配備を説明した。
配備後の事故とインシデント
2010年4月8日に空軍特殊作戦軍所属のCV-22が、アフガニスタン南部で夜間に着陸に失敗し横転した。この機体は2009年に初期作戦能力を所得した後に2回目のローテーションとして2010年にアフガニスタンに送られた内の1機であり、CV-22としては通算12号機にあたる。搭乗していた全20名のうち乗員2名と陸軍レンジャーの兵士1名、民間人1名の計4名が死亡し他の搭乗者も負傷した。事故が起きたのは暗視用ゴーグルを使った夜間の砂漠への着陸の最中だったため、ダウンウォッシュ(垂直揚力による下降気流)によって巻き上げられた砂塵で視界が遮られる「ブラウンアウト」が発生し、パイロットが空間識失調が起こしたのではないかという推測がある[3]。
派生型
- CV-22B
- 空軍向けの特殊作戦型。MH-53Jの後継とされる。50機が装備される予定。
その他に早期警戒機や空中給油機とする計画もあるが今のところ開発されるかどうかは未定。
US Navy 091011-N-7508R-005 An MV-22B Osprey assigned to Marine Medium Tiltrotor Squadron (VMM) 263 (Reinforced) from the 22nd Marine Expeditionary Unit (MEU), takes off from the amphibious assault ship USS Bataan (LHD 5).jpg
「バターン」に着艦するMV-22B |
CV-22 Osprey in flight.jpg
飛行中のCV-22 |
仕様
- 全長: 17.47 m(ピトー管含まず)
- 全幅: 25.54 m(ローター含む)
- 全高: 6.63 m(VTOL時)
- ローター直径: 11.58 m
- 航続距離: 879nm(1,627km)
- フェリー距離: 補助燃料タンク使用時 1,940nm(3,593km)
- 実用上昇限度: 26,000ft(7925m)
- 上昇率: 2,320ft/min(11.8m/s)
- 空虚重量: 15.032 t
- 円盤荷重: 20.9lb/ft(102.23kg/m2)(自重247,500lb時)
- 最大離陸重量
- 垂直離陸時: 23.981 t
- 短距離離陸時: 27.442 t
- エンジン: ロールス・ロイスアリソン社製T406(ロールス・ロイス社内名称 AE 1107C-リバティー) ×2基
- 出力: 6,150 shp
- 最高速度
- 通常時: 305 kt (565 km/h)
- ヘリモード時: 100 kt (185 km/h)
- 離着陸距離[1]
- 貨物を載せず24人が乗り組んだ場合はヘリコプターのように垂直離着陸が可能
- 最大積載量を積んだ場合は垂直離着陸できない。離着陸には約487m(1,600フィート)が必要
- 上空でエンジンを停止させて着陸する『オートローテーション』飛行訓練や単発エンジン着陸訓練、編隊離着陸などの習熟訓練には、最短で約792m(2,600フィート)、最大で約1,575m(5,170フィート)が必要。
安全性に対する懸念
開発段階で事故が多発したためティルトローターの特性を原因として根本的に安全性が不足していると批判する者もいる。アメリカ国防総省では事故の原因は調査済みであり、問題はないとしている。2008年7月22日にはイラクを訪問したバラク・オバマ大統領がV-22に乗り安全性をアピールしている[2]。メーカーでも安全性は十分に確保されているとしており、大統領輸送機として現在利用されているVH-3の老朽化に伴う次期マリーンワンの候補に立候補していた。
- FAAはV-22などのティルトローター機を対象として「Powered Lift」という新しいカテゴリーのライセンスを設置している[1]。
- V-22の沖縄配備等において騒音を懸念する声もあるが、アメリカでの調査で現用のCH-46Eと比較して、飛行中は全ての領域でより静かであるという結果が出ている[2]。
登場作品
漫画・アニメ
- 『ジパング』
- V-22をモデルにした設定の架空機、MV/SA-32J「海鳥」が、イージス艦「みらい」に搭載されている。
- 『ポケットモンスタークリスタル ライコウ雷の伝説』
- 『戦闘妖精雪風』OVA OPERATION:4
- 日本海軍空母「アドミラル56」艦長の記者会見の後、プレス関係者を乗せて同艦より発艦するシーンあり。
- 『日本沈没』漫画版
- 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
- 『神の雫』
- 遠峰一青のドバイの友人とされる人物が保有するV-22(と思われる機種)が遠峰に貸し出されるシーンがある。
ドラマ
映画
- 序盤での回収シーンにて機首の機銃で一掃する。
ゲーム
- 『大戦略シリーズ』
- アメリカ軍を選択すると生産することが可能。
- 日本を占拠したアメリカ海軍の機体として登場。プレイヤーも購入して使用できる。
- 『ARMA 2』
- プレイヤーが操作可能。特徴的な姿勢変更を再現。
- ヒューマンシナリオ「追撃:ブレイズ」にて、ラスボスとして登場
- キャンペーンほか、マルチプレイに登場。
脚注
- ^ 琉球新報2007/01/04 - オスプレイ、エンジン停止訓練想定 米軍内部文書で判明
- ^ 垂直離着陸機V22オスプレー 写真特集 時事通信. (2008-07-22). 2010年9月15日閲覧。
関連項目
- ベルエアクラフトとアグスタウェストランドが開発した民間用ティルトローター機。
外部リンク
- ボーイング(英語)
- Air Force Technology V-22 Osprey(英語)
- GlobalSecurity.org V-22 Osprey(英語)
- helicopter V22 crash - YouTube
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||




