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WANDS

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

WANDS
基本情報
出身地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
ジャンル ロック
職業 バンド
活動期間 1991年 - 2000年
レーベル 東芝EMI TM Factory
(1991年 - 1993年
B-Gram RECORDS
(1993年 - 2000年)
事務所 ADING(1991年 - 1993年)
U.S.K.(1993年 - 1996年
SEAS1997年 - 2000年)
メンバー
和久二郎ボーカル
杉元一生ギター
木村真也キーボード
旧メンバー
上杉昇(ボーカル)
柴崎浩(ギター)
大島康祐(キーボード)

WANDS(ワンズ)は、上杉昇ボーカル)、柴崎浩ギター)、大島康祐キーボード)により結成された日本音楽グループ。 90年代初頭から中頃にかけてビーイングの核となっていたバンドの一つ。 1991年にシングル「寂しさは秋の色」でデビュー。2度のメンバーチェンジを経て、2000年に解体(解散)した。

目次

メンバー

大島康祐(おおしま こうすけ)一期キーボード、作曲編曲
現在は作曲・編曲家として活動。
上杉昇(うえすぎ しょう) - 一期・二期ボーカル、作詞、作曲、編曲
現在は猫騙のヴォーカルとして活動。
柴崎浩(しばさき ひろし) - 一期・二期ギター、作曲、編曲
現在はabingdon boys schoolのギタリストとして活動。
木村真也(きむら しんや) - 二期・三期キーボード、作詞(三期のみ)、作曲、編曲
現在は作曲・編曲家として活動。
和久二郎(わく じろう) - 三期ボーカル、作詞、編曲
現在は音楽業界から引退し、バーのマスターをしているとの事。
杉元一生(すぎもと いっせい) - 三期ギター、作詞、作曲、編曲
現在は作曲・編曲家・プロデューサー・LIT-HUMのメンバーとして活動。

来歴

1991年夏頃、ビーイングの音楽プロデューサー長戸大幸を介し、ビーイングが主催している音楽振興会で当時一番声の高いボーカリスト志望の少年(後の上杉昇)と、BADオーディションで最終選考に残っていたギタリスト志望の柴崎浩により、当初二人のユニットとして結成された。そこに初代キーボード大島康祐を加え、同年12月にシングル「寂しさは秋の色」でデビュー。

1992年7月、3枚目のシングル「もっと強く抱きしめたなら」を発表。この作品を最後に、大島康祐が自身のユニットSO-FIを結成するために脱退。後任として、柴崎のYAMAHA音楽院時代の知人であった木村真也が加入した(第2期WANDSの始動となる)。大島はその後B'zのサポートをするなどの活動を行っている。10月、中山美穂とのコラボレーション作品として、中山美穂 & WANDS名義で発表したシングル「世界中の誰よりきっと」がミリオンセラーの大ヒットを記録。シングル「もっと強く抱きしめたなら」も、オリコンチャート登場29週目にして1位となりミリオンセラーを記録する。

1993年2月、4枚目のシングル「時の扉」を発表。4月にはシングルと同タイトルの2枚目のアルバム『時の扉』を発表。いずれもオリコンチャート1位、ミリオンセラー記録の大ヒットとなり、日本の音楽界においてトップアーティストとしての地位を確立する。1993年度は、シングル4,112,008枚・アルバム3,187,564枚の売り上げを記録し、第8回日本ゴールドディスク大賞を受賞した。以降1995年まで、シングル「愛を語るより口づけを交わそう」「世界が終るまでは…」、アルバム『Little Bit…』『PIECE OF MY SOUL』が、それぞれミリオンセラーを記録。シングル「恋せよ乙女」「Secret Night 〜It's My Treat〜」もオリコンチャート1位獲得のヒットとなった。

1995年12月、10枚目のシングル「Same Side」を発表。セカンドシングル以来のメンバーのみの手によるシングル曲で、上杉が志向する欧米的な流れであるニルヴァーナオルタナティブのサウンドを如実に示すものであったが、当時の日本での売れ筋J-POP路線とは一線を画していたため周囲との齟齬が生まれ[要出典]る結果となった。

1996年2月、11枚目のシングル「WORST CRIME 〜About a rock star who was a swindler〜/Blind To My Heart」を発表後、音楽性の違いを理由に上杉昇と柴崎浩が脱退(後に2人はal.ni.coを結成)し、活動を休止。ビーイングがWANDSを商標登録した為、残った木村真也はボーカルに和久二郎、ギターに杉元一生を迎え、第3期WANDSとして活動を再開する。

1997年9月、当時デビュー直後であった小松未歩の楽曲提供により、12枚目のシングル「錆び付いたマシンガンで今を撃ち抜こう」を発表。シングル4枚、オリジナルアルバム1枚を発表したが、2000年3月、公式サイト上で「解体」(解散)を表明。

解体後のメンバーの共演

2006年T.M.Revolutionのアルバム「UNDER:COVER」に柴崎と大島がレコーディング参加。以前からT.M.Revolutionの制作に参加していた柴崎の仲介で大島を起用できたと西川貴教がインタビューで語っている。2011年4月2日に行われた西川主催のチャリティーライブ「STAND UP! JAPAN 中央共同募金会」では前述のアルバムで大島が編曲とキーボード、柴崎がギターを手掛けた「HEART OF SWORD 〜夜明け前〜」を大島、柴崎を含むメンバーでライブ演奏している。2人のライブでの共演はWANDS時代を含め初めてであった。イベント終了後、2人が「WANDSとしてサインした」という大島がWANDS時代に使用していたシンセサイザー、YAMAHA DX7II-FDがチャリティーオークションに出品された。

2011年3月28日、杉元(現・安保)が出演したライブに、和久が本名の松元治郎名義でゲストボーカルとして参加。尾崎豊の「僕が僕であるために」を歌唱している。2人のライブでの共演はWANDS時代を含め初めてであった。

サウンド

第一期
第一期の当初は、初期のB'zaccessに見られるようなデジタルビートを、サウンドの核としていた。
第二期
第二期の前半では、一転してJ-POPの要素を前面に出したサウンドを展開する。ドラマ・CM・アニメなどのタイアップも積極的に行われ、一気にヒットチャートの上位に躍り出ることになった。WANDSの代表曲の多くが、この第二期前半に集中している。そのため「WANDS」といえばこの当時のヒット曲(「時の扉」「愛を語るより口づけをかわそう」など)が固定的にイメージされることも多い。
第二期後半になると、骨太のロックサウンドのオルタナティブや、ニルヴァーナに代表されるグランジ系サウンドを追及するようになっていった。しかし、当時まだ大衆性がなかったグランジというジャンルに、多くのファンに戸惑いを感じさせる原因ともなった。ちなみにボーカルの上杉は後の歌番組で当時の商業音楽を優先する状況を皮肉ってアイドル時代と自虐的なコメントを残している。
第三期
相次ぐメンバー交代にファンの支持が得られず、第二期を超える大ヒットには結びつかなかったが、第一期から第二期前半に至るポップなメロディーと、第二期後半に現れたハードロックなアレンジを融合させた、新たな展開を見せた。

名前の由来

プロデューサーである長戸氏の意向で、タロットカードの魔法の杖(WAND)の複数形であるWANDSをバンド名にした。ちなみに当時から長戸氏はバンド名のストックをいくつも持っており、タイアップ等が決まってデビューが出来そうなバンドから似合いそうなものをその時の状況に応じ付けていた。それ以降は全て後付けの意味であり、メンバーは命名に関わってはいない。オフィシャルサイトの大島康祐によると、WANDSの名は、タロットカードの用語であるワンド(wand/wands:「理想」「情熱に向かって進む」という意味を持つ)から取って名づけられたものである。ただし、この説は第3期になったときに元メンバーの大島が出したものであり、従来から出続けていたものではない。ただし、大島が述べた事と全く同じ内容を第3期時に木村もファンクラブ会報で述べている。

一般的に、上杉(Wesugi)と柴崎(Shibasaki)の頭文字をとって“Wesugi AND Shibasaki”という名がつけられた、ととらえられているが、初期にリリースされたCDでは上杉のアルファベット表記はUesugiとなっていることから、WANDSというバンド名の由来が“Wesugi AND Shibasaki”であった可能性は低く、後付けの理由と思われる。上杉と大島(UesugiとOhshimaの「う」と「お」を合わせてWo)、そして柴崎(Shibasaki)のイニシャルから取ったという説明がされていたこともあるが、確証はない。

名前の由来ではないが、上杉のアルファベット表記を“Uesugi”から“Wesugi”に変え“Wesugi AND Shibasaki”と読めること、第3期においても“Waku AND Sugimoto”とされたことは、WANDSという言葉に2つの意味を含ませるダブルミーニングの意図があったものと推測される。上杉はインターネットラジオ[1]において「ゴロ合わせが好きなプロデューサーだったので、UじゃなくてWの方が見てくれもかっこいい、ということから始まった」と発言している。また、この時「実はWesugi AND Shibasakiじゃなくて“Wesugi AND Show”なんですよ。」という発言もしている。

WANDS第二期の人気絶頂時に、TBS『突然バラエティー速報!!COUNT DOWN100』に上杉が生出演しているが、司会の山田邦子からWANDSの命名の由来を話題に挙げられ、その際は、上杉(Wesugi)と柴崎(Shibasaki)説を説明している。この時、山田は「WじゃなくてUよねぇ」とヘボン式ローマ字に従順な発言を述べているが、当の上杉は否定も肯定もしていない。

ライブ

WANDSがライブ活動をしたのは第2期の1993 - 1995年のみ。

ディスコグラフィー

シングル

リリース日 タイトル 作詞編曲者 オリコン
第1期
1st 1991年12月4日 寂しさは秋の色
作詞:上杉昇
作曲:栗林誠一郎
編曲:明石昌夫
最高位63位
2nd 1992年5月13日 ふりむいて抱きしめて
作詞:上杉昇
作曲・編曲:大島康祐
最高位80位
3rd 1992年7月1日 もっと強く抱きしめたなら
作詞:上杉昇・魚住勉
作曲:多々納好夫
編曲:葉山たけし
初登場47位
最高位1位(2週連続)
ミリオンセラー
第2期
4th 1993年2月26日 時の扉
作詞:上杉昇
作曲:大島康祐
編曲:明石昌夫
最高位1位
ミリオンセラー
5th 1993年4月17日 愛を語るより口づけをかわそう
作詞:上杉昇
作曲:織田哲郎
編曲:明石昌夫
最高位1位(4週連続)
ミリオンセラー
6th 1993年7月7日 恋せよ乙女
作詞:上杉昇
作曲:大島康祐
編曲:葉山たけし
最高位1位(2週連続)
7th 1993年11月17日 Jumpin' Jack Boy
作詞:上杉昇
作曲:栗林誠一郎
編曲:葉山たけし
最高位2位
8th 1994年6月8日 世界が終るまでは…
作詞:上杉昇
作曲:織田哲郎
編曲:葉山たけし
最高位1位(2週連続)
ミリオンセラー
9th 1995年2月13日 Secret Night 〜It's My Treat〜
作詞:上杉昇
作曲:栗林誠一郎
編曲:池田大介
最高位1位
10th 1995年12月4日 Same Side
作詞:上杉昇
作曲:上杉昇・柴崎浩
編曲:WANDS
最高位2位
11th 1996年2月1日 WORST CRIME〜About a rock star who was a swindler〜
作詞:上杉昇
作曲・編曲:柴崎浩
最高位9位
第3期
12th 1997年9月3日 錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう
作詞・作曲:小松未歩
編曲:池田大介
最高位4位
13th 1998年2月11日 Brand New Love
作詞:坂井泉水
作曲:綿貫正顕
編曲:WANDS
最高位17位
14th 1998年6月10日 明日もし君が壊れても
作詞:坂井泉水
作曲:大野愛果
編曲:WANDS
最高位8位
15th 1999年3月31日 「今日、ナニカノハズミデ生きている」
作詞:AZUKI七
作曲:三好誠
編曲:WANDS
最高位32位

コラボレートシングル

アルバム

オリジナルアルバム

リリース日 タイトル オリコン
第1期
1st 1992年6月17日 WANDS
最高位10位
第2期
2nd 1993年4月17日 時の扉
最高位1位(4週連続)
ミリオンセラー
3rd 1993年10月6日 Little Bit…
最高位2位
ミリオンセラー
4th 1995年4月24日 PIECE OF MY SOUL
最高位1位(2週連続)
ミリオンセラー
第3期
5th 1999年10月27日 AWAKE
最高位18位

ベストアルバム

リリース日 タイトル オリコン
第2期
1st 1996年3月16日 SINGLES COLLECTION+6
最高位1位
第3期
2nd 1997年11月6日 WANDS BEST 〜HISTORICAL BEST ALBUM〜
最高位1位
第3期
3rd 2000年6月9日 BEST OF WANDS HISTORY
最高位17位
解散後
4th 2002年8月25日 complete of WANDS at the BEING studio
最高位47位
 
5th 2007年12月12日 BEST OF BEST 1000 WANDS
最高位52位
 
6th 2008年5月27日 WANDS BEST HITS

オムニバス

◆付のトラックはWANDS名義のCDには未収録

  • ホテルウーマン オリジナルサウンドトラック (1991/11/21)
    • ◆M-1. 寂しさは秋の色(シングルとは別のバージョン)
  • スラムダンク オリジナルサウンドトラック Special TV Version (1995/3/20)
    • ◆M-28. 世界が終るまでは…(TVサイズ)
  • スラムダンク テーマソング集 (1996/3/20)
    • M-3. 世界が終るまでは…
  • vocal compilation 90's hits Vol.1〜male〜 at the BEING studio (2003/4/25)
    • M-3. ふりむいて抱きしめて
    • M-14. 天使になんてなれなかった
    • ◆M-16. ささやかな愛情(未発表曲)
  • THE BEST OF TV ANIMATION SLAM DUNK〜Single Collection〜 (2003/07/21)
    • M-3. 世界が終るまでは…
  • IT'S TV SHOW! (2004/10/27)
    • DISC1-M3. Secret Night
  • COUNTDOWN BEING (2005/11/- 通信販売限定商品。)
    • DISC1-M6. 恋せよ乙女
    • DISC1-M15. 世界中の誰よりきっと 〜Album Version〜
    • DISC2-M5. 時の扉
    • DISC2-M8. 愛を語るより口づけをかわそう
    • DISC3-M4. 世界が終るまでは…
    • DISC4-M1. もっと強く抱きしめたなら
  • FUN〜Greatest Hits of 90's〜 (2006/3/1 通信販売限定商品。)
    • DISC1-M1. もっと強く抱きしめたなら
    • DISC1-M15. 世界が終るまでは…
    • DISC2-M2. 時の扉
    • DISC2-M13. 愛を語るより口づけをかわそう
    • DISC2-M15. 世界中の誰よりきっと -Album Version-
  • スプラッシュ!! (2008/07/09)
    • M-11. 愛を語るより口づけをかわそう
  • クライマックス ロマンティック・ソングス (2008/08/20)
    • DISC1-M5. もっと強く抱きしめたなら
  • Eternal -the best love songs of male- (2008/10/22)
    • M-4. もっと強く抱きしめたなら
  • クライマックス 90's ファンタスティック・ソングス(2009/08/19)
    • DISC2-M8. 世界が終るまでは…
  • オーライ! 元気になれるうた(2009/10/07)
    • DISC1-M16. 時の扉
  • BEST HIT BEING(2009/12/- 通信販売限定商品。)
    • DISC1-M5. 恋せよ乙女
    • DISC3-M4. 世界が終るまでは…
    • DISC3-M9. 世界中の誰よりきっと -Album Version-
    • DISC4-M4. Jumpin' Jack Boy

DVD・VHS

ネット配信

  • 90´s J-POP ARCHIVE -WANDS- 2008/11/1
Musingで配信されているLIVE-JUNK #2(1995年5月25日 中野サンプラザ)のライブ映像集。
2006年11月にMusic Japan TVにて放送された同名の番組と同様の内容である。

未発表アルバム

バラード・ベストアルバム(仮)[要出典]
品番JBCJ-1019。予価1998円。1998年3月18日に発売予定であったが延期の末、発売中止となった。
「ありふれた言葉で」「Little Bit...」「このまま君だけを奪い去りたい」「DON'T CRY」など全11曲収録予定だった。

出典

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  1. ^ V-net LUNCH BARKS 第452回

共演した歌手

関連項目

外部リンク